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第2節 

3 環境影響評価制度と地域住民

 我が国における環境影響評価は、環境に対する影響の抽出、環境影響予測等環境影響評価手法の分野については、逐次進展が見られつつあるのに対し、環境影響評価の審査手続、情報の公開、住民との関係等を含めた環境影響評価の制度上の問題点については、なお検討を要する面が多いといえよう。特に、最近論議されているのは、住民の意思をどのように反映するかという問題である。
 国際科学連合評議会の環境問題科学委員会(Scientific CommitteeOn Problems of the Environment)の資料によると、公衆との情報交換のための種々の方法を、?公衆との接触の程度、?利害調整を図る機能、?相互的な情報交換の度合いの3つの特徴に分類して評価しているが、「公聴会」、「説明会」及び「パンフレットの配布」という方法ほ、公衆との接触の程度が中くらいと評価されるほかは、全体的に高い評価はされていない。公衆との接触の程度が最も高いものとしては、「住民に対する公示」、「マスメディアへの情報提供」が挙げられているが、利害調整機能、情報交換の度合いの点ではいずれも低い評価しかなされていない。利害調整機能及び情報交換の度合いの両方が高いと評価されるものには、「住民の代表を加えた委員会の開催」及び「住民代表との話合い」が挙げられているが、公衆との接触の程度は低いとされている。
 「環境影響報告書の縦覧」については、公衆との接触の程度は中くらい、利害調整機能は高いと評価されているほか、住民の意見の計画へのフィードバック及び計画に対する評価を行う可能性があるとしている。
 我が国において事業の実施に当たり住民の意思を問うこととした例としては東京都の放射36号道路問題がある。放射36号道路とは、池袋西口から板橋区下赤塚方面へ通ずる4.3kmの道路である。この道路の建設計画は41年に都市計画決定がなされていたが、43年に地下鉄8号線の建設計画が具体化したのを契機に「36道路」問題がクローズアップされ、建設反対、建設促進、計画内容の変更を求める住民運動が起こった。
 東京都では住民の要望をは握するため、影響予測、情報の公開を行うこととしたほか、「放射36号道路の住民投票に関する調査会」を設けて住民参加の方法を検討したが、調査会ではこの道路の具体的状況を踏まえて、住民参加の方法についても住民の意向を尊重することとし、?住民投票、?住民投票と世論調査の組合せ、?世論調査、?その他(公聴会、対話、交渉等)の方法について予備的な世論調査を行った。その結果、住民投票と世論調査の組合せを望む意見が最も多かった。
 また、49年に設置の認められた大阪府下のある発電所の建設問題については、電力需要の伸びに伴う供給力のひっ迫や同地区の既設発電所による公害問題の発生など種々の問題が存在し、大阪府では、公害対策審議会に専門委員会を設けて公害の未然防止の方策を検討した。また、住民等からの要望にこたえ、発電所建設地区住民の健康調査を実施したほか、環境容量の考え方を導入した「環境管理計画」を作成し、これに基づいて発電所建設による環境への影響を評価し、その結果の公表を行った。
 しかしながら、なお住民からは既設発電所による公害問題の発生を理由とする損害賠償と上記の新規発電所の建設差止めを求める訴訟が提起されている。
 住民の範囲をどのように考え、その意向をどのような方法で問い、どのように事業計画の内容に反映させていくかという問題は、行政の責任体制や直接民主制、代表民主制といった地方自治の根幹にも触れる問題だけに、環境影響評価における地域住民の位置付けの問題についてはなお十分な検討が必要とされよう。
 我が国の環境影響評価の手続制度を検討するに当たっては、米国、スェーデンなどの諸外国の制度も参考となろう。
 米国においては、生産活動と環境の質の維持とをバランスさせるため政策決定の基本的ルールの変更を目的とした国家環境政策法によって、連邦政府が関与する連邦プロジェクト、許認可事業等については、環境影響報告書の作成が義務付けられ、またその国民への公表と、報告書に対する訴訟を提起する道が開かれた。環境影響報告書の作成手続は、第2-5図に示すとおりである。まず事業を所管する官庁は、その事業が「人間環境の質に著しい影響を与える主要な連邦政府の措置」に該当すると判断する場合には、その措置が環境に与える影響、代替案等を検討し、詳細な報告書案を作成する。その事業が報告書を作成すべき措置に該当するか否かについて疑問のある場合には、CEQ(環境諮問委員会)に協議される。出来上がった報告書案は関係連邦機関、住民団体、関心を持つ個人等に送付される。この段階で当該事業の重要性、住民の要求の程度、有益な情報が得られる可能性等を判断し、公聴会を開くか否かを当該事業の所管官庁が決定する。


