前のページ 次のページ

第1節 

1 公害健康被害補償制度の概要

 公害に係る健康被害者の迅速かつ公正な保護を図るため、「公害健康被害補償法」(昭和48年法律第111号、以下「補償法」という。)が48年10月5日付けをもって公布され、49年9月1日から施行された。その概要が次のとおりである。
(1) 制度の対象者
 本制度は、大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害としての疾病を対象とするが、個々の被害者について補償給付の支給を行う場合にはその疾病と大気の汚染又は水質の汚濁との因果関係を明らかにすることが前提となるので、補償給付の支給は都道府県知事又は政令市の長が認定した者に対し行うこととしている。
 この認定の仕組みは、大気の汚染による慢性気管支炎等の非特異的疾患と、水俣病、イタイイタイ病等の特異的疾患との間に、次のような相異がある。
ア 非特異的疾患に係る認定
 非特異的疾患とは、大気の汚染による慢性気管支炎等のように原因物質と疾病との間に特異的な関係のないものをいい、これらの疾病と大気の汚染との因果関係を個々に証明することは多くの場合不可能に近い。このため、非特異的疾患を本法の対象とするに当たっては、疾病と大気の汚染との間の因果関係を疫学を基礎とした人口集団の現象としてとらえ、大気汚染地域(第1種地域として政令で定める地域)においてばく露要件(一定期間以上居住、通勤等をしていること。)を満たしている者が、指定疾病にかかっているときは、その者の疾病と大気の汚染との間に因果関係ありとする制度上の取決めを行っている。
イ 特異的疾患に係る認定
 特異的疾患とは、水俣病、イタイイタイ病のような疾病で原因物質と疾病との間に特異的な関係、すなわち、その汚染物質によって疾病が引き起こされるだけでなく、その物質がなければその疾病にかかることがないものをいう。これらの疾病にあっては、個々の患者について環境汚染との間の因果関係を追求することは可能であるので、本法では、個々にその疾病が当該地域(第2種地域として政令で定める地域)の大気の汚染又は水質の汚濁によるものかどうかを判断して、これを認定することとしている。
ウ 補償法の指定地域
 指定地域は、上記のように第1種地域と第2種地域に分けられているが、従前の「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(以下「救済法」という。)の指定地域(第1種地域、第2種地域に分けて補償法に引き継がれた。)のほか、第1種地域については、49年11月30日に千葉市の一部の地域等14地域が追加指定され、あるいは拡大されたのに続き、50年12月19日に東京都中央区等16地域が追加指定され、あるいは拡大されている(第5-1-1表)。


