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第3節 

1 自然環境の保全とその費用

 前2節において、環境保全費用のあり方に関する基本的な考え方について検討してきたが、自然環境の保全については、近年における自然の利用の増大とも関連して、最近その受益と負担の公平化の問題を中心に保全のための費用負担の問題が論議を呼んでいる。
 貴重な自然の景観や動植物の生息環境等の保全を図っていくためには、広範な国民の協力と相応の負担が必要となるが、この場合、貴重な自然をレクリエーションや観光に利用する利用者や優れた自然を営業的に利用して営利行為を行う観光業者等の利益をどのように見るか、また、自然保護の観点から開発行為等に対して規制がなされること等により私人あるいは地方自治体が負う負担についてどのように考えるかといった問題があり、適正かつ円滑に自然環境の保全を進めていくためには、これらの問題について十分検討を行う必要が生じている。
 一般に、自然環境を保全するために必要な費用としては、自然や風致を維持管理するためごみ処理等に要する費用や破壊された自然を原状に回復するために要する費用、更に、新たに公園、緑地等を設置し豊かな自然環境を創造していくための費用等が考えられる。 これらの費用は実際に経済的尺度をもっては握することができる費用であるが、このほか広い意味において自然環境の保全に伴う費用と考えられるものとして、自然環境を保全するために行われる土地利用等の規制によって私的権利が制約されあるいは地域社会の発展が抑制されること等によって生じる各種の負担を挙げることができる。これらの負担は、厳密な意味では私的権利者あるいは地域社会や地方自治体が受けるそれぞれの負担に対応して何らかの対応措置が採られる場合に初めて費用として具体化されるものであるが、ここではこのような私的権利者や地域社会が負っていると考えられる負担を含めて自然環境の保全に関する費用の問題を考えることとする。
 自然環境の保全に伴う費用負担上の問題は、自然環境の保全に当たって私人に対して種々の権利を制約したり、あるいは特別な出費を余儀なくさせること等により生じる問題と、これにより地域社会が受ける波及的影響あるいは地域社会が開発行為等を制約されることによって受ける不利益や、更には地域社会が自然環境の保全のために負う特別な出費等の問題に分けて考えることができる。以下、私人の負担に関する問題と地域社会や地方自治体の負担に関する問題について考えてみよう。
(1) 自然環境の保全と私的権利の制約
 自然環境保全のため私的権利を制約することになる公的な規制としては、「自然環境保全法」、「自然公園法」、「都市緑地保全法」、「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」等の法律により指定された区域内において、建築物の設置、宅地の造成、土石の採取、木竹の伐採等の行為を行う場合について禁止ないし許可制が採られていることを挙げることができる。
 こうした公的規制によって権利が制約されることに伴って生じる負担は、それぞれ規制の対象あるいは規制を受ける地域等によって種々内容が異るものであるが、具体的にはどのようなものが考えられるであろうか。
 例えば、国立公園内の特別地域に係る部分において土石の採取等の行為を行うに当たっては、「自然公園法」の規定により環境庁長官の許可を得る必要があるが、当該地域に土地を所有する者が土木工事用の骨材や庭石用転石の採取を希望しているのに対し、土石の採取は風致上支障があるとして認められない場合には、土石の採取により得られるであろう経済的利益の損失が問題となる。このような例は、瀬戸内海沿岸一帯において見られる。また、こうした特別地域内の土地所有者が営業行為を行うことを希望して建築物の設置を申請したが、風致の維持等の観点から許可が得られないような場合には、営業行為による収入を期待できなくなるという問題が生じる。
 これらの例は、公的規制により私人の行為そのものが禁止されることにより生じる不利益であるが、更に、自然景観地において建築物の高さが制限されることなどによって、土地を効率良く使用できなくなることに伴う不利益や、木竹の伐採が一部制限されたりすることによって効率の良い森林施業ができなくなるなど経済的効率が低下するという不利益が生じることが少なくない。このほか、法律等により許可申請あるいは届出等の義務が課されているため、繁雑な手続きや特別の出費が必要となるといった問題が挙げられる。また、公的規制によって開発が禁止されること等に伴う波及的影響として私人が不利益を受ける場合もある。例えば、自然保護の観点から道路建設が禁止されたため、住民はう回するために特別の出費を余儀なくされたり、あるいは所有地の地価上昇が望めなくなって期待利益を失うというようなものである。
 このような自然環境を保全するために行われる種々の規制による私的権利の制約に関しては、現在、第3-10表第3-11表及び第3-12表に示すような対応策が採られている。