 事業所管官庁は、関係連邦機関や公衆等から出された意見に基づいて報告書の内容を再検討した上、最終報告書を作成する。最終報告書には、報告書案に対して堤出された意見が添付される。最終報告書は、大統領と環境諮問委員会に提出され、国民に公表される。報告書案が一般に公表されてから90日間あるいは最終報告書が公衆に公表されてから30日間は、事業の実施はできないこととされている。
 なお、米国における公衆に対する環境影響評価の公表は、情報の公開に関する法律によって担保されている。
 次に、スェーデンの1969年に制定された環境保護法による手続制度を見ることとしよう。この法律は、土地、建物又は施設等から起こる水汚染、大気汚染、騒音、振動その他の妨害と障害の排除を目的とし、公共事業、工場の建設等について許可制度を定めている。第2-6図に示すように、環境汚染のおそれのある活動を行う者は、環境保護庁から許可免除を受ける場合以外は、事前に許可を受けなければならない。スェーデンにおいては、米国のような環境影響報告書の作成は行われないが、許可申請書には、汚染行為の性質、規模、その影響を明らかにするに足る資料、図面、技術的細目を記載することとされている。この申請の内容は、地方の新聞に公表するか、その他適当な方法でその行為の影響を受ける者に伝達され、これらの者は意見を提出することができるが、米国の場合のように提出された意見に対するコメントは行われない。


 審査は、法律家、技術者、環境対策の専門家等で構成される靖境保護許可委員会(FranchiseBoard of Environment Protection)が公共事業の実施、工場等の建設に当たり、当該施設等の汚染防止技術が最良の技術で行われるかどうかを中心に、更に立地の適否、地域経済に対する影響等を勘案して行う。
 申請者は許可を得るまでは建設に着手することができず、違反すれは罰則が課せられることになっている。
 第2-7表は、米国とスェーデンの環境評価制度を比較したものであるが、米国の制度と、スェーデンの制度とではかなりの相違が見られる。米国の制度においては、意思決定をする担当機関や一般公衆に、その計画に内在する環境上の危険について注意を喚起することによって、環境影響の評価をより適切な政策決定を行うための手段として利用することに主眼を置いているのに対し、スェーデンの場合には、環境上の危険につしいて注意を喚起するというよりも、申請書からの申請に対して、行政官庁が環境に対する悪影響を最小限に抑えるため許認可等の行政行為を行うに際して、直接的な判断基準として利用してしいることがうかがわれる。


 スェーデンの場合、靖境保護庁が行う許可免除の手続は、環境保護庁、申請者、その他関係者との間の話合いという色彩が強く、一方、環境保護許可委員会の行う許可の審査手続は、司法審査に近いものとなっている。
 また、米国においては、環境影響評価の内容のなかに狭い意味の環境のみならず、当該行為がもたらす社会的、経済的な影響の評価も含まれており、費用、便益分析によって、環境に対する影響とその行為によってもたらされる便益とを比較衡量し、これに基づいて計画の変更あるいは中止が行われるなど政策決定の段階に具体的に利用きれている。
 スェーデンの場合にも費用の最少化という要素は考慮の対象となっている。
 更に、米国においては、連邦機関が政策決定を行うまでの間に公衆に対して環境影響評価の公開を行うことのほかに、最終的な政策決定の後に、公衆から環境影響報告書の不備等を理由として、多くの訴訟が裁判所に持ち込まれていることに注目しなければならない。国家環境政策法が簡潔な法律であることもあって、