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第1節 

1 窒素酸化物対策

 窒素酸化物には、物の燃焼に伴って大気中の窒素が酸化されてできるもの(Thermal NOx)と燃料中に含まれる各種窒素化合物が酸化されてできるもの(FuelNOx)とがあるが、物の燃焼過程において必ず発生するものであるため、重油等の燃料中の硫黄分に起因して発生する硫黄酸化物に比べてその発生源は多岐にわたる。発生源としては、工場、事業場における各種燃焼施設のような固定発生源と自動車のような移動発生源が主要なものであるが、一般家庭や飲食店等における暖房、厨房用の小型燃焼装置のような群小発生源等も考慮する必要がある(第3-1図参照)。
 第3-2表は、窒素酸化物対策と硫黄酸化物対策を時系列的に比較したものである。硫黄酸化物対策は、37年以来長い期間をかけ、低硫黄化のための技術開発、エネルギー供給計画の推進のほか、K値規制、燃料規制、総量規制等の措置が順次段階的に導入されてきたのに対して、窒素酸化物対策は、それよりも10年余遅れて48年に始まったばかりである。
 固定発生源及び自動車についての窒素酸化物低減技術は、一部の燃焼方法の改善による技術を除いては、48年6月の環境基準設定以降世界に先がけて、日本において開発が急速に進められ始めたものである。
 今後、窒素酸化物対策を進めるに当たっての課題は、まず、発生源における窒素酸化物低減のための実用的な技術を確立することである。
 窒素酸化物低減技術のうちで、燃焼方法の改善による方法は、現行の排出規制に応じて実用化されてきた技術であって、窒素酸化物低減効果は20〜50%程度である。しかし、燃料中の窒素化合物に起因するものを除去することができないので、窒素分の少ない軽質燃料とこの方法との組合せを進めていくことが有効である。
 脱硝技術のうち、LPG,LNGのような軽質燃料の燃焼排ガスについての技術は、実用化の域に達している。
 しかし、全固定発生源において使用されているエネルギーの約6割(49年度)を占める重油及び原油の燃焼排ガスについての脱硝技術は、なお開発途中であり、既に実規模装置数基が運転に入っており、その運転結果により51年中に実用化の見通しが得られるものと考えられている。
 焼結炉、ガラス溶融炉、セメント焼成炉等の脱硝技術は、重油燃焼排ガスより更に技術的に困難であり、まだ十分なデータが出ていないが、パイロット・プラントなどによる研究開発が種々試みられており、今後1〜2年内には実用化の可能性について何らかの見通しを得ることができると考えられている。
 自動車についての窒素酸化物排出低減技術としては、51年度規制に対応してエンジンモディフィケーション方式、サーマルリアクタ方式、酸化触媒方式、副室付成層給気燃焼方式、ロータリーエンジン方式等が実用化されており、また、51年度規制に引き続き、更に走行1km当たり平均排出量0.25グラムの当初目標値の達成を図るため、現在、自動車メーカー各社において研究開発が進められている。
 50年9月時点においては、「自動車に係わる窒素酸化物低減技術検討会」の報告によれば、どの技術もが耐久性、信頼性、安全性等について問題点を有しており、どのシステムが実用化可能であるか判断することは、なお、時期尚早と考えられた。50年末頃から、上記の当初目標値を達成するめどはテスト車に関してはついたとするメーカーの意見が明らかにされてきたが、耐久性、信頼性、生産コストの上昇、燃費の悪化等を含め、今後とも技術の検討を行い、53年度規制の方針を決めることとしている。
 また、ディーゼル車及び小型トラック等の排出する窒素酸化物も少なくない。これらの自動車についての規制強化を図るため、現在検討が行われているが、これらの窒素酸化物低減技術の開発は、緊急の課題である。
 以上見たように、窒素酸化物排出低減技術については、一部は実用化の域に達したが、今後窒素酸化物の汚染に大きなウエイトを占める重油専焼ボイラーや焼結炉、コークス炉、ガラス溶融炉等の硫黄酸化物やばいじんを多量に含む排ガスについての脱硝技術及び乗用車についての当初目標値を達成するための技術は、目下技術開発の途上にあり、これが当面の課題である。
 そして、窒素酸化物対策の今後の課題は、窒素酸化物の発生源と環境濃度との関係を明らかにする大気汚染予測手法の開発を急ぎ、総量規制を早期に導入することであり、更に、交通量の極めて多い大都市地域における適確な交通量の規制手法の検討を進めることである。また、長期的には、発生源対策のほかに各種発生源の適正配置という観点から土地利用についての施策についても検討する必要がある。
 しかし、窒素酸化物対策は、固定発生源に限っても、「窒素酸化物調査検討委員会中間報告書」の試算によれば、初期投資額で約2兆4千億円、年間経費として約2兆円と推定されている。今後技術の開発促進に伴いコストの低下が期待されるにしても、安定成長下においては、企業の負担は決して軽いものではない。このことに配慮しつつ、同時に、窒素酸化物対策は、人の健康のために避けることのできないものであることの認識の上に立って、各種施策の費用効果の検討を行い、最適な実施計画に基づいて諸施策を推進していかねばならない。

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