(2) 補償給付
 本制度においては、ア 療養の給付及び療養費 イ 障害補償費 ウ 遺族補償費 エ 遺族補償一時金 オ 児童補償手当 カ 療養手当 キ 葬祭料の7種類の補償給付を行うこととしている。
ア 療養の給付及び療養費
 認定を受けた者(以下「被認定者」という。)の指定疾病についての医療は、原則として公害医療機関において現物給付(療養の給付)として行われるが、療養の給付を行うことが困難であると認められる等一定の場合には、現金給付として療養費が支給される。
 被認定者の指定疾病に係る医療費は、従来健康保健等で負担していた分も含めて、本制度で支払うこととなっているが、その診療方針及び診療報酬は環境庁長官が中央公害対策審議会の意見を聴いて定めるところによることとされている。
 なお、本制度の診療報酬は、公害医療の特殊性に着目し、公害医療機関における技術、患者指導、検査等に重点を置いたもので、健康保険の点数表とは別の体系で組み立てられている。この診療報酬については、50年7月告示の改正を行い、同年8月分から引上げを行った。
イ 障害補償費
 障害補償費は、逸失利益相当分のてん補を中心とし、これに慰謝料的要素を加えたものとして支給される。すなわち、障害補償費は、被認定者(15歳未満の児童を除く。)が指定疾病により一定の障害の程度にあるときに、その障害の程度に応じて支給され、その額は、その者の該当する障害補償標準給付基礎月額に障害の程度に応ずる率を乗じて得た額とされている。
 この障害補償標準給付基礎月額は労働者の性別、年齢階層別平均賃金その他の事情を考慮して、環境庁長官が中央公害対策審議会の意見を聴いて定めることになっているが、具体的には「賃金構造基本統計調査報告」による労働者の性別及び年齢階層別平均賃金の80%相当のレベルで定められている(第5-1-2表参照)。また、障害の程度については、日常生活の困難度及び労働能力の喪失度に応じて1〜3級に区別されているが、その最も重度のうち特に「指定疾病により常時介護を要する程度の心身の状態にあるもの」については、介護加算を考慮して特級にすることとしており、給付率は特級及び1級「1.0」、2級「0.5」、3級「0.3」となっている(第5-1-3表参照)。
 なお、介護加算額については、月額1万8千円を、50年10月分から月額2万3千円とした。
ウ 遺族補償費
 遺族補償費は、被認定者が指定疾病に起因して死亡した場合に、被認定者の逸失利益、慰謝料相当分と遺族固有の慰謝料相当分をてん補するものとして、死亡した被認定者によって生計を維持されていた一定の遺族に対し、一定の期間支給することとしている。
 その額は、死亡した被認定者の該当する遺族補償標準給付基礎月額に相当する額とされているが、これについては、労働者の性別・年齢階層別平均賃金を基礎とし、被認定者が死亡しなかったとすれば通常支出すると見込まれる生活費相当分の控除の要素をも勘案して、環境庁長官が中央公害対策審議会の意見を聴いて定めることとなっており、具体的には、全労働者の性別・年齢階層別平均賃金の70%レベルに相当する額が定められている(第5-1-4表参照)。
 なお、この支給期間については、遺族の生活が通常回復し安定するまでの期間や支給される遺族補償費の総額と通常民事賠償として支払われる額との均衡等を考慮し、10年を限度として支給されることとなっている。
エ 遺族補償一時金
 遺族補償費を受ける遺族がいない等の場合には一定の者に遺族補償一時金を支給することとしている。一時金の額は、死亡した被認定者の該当する遺族補償標準給付基礎月額に36月を乗じて得た額とされているが、遺族補償費を受けていた遺族が失権した場合には、この額から既に支給された遺族補償費の合計額を控除した額が支給されることとなっている。
オ 児童補償手当
 児童補償手当は、15歳に達しない児童が指定疾病により一定の障害の程度にある場合にその養育者に対し支給されるものである。
 児童については、逸失利益がない等の理由から障害補償費は支給しないが、指定疾病にかかっていることにより成長や学業が後れる等の支障があること、また、養育者はその養育に手間が掛かり働けなくなることがあること、更には慰謝料の要素を考慮する必要があること等から児童の日常生活の困難度に応じて一定額の児童補償手当を支給することとしている。
 児童補償手当の額は1月につき障害の程度が特級及び1級の場合2万円、2級の場合1万円、3級の場合6千円と定められている。なお、その障害の程度が特級に該当する場合には、1万8千円(50年10月分以降2万3千円)の介護加算が行われることとなっている。
カ 療養手当
 療養手当は、入院に要する諸雑費、通院に要する交通費等相当分として、被認定者が指定疾病について療養を受けている場合に、その病状の程度に応じて支給されるものである。
 この手当は、入・通院期間に応じて1月につき次のとおり支給されることとなっている。
 入院日数が15日以上 9千円(50年10月分以降 14千円)
 入院日数が8日以上14日以内 7千円(  〃   12千円)
 入院日数が7日以内 6千円(  〃   11千円)
 通院日数が15日(特異的疾患については8日)以上 6千円(  〃   11千円)
 通院日数が4日以上14日以内(特異的疾患については2日以上7日以内) 5千円(  〃   9千円)
キ 葬祭料
 被認定者が指定疾病に起因して死亡したときは、葬祭料が支給されることとなっている。
 また、その額については、通常葬祭に要する費用として、20万円と定められている。


