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第3節 

2 費用負担の公平化

 さきに見たとおり、自然環境の保全を図っていく際には、種々の負担を伴うものであるが、反面、自然環境が保全されることによって人の想いの場が保存され人間生活に潤いと安らぎを与えてくれるという利益をもたらすものである。自然環境の保全に要する費用についても、汚染者負担あるいは受益者負担の考え方に立って負担のあり方を検討することが適当と思われる面があるが、反面、自然を利用する者が極めて多数に上り、特定することが困難である場合があること、また、直接に自然を利用することがなくても、豊かな自然環境を保全することは、後世にかけがえのない資産を伝えることができるということで広く国民全体が受益者であると考えることもできること、更に、土地利用等の規制に伴う負担についてはこれを定量的には握することが極めて困難であるということ等の問題があるため、汚染者負担や受益者負担の考え方をそのまま適用することには困難な側面がある。また一方では、国家的に見て自然の保護を図ることが必要と認められる地域において私的権利を行使する場合には、公共の福祉と調和を図る等社会通念上認められる一定の制約を受けることは当然であると同時に、近年における自然保護に関する社会的要請の高まりのなかにあってはこのような一定の制約の下で私的権利者等が受忍すべき範囲も拡大してきていることも考えられる。しかし、最近においてはこの受忍すべき範囲を超えて公的規制を行わなければならない場合も生じてきており、この場合には私的権利者に対し何らかの対応策を講じることを検討する必要がある。これらの問題は、いわば価値体系の選択の問題にも係るものであり、良好な自然環境にどの程度の価値を置くかによって、公的規制に伴う負担に対する対応策あるいは規制を受忍すべき範囲のとらえ方が異なってくる。したがって、種々の負担のすべてについて救済が問題になるという訳ではなく.各種の公的規制に伴う負担のうち何らかの対応を行う必要のあるものは何かということについては種々の考え方ができるものである。
 さきに、公的規制との関連において自然環境の保全に関する各種の負担の態様を見てきたが、経済的価値の損失の形態に着目して何らかの対応を行うことが問題となる負担を見ると次のように種々の考え方をすることができる。例えば、公的規制により権利が制約されることによって直接に生じる負担を問題にする考え方がある。この考え方に立てば、自然公園内の特別地域において建築物の新築を行うに当たり、工法上の制約を受けたため余分な出費を余儀なくされたような場合の負担が問題になる。また、土地利用の規制によって土地の利用価値あるいは経済的価値が低下するような場合、この価値の低下を問題にする考え方もある。自然公園内の特別保護地区内において分譲地の造成が不許可になった場合を例にとれば、分譲地の造成という行為は不許可になっても、当該土地の所有権自体は保存されるため、規制による土地の価値の低下分が問題になる。このほか、自然保護のための公的規制によって生じるすべての経済的価値の損失を問題にする考え方もあり得る。この考え方によれば、自然公園内の特別保護地区内において分譲地を造成しようとしてこれが不許可になったような場合には、その地区に宅地を造成し、分譲することにより将来得られるであろうすべての経済的価値に相当するものが問題になる。
 このように、公的規制による権利の制約に伴う負担に関しては、規制の度合いあるいは負担の態様等により種々の考え方をすることができるものであり、これらを総合的に勘案した上、十分検討する必要がある。一方、自然環境の保全による利益をどのように考えるかという点についても種々の考え方をすることができる。自然の優れた地域における特殊な利用関係について見ると、まず、このような地域を訪れレクリエーションないしは観光的にこれを利用するいわゆる利用者の受益の問題と、このような地域において営業的利用を行う者の受益の問題に区分できる。
 尾瀬ヶ原、上高地等のような貴重な自然の存する地域においては、近年著しい過剰利用の傾向が生じており、ごみの排出、けん騒等風致景観に対し悪影響を及ぼしていることは無視し得ない。このようなことから貴重な自然の存する地域を一般利用者が無制限に利用することには問題があるのではないか、また、これを利用する者は相応の負担に値する特殊な利益を得ているのではないかという考え方が生じてきている。反面、こうした考え方に対しては、年間にたかだか数回行う自然景観地におけるレクリエーションは、国民として一般に当然享受しうる権利ともいうべきものであり、これを特別な負担の対象となるような受益と見るには問題があるとする考え方も一方にあり得る。更に、いわゆる営業的利用者について見ると、これには貴重な自然地域に依存し、又はこれに密接に関連して営まれているホテル、旅館業、みやげ物・飲食物販売業等の地場観光営業者及びゴルフ場の経営、別荘地の分譲、観光バスの運行等の大手資本による開発・観光営業者があるほか、景観地のごみ、廃棄物の中の多くの部分を占めているような包装食品の製造販売業等の関連業者が考えられる。これらの営業的利用者は、その態様と程度には差異があるとはいえ、貴重な自然の景観等に何らかの形で依存し、又はこれによって利益を得ている面は否定し得ないものであり、これらの者に相応の負担を負わせるべきではないかといった意見もあり得る。これに対しては、何をもって、どこまでを優れた自然による特殊な利益関係と見るかという問題があり、営業の自由等一般の国民の権利との関係において検討を要する問題である。
 いずれにせよ、これらの問題は国民の貴重な資産である優れた自然の地域において、一般の利用者ないしは営業的利用者が自由に、かつ、特別の負担なしに、その利益を享受し得る権利の範囲をどのように見なすかということと切り離しては考えられず、既に述べた私的権利を行使する場合における受忍の範囲あるいは自然環境に対する価値観の問題と表裏一体の問題であるといえよう。
 したがって、今後、自然環境の保全に伴う費用負担上の問題を検討していくにおいては、一般社会通念上認められる公的規制を受忍すべき範囲及び価値体系の選択の問題、更に自然環境の保全により享受すると考えられる利益の範囲等種々の観点から十分な検討を加えた上、自然保護のために生じる負担及び受益についての考え方の基準を明確にすることがまず必要であり、これに沿って、公平な負担のあり方、対応措置等を検討すべきであると思われる。
 この場合、受益者負担の考え方を適用することが可能であり、かつ、適当であると思われるような費用については、受益者負担の考え方をより明確な形で導入する適切な方法がないかどうかについても併せて検討を行う必要があろう。
 本節においては、自然環境の保全に要する費用に関して、主として公的規制に伴う負担と自然保護による受益に関する問題を中心に概観してみたが、本間題は簡単に結論を導くことができるような性格のものではなく、種々の問題点について今後広く公益的見地から十分議論を尽くしていく必要があるものである。
 しかしながら、自然環境の保全を図ることについて費用負担上の問題があることから、容易に規制を緩和するとかあるいは規制対象となる地域指定等を差し控えるといった道を選ぶことの非は改めていうまでもないことであり、国民的コンセンサスを得ながら、自然保護に伴う受益と負担の公平化の問題について換討を行っていく必要がある。同時に、国民一人一人が、後世に伝えるべき資産として我が国の自然を保全することの重要性を十分認識し、この問題に積極的に取り組んでいくことが必要である。

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