1 自然環境保全対策の現状と問題点
自然環境の保全は、国民一人ひとりの自然を愛する心に立脚して行われるものであるが、それを具体的に自然環境保全対策として展開するに当たっては私権との調整や開発との調和など複雑な問題が存在しているといえよう。そのため、一例として53年度末における自然公園及び自然環境保全地域等(原生自然環境保全地域、自然環境保全地域及び都道府県自然環境保全地域)の指定の状況を見ると、自然公園は約520万ha(国土面積の約14%)が指定されているものの、自然環境保全地域等の指定面積は8万haにとどまっている。このような例にも見られるように自然保護対策は、関係者の努力にもかかわらず、必ずしも順調に進んでいるとはいい難い状態にあると考えられる。
このような状況を打開し自然環境保全対策の一層の推進を図るためには、次のような諸問題に留意する必要がある。
第一は、我が国の自然的立地条件を背景とする国民の意識の問題である。温暖かつ湿潤な気候と肥沃な土壌に恵まれた我が国においては、相当程度の自然の損傷がなされてもかなりの速さで自然の回復が行われるため、自然損傷に対する問題意識が諸外国に比べ少ないといわれている。我が国においても古くから治山、治水といった考え方は強く持たれてきたが、自然保護といった考え方が一つの体系として位置付けられ、発達してきたのは、比較的新しい時期である。現在でこそ「自然に帰れ」とか「自然を取り戻せ」といった意識が国民の中に育ちつつあるが、これを真に定着したものとするためには、日常における自然保護思想の啓発を一層協力に進めていく必要がある。更に、「自然保護」なりその前提となる「自然」なりの存在が多分に一律で単純な数量的基準で律し切れない性格を有しており、そのため自然保護の重要性の認識は、ようやく国民の意識の中で育ちつつあるものの、具体的な問題に遭遇した場合に施策の目標や保護の程度について統一的なコンセンサスを得ることが困難となっているような事例がみられる。したがって、今後は、自然保護の科学的根拠や合理的手法を可能な限り明確にすべく自然のメカニズムを科学的に究明することが急務である。しかしながら、自然のメカニズムは、精巧かつ複雑であり、その解明は、いまだその中途にあるといった状態にある。
第二に自然保護行政を推進するための組織体制である。自然保護行政のための組織、機構の整備は環境庁の設置以来、都道府県等においても鋭意進められてきたが、その歴史が比較的新しいこともあって各組織間の連携が十分とはいえず、いまだその組織力を十分に発揮できないところも見受けられる。また、市町村等末端の組織については、数少ない例外を除き、専門の組織が設置されていない。自然保護の推進については、これら行政組織の強化とともに、国民各層の協力を得て、末端において行政を補完する民間団体の活動が重要である。しかしながら現在、自然公園の清掃等を行っている団体の多くは規模も小さく、また相互の連絡も十分でないため、今後この種の民間活動の一層の強化、発展が望まれる。
第三に自然公園の特別地域等における地元住民との関係である。特別地域においては、かなり強い行為規制が行われているが、これに対する反対給付が不十分であるという理由からこれが必ずしも十分な住民のコンセンサスを得られたものとなっておらず、現地住民との間に摩擦ないし抵抗を生じているところもある。
私権の行使については、公共の福祉の観点からの一定の制約があることは当然であり、自然保護の観点から土地所有者等の良識ある行動を要請すべき範囲も拡大してきている。
しかし、一方、今日の社会的要請は、土地所有者に対し、より一層強い受忍を要求している場合も少なくない。これに対しては、土地の買上げ、租税負担の軽減を含め種々の対策を講じているが、今後においては更に有効な措置を並行的に行うことが要求される情勢にある。更に、鳥獣保護区の設定についても、鳥獣害の増大を理由として地元住民の反発を招くことが少なくない。
第四に離島や過疎の農山村地域のように、経済的に恵まれない地域における開発との関係である。住民生活の向上の願いを経済開発、観光開発等という形で実現を図ろうとする場合が多いが、このような場合自然保護と開発が対立することも考えられる。
このような場合においては地域の自然的社会的条件に最も適した方策を探るべき努力が開発促進の側、自然保護の側の双方に必要とされるが、その際において具体的にどのような調和点を見いだすかは、当該地域に対する公共投資のあり方とも関連した極めて重要な問題である。