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第3節 

1 自然公園における自然保護

(1) 自然公園内における行為規制
 我が国の自然公園には、我が国の風景を代表するとともに、世界的にも誇り得る傑出した自然の風景地を指定した国立公園と、国立公園の風景に準ずる傑出した自然の風景地を指定した国定公園と、都道府県の風景を代表する風景地を指定した都道府県立自然公園とがある。
 これらの自然公園の優れた風致景観を保護するため、自然公園内に特別地域及び特別保護地区(都道府県立自然公園の場合は特別地域のみ)並びに海中公園地区を指定し(第6-3-1表参照)、当該地区内における風致景観を損なうおそれのある一定の行為は、環境庁長官又は都道府県知事の許可を受けなければしてはならないこととされている。また、普通地域においても一定の限度を超える行為を都道府県知事に届け出させ、必要な規制を加えることができることとされている。
 国立公園内の特別地域及び特別保護地区における行為の制限に係る環境庁長官の許可の状況を見ると、行為の種類別では工作物の新築、改築、増築、土石の採取が許可の大半を占めている。建築物等の工作物の新改増築や土石の採取等の行為については、その許否の判断は個別的に行われてきたが、従来からの運用の積み重ねを踏まえて共通の基準として定着してきたものを集大成して、昭和49年11月「国立公園内(普通地域を除く。)における各種行為に関する審査指針」を定め、50年4月1日から適用している。
 審査指針には自然公園法第17条第3項、第18条第3項、第18条の2第3項により許可を要する行為について可能な限り客観的基準が示されているが、そのうち特に、建築物の新改増築については分譲地等の内に設けられる建築物について、敷地面積1,000m
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以上、高さ10m以下でなければならないものとしたこと、あるいは、一般の建築物であっても、高さを13m以下、一棟の建築面積を最大限2,000m
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に抑えなければならないとしたことのほか、建ぺい率についても、敷地面積ごとに最大許容建ぺい率を定めるなど従前よりかなりきめの細かい、定型的な判断がなされるように定められている。
 また、特別保護地区、第1種特別地域においてはこのような地域が自然的にも優れている貴重な地域であることから厳しく行為規制を行うこととし、工作物の新築、土地の形状変更、土石の採取等の行為は、公益上の必要性が高いもので当該行為地でなけれはその目的を達成することが困難であるもの以外は、原則として許可されないこととなっている。
 この審査指針は、国定公園内での行為の許否判断の際にも準用されることとなっている。
 個々の建築物の新改増築や、採石行為等は審査指針に基づいて、自然保護の観点からその許否の判断を進めることができるが、大規模な開発行為については、公害問題等を含めた環境影響評価方法の確立を急いでいるところである。
 以上のような許可等の運用に関し、問題となっている例について見ていくこととする。
ア 道路
 自然公園内における道路の建設は、開削工事による地形、植生等の直接的改変や徴気象の変化や自動車の増大に伴う騒音、排気ガス等による動植物への影響、利用者によってもたらされる廃棄物の増大、更には道路開通に伴う他の開発の誘発等種々の影響が予想され、論議を呼ぶことが多い。このような観点から、一昨年、大雪山道路、妙高高原道路及び中信高原美ケ原道路問題を契機として、自然の景観地における道路建設について自然環境保全の観点からの基本的な考え方が、自然環境保全審議会自然公園部会長談話という形でまとまっている。現在、自然公園内における道路建設について特に問題となっているものとして南アルプス・スーパー林道及び妙高高原道路が挙げられる。
 南アルプス・スーパ一林道は、南アルプス国立公園の背りょう部を横断して設けられるもので、ここに道路を通過させることについては既に43年12月、施行者の森林開発公団と厚生省との間に合意がなされていたものであるが、当時から、尾根部分の北沢峠を越えることについて、当該地域が特別地域の中で最も風致を保護する必要性の高い第1種特別地域に指定されていることもあり、工事方法等についで慎重に検討する必要があるとされていた。実際に工事が開始されてみると、急しゅんな山岳地帯であるために、切り取られた土砂が谷側に流下したり、地質のもろい部分が大崩壊を起こしたりという事実から、工事の方法が疑問視されるようになり、更に、道路の必要性そのものが根本的に問い直されるという事態にまで発展したものである。予定路線の大半は既に開削され、北沢峠をはさんで1.6kmのみが手付かずのまま残されており、この部分を開設させるべきか否かが議論の焦点となっている。開設賛成の側は地域の過疎化を解消するため、経済的停滞に何らかの刺激を与えることを強調しており、反対側は、過疎解消につながらないと主張し、その必要性の認識に完全な食い違いを見せている。したがって最終的な環境庁の見解は、自然環境保全審議会の意見を聞いた上で出されることとなろう。