 「自然環境保全法」、「自然公園法」等には、法律で定められた一定の行為についてそれを行うことが許可されなかったり、許可に条件が付加された等のため損失を受けたものに対しては、通常生ずべき損失を補償するという、いわゆる揖失補償についての規定があるが、どのようなものを補償を行うべき損失と考えるか否かについて極めて困難な問題があり、実際上発動が困難なものとなっている。
 また、民有地の買上げ制度は、私的権利に対する救済をより弾力的に行うため民有地の所有権を買い上げるというものであり、公的規制と私的権利との調整を図っていく手段としては抜本的な解決策となり得る場合が多いが、所有権等に対する強い規制の存在を前提としており、その対象範囲は限定せざるを得ない面がある。
 このほか、固定資産税の非課税等税制上の優遇措置や一部の都道府県で実施している奨励補助等の救済措置がある。
(2) 自然環境の保全に伴う地域社会の負担
 自然環境を保全するために、地域社会あるいは地方自治体が受ける負担としては、近年増大しつつある自然保護のための一般行政経費のほか、私人の場合と同様に、自治体自身の行為等が公的規制により制約されることに伴って生じる負担及び更に問題となるものとして、自然環境保全のため私的権利の制約を行うことが地域社会あるいは地方自治体に対して、いわば波及的に影響をもたらす場合の不利益や、自然景観地を利用する観光客が排出するごみ処理に要する費用等自然保護のため余儀なくされる特別な出費がある。自然環境を保全するため、種々の規制により私的権利が制約されることが地域社会あるいは地方自治体に波及的影響をもたらすものとしては、自然公園内のある地域について宅地の造成が禁止された場合を例にとれば、宅地造成の禁止により当該地域の開発が抑制され社会経済的発展が望めなくなるといったことや、この結果、地域住民の経済的あるいは文化的向上の機会が失われるなどの不利益をもたらすことが考えられる。また同時に、地方自治体にとっては、開発に伴う地方税の収入増が見込めなくなるといった不利益が生じることも考えられる。
 このような問題に関する具体的な事例としては、沖縄県西表島における道路建設を巡る問題を挙げることができる。西表島には、原生状態の照葉樹林が広く繁茂し、また、世界的にも貴重な動物であるイリオモテヤマネコが生息するが、これを保護するため島内を横断する道路の建設計画が中止されている。このため、島内住民は生活上相当の不便を強いられるとしており、自然保護と住民の生活の利便のどちらを優先させるかを巡って問題になっている。また、自然景観地を通る道路の建設を行うについては、道路の開通により周辺地域の振興が図られ、過疎状態から脱却できるとして一般に地域住民は多くの場合期待を寄せるが、一方、道路建設に伴う自然破壊を防止する必要があるとして工事の中断又は計画変更が要請されることも多く、自然環境の保全と地域振興の間の調整をどのように行っていくかということが問題になることも少なくない。
 このような負担のうち、自然保護のための一般行政経費については、地方交付税の算定の際に配慮されており、また、国立公園等の利用施設の整備、美化清掃費の援助等に対する国の補助制度等も実施されているが、自然保護のために行われる種々の規制については既に見たとおり、地域住民の生活向上への期待あるいは過疎対策、ひいては地域振興施策等と密接に関連するものであるため、これらの対策のみで解決を図ることは必ずしも容易でない問題となっている。

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