(3) 公害保健福祉事業
 本制度では、指定疾病により損なわれた放認定者の健康の回復、保持及び増進を図る等被認定者の福祉を増進し、指定疾病による被害を予防するために必要なリハビリテーションに関する事業、転地療養に関する事業等の公害保健福祉事業を行うこととしている。
 なお、具体的に政令で定められた事業項目は次のとおりである。
ア リハビリテーションに関する事業
イ 転地療養に関する事業
ウ 家庭における療養に必要な用具(特殊ベッド、空気清浄機等)の支給に関する事業
エ 家庭における療養の指導に関する事業
オ 上記のほか、被認定者の福祉を増進し、又は指定疾病による被害を予防するために必要な事業で環境庁長官の定めるもの
(4) 費用
ア 概説
 本法の実施に必要な費用は、?補償給付費 ?公害保健福祉事業費 ?給付関係事務費 ?公害健康被害補償協会事務費の4つに分けられる。
? の補償給付費については全額原因者負担としている。このうち慢性気管支炎等の第1種地域に係る補強給付費には、工場等からその汚染物質の排出量に応じて一定の料率によって徴収する汚染負荷量賦課金をもって充てるほか、自動車重量税収の一部を充てることとした。また水俣病、イタイイタイ病等の第2種地域に係る補償給付費には、その原因者である工場等から徴収する特定賦課金をもって充てることとしている。
? の公害保健福祉事業費は、その2分の1を原因者負担とし、残り2分の1を公費負担としている。原因者負担分の具体的な負担方法は?の補償給付費と同様であり、また、公費負担分については、その半分(全体の4分の1)ずつをそれぞれ国と公害保健福祉事業を実施する都道府県又は政令市で負担することとしている。
? の給付関係事務費については、全額公費負担としており、2分の1を国が、残りの2分の1を都道府県又は政令市が負担することとしている。
? の公害健康被害補償協会事務費については、国が一部を補助することとし、残額を原因者が負担することとしている。
 なお、汚染負荷量賦課金及び特定賦課金を徴収し、補償給付費及び公害保健福祉事業費に要する費用を県市に納付する業務を行う特殊法人として、公害健康被害補償協会が49年6月に設立されている。
イ 第1種地域に係る費用負担
 まず、ばい煙発生施設等の設置者については毎年度硫黄酸化物の前年の年間排出量に賦課料率を乗じて得た額を汚染負荷量賦課金として徴収することとしている。この賦課料率は、各年度ごとに補償給付等に要する費用と硫黄酸化物の全国の総排出量とを基礎として定めている。この場合、地域によっては汚染の程度が異なり被害発生の可能性が異なるため、指定地域とその他の地域に区別して料率を定めることとしている。
 また、大気の汚染の原因者としては、自動車による汚染もその寄与度を総合すれば無視し難い存在であるため、これについても、その汚染寄与分に応じた何らかの費用負担の仕組みが必要であり、49年度及び50年度においては自動車重量税の収入見込額の一部を引き当てることとした。汚染負荷量賦課金とこの自動車重量税引当分の配分比率は、全国における硫黄酸化物及び窒素酸化物の合計でみた両発生源の排出量割合を基礎として、8対2と定められている。
 汚染負荷量賦課金の納付義務者の範囲は、第1種地域内にある場合には1時間当たりの最大排出ガス量が5千Nm
3
以上である工場・事業場の設置者であること、その他の地域にある場合には1時間当たりの最大排出ガス量が1万Nm
3
以上である工場・事業場の設置者であることと定められている。
 賦課料率については、指定地域をその他地域の9倍としており、50年度における賦課料率は第1種地域内にある工場・事業場にあっては、硫黄酸化物1Nm
3
当たり77円31銭、その他の地域にあっては8円59銭と定められている。なお、50年12月に追加指定された地域内の工場・事業場の設置者に対しては、最大排出ガス量が1万Nm
3
/h以上の場合には1Nm
3
当たり19円52銭を追加的に、5千ないし1万Nm
3
/hの場合には21円96銭を新規に、それぞれ徴収することとされた。
 また、汚染負荷量賦課金の納付については、納付義務者たるばい煙発生施設等設置者は、各年度ごとに、その年度の初日から45日以内に公害健康被害補償協会に申告納付することとなっている。
ウ 第2種地域に係る費用負担
 水俣病やイタイイタイ病等の特異的疾患に係る費用については、原因となる物質を排出した特定施設等の設置者から、その原因の程度(原因物質の排出量のほか、排出した期間、排出した場所等を勘案して定める。)に応じて徴収することとなっている。
(5) 不服申立て
 認定又は補償給付の支給に関する処分に不服がある者は、その処分をした都道府県知事又は政令市の長に対し異議申立てをすることができ、なお不服のある者は、公害健康被害補償不服審査会に対して審査請求をすることができる。
 なお、公害健康被害補償不服審査会は、環境庁の附属機関として設けられており、委員6人で構成されている。委員については独立してその職権を行うこととされ、また一定の身分保障がなされている。

前のページ 次のページ