 このほか46年度より公園計画の変更として問題になっている上信越高原国立公園内妙高高原道路の建設については、既に自然環境保全審議会の場において自然保護の観点から問題が少なくないとして検討がなされていたが、結局、その建設が妙高高原一帯の風致景観に与える影響が大きいと予想され、しかも、これを軽減する変更案が見いだせないこと、また、同道路が結ぶこととなっている赤倉と笹ケ峰問には不十分ながら既に道路があること等の意見が大勢を占めたこと、更に地元においても一部に自然保護の観点から反対意見があること等から、新潟県は現段階において建設計画を推進することは適当でないと判断し、道路建設計画に係る申請を取り下げ、これにより諮問取消しの手続が採られた。
イ 地熱発電
 48年秋にぼっ発した石油危機以来、我が国においてもエネルギー危機が叫ばれ、従来の石油を中心とした火主水従の電力政策が問い直されることとなった。
 このような状況の中で、地下のエネルギーを利用する地熱発電が、国産エネルギーの確保という観点から脚光を浴びるようになってきている。地熱発電とは、地下700〜1,500mの深部に賦存する蒸気をパイプで地上に取り出し、それをタービンまで導いて発電させるものである。そのような蒸気を容易に取り出せるのは、当然のことながら自然の噴気現象が見られる地域であるが、それは火山地帯温泉地帯であり、実際上、自然公園等自然地帯に恵まれた地域が大部分である。このような発電所を自然公園の核心地に建設することは、これら地域に大型工場を持ち込むようなものであり、それ自体が大きな自然改変となる。したがって、国立公園、国定公園内では一定の地点以外は認めていない。また、発電所自体が自然景観と調和しないということとは別に、地下から取り出される大量の熱水、ガス及びこれらに含まれる砒素等の有害な物質の放出による影響等についても懸念があるため、現在、井戸を掘って地下深部に注入還元させているが、それによってどのような影響があるかについては更にモニター等による十分な調査検討を行う必要がある。
ウ ダ ム
 ダム建設は、ダム自体が巨大な工作物であるということもあるが、大面積にわたって自然の河川とその周囲の森林等が水没すること、工事により水没する人家、道路等の補償工事が新たな場所で行われること、ダム下流の流況が変化すること、水生生物に影響を及ぼすこと等の問題を伴う。洪水調節、農業用水、水道用水、発電等多目的のダムの場合は、単一目的の場合に比較して、通常1か所当たりの貯水容量も大きくなるため、それだけ影響を受ける範囲は増大する。そこで重大な影響を及ぼしそうなダム建設については、予備調査の段階、すなわち「自然公園法」等に基づく地質調査のためのボーリングの許可申請書の提出された時点で、想定されるダム建設について許否の目途をつけることとし、予定地周辺の現存動植物、河川流量、自然公園としての利用実態等の調査を事業者に行わせしめ、その調査結果を参考としながら許否を判断することとしている。


(2) 管理体制の充実等
 国立公園内における風致景観を保護管理するとともに公園事業者に対する指導、公園利用者に対する自然解説等広範な業務を行うため、阿寒、十和田八幡平、日光等主要な10公園には国立公園管理事務所を設置するとともにその他の地区については単独で駐在する国立公園管理員を配置し、管理体制の強化を図っている。
(3) 国立公園湖沼水質調査等
 自然公園内の湖沼については、近年利用者の増大や施設の増加とともに水質の悪化も進みつつあるため、湖沼への排水について規制する必要が生じてきた。そのため、環境庁長官が指定する湖沼については、湖沼への排水を規 制することとなっており、46年度より湖沼の指定及びその後の排水基準設定の資料とすべく各湖沼の水質の現況をは握するための調査を始めている。
 49年度においては、蔦沼、長沼、大沼(十和田八幡平国立公園)、小野川湖、檜原湖湖、曾原湖(磐梯朝日国立公園)、みくりが池、刈込池(中部山岳国立公園)、多鯰ケ池(山陰海岸国立公園)の各湖沼について、その現況をは握するための調査を行った。
 また、これとは別に、特定湖沼緊急対策として自然景観上重要な湖沼の汚染源調査を実施し、効果的な対策を講じるための保全対策の基本計画を作成中である。
 なお、49年度における調査対象地区は、日光国立公園湯の湖及び上信越高原国立公園琵琶池、蓮池等周辺の地域である。
(4) 自然公園内におけるごみ処理体制
 近年、自然公園においても利用シーズンには過剰利用の状況を呈しており、主要利用地域においては、空かん等による汚染が目立ってきている。
 これらのごみについては、地理的特性から収集と終末処理が極めて困難であり、単に美観のみならず悪臭や2次汚染の諸問題を引き起こしている。
 国立公園内の総理府所管の集団施設地区とその周辺の美化については、従来から国立公園内集団施設地区等美化清掃事業を関係都道府県の協力の下に実施してきた。しかし、自然公園は日常生活圏の地域から遠隔地にあって地元市町村の固有事務による清掃活動の実施が困難な状態にあること、また、当該利用地域が数市町村にまたがる場合が多いこと等により、その清掃活動の実施に支障を来している。そこで、特に利用者の多い主要な地域の清掃浄化を積極的に推進するため、自然浄化対策事業を実施する都道府県に対し清掃設備の整備についての補助を行うとともに、新たに現地において組織されている美化清掃団体が行う清掃活動についても補助を行い、従前これ等の民間団体等の奉仕活動に期待せざるを得なかった国立公園の清掃活動が円滑に推進されるようになった。
 49年度においては、総理府所管の集団施設地区については、国の直轄事業として、それ以外の重要な地区については、清掃設備補助金及び清掃活動補助金を交付し、国立公園内の清掃活動の一層の充実を図った。
(5) 自然公園内における自動車規制
 環境庁では49年3月「国立公園内における自動車利用適正化要綱」を発表し、十和田八幡平国立公園奥入瀬地区、日光国立公園尾瀬地区並びに中部山岳国立公園上高地地区、立山地区及び乗鞍地区等をモデル地区として選定し具体的対策を実施した。
 この対策は、近年国立公園内の優れた地域への自動車の乗入れが急激に増加し、その保護と健全な利用の促進の両面に支障を生じていることにかんがみ講じられたものである。
 例えば、自然保護の面では、増大する自動車の受入れのための道路の拡幅、駐車場の拡張等、道路外への不法な乗入れによる植生の破壊・枯損、渋滞時の濃厚な排気ガス汚染等による植生の衰弱・枯損並びに夜間の通行による動物の殺傷、生息環境の悪化が指摘されるほか、更に間接的な影響としてごみの投棄、植物の盗採等の被害の増加等が指摘されよう。
 また、健全な利用を促進する面からは、過度の車の侵入により静穏な環境や安全な利用が損なわれるほか、自家用乗用車による安易な到達性により国立公園の無差別な俗化が進行していること、更に交通渋滞により目的地へ到達するまでに予定以上の時間を費すため計画的かつ十分な公園利用ができないこと等が指摘されよう。
 各地区における交通規制は、警察庁その他関係省庁の理解と協力を得ながら各モデル地区において環境庁国立公園管理事務所を中心に陸運事務所、県関係部局、県警察本部、地元市町村及び地元関係団体等により組織された対策協議会で各地区の特性に応じた規制方針案を検討の上対策が講じられた。
 各地区における対策の概要は次のとおりである。
 十和田八幡平国立公園奥入瀬地区においては国道102号線の紅葉期の一時的な過剰利用に対処するため、路上及び路傍指導標、制札等の整備等を行ったのをはじめ、青森県内を中心にマイカーによる利用の自粛を要請した。
 日光国立公園尾瀬地区においては、群馬県側の三平峠口については、大清水においてすべての車両をストップし従来どおり以奥は徒歩利用とした。
 また、富士見口、鳩待峠ロについてもそれぞれ対策を実施するとともに、福島県側のルートについては沼山峠駐車場が満車の時点で御池で規制を開始し、御池駐車場の満車の時点で更に山ろくで規制を開始することとし、それぞれの地点から代替輸送バスを運行させた。
 中部山岳国立公園上高地地区においては既に実態的にはマイカーを中心とする利用規制を行っていたが、49年度はこれを更に強化し集団施設地区内園路への車両乗入れ禁止をはじめ路傍駐車を禁止した。
 同公園乗鞍地区においては、48年開通した乗鞍スカイラインの鶴ケ池、畳平を中心に夜8時から翌朝3時30分まで通行を禁止したほか、終点部の公共駐車場の利用状況によりゲートでの乗入れ制限及び公共駐車場以外の駐車禁止、園路への乗入れ禁止などを強力に実施した。
 同公園立山地区においては、昨年と同様山ろく桂台において美女平、室堂方面へのマイカー乗入れを禁止し、定期及び観光バスに限り乗入れを認めた。
 49年度は初年度でもあり、利用規制上必要となる関連公共施設の整備あるいは代替輸送機関の確保などの諸手当が十分でなかったため、必ずしも満足できる結果は得られなかったが、事前の広報の効果もあり、マイカー利用者数の減少による自然植生の破壊(踏圧、盗採など)の減少、野生鳥獣の生息域の環境破壊(育雛又は抱卵中のライチョウに対する威圧など)の排除及び宿泊地周辺の静穏の維持並びに歩行者に対する安全確保、騒音の排除など直接的な効果が見られた。また、これによって、貴重な自然景観の地域の利用が、いかなる場合にも無制限ではありえないという考え方が次第に広まってきている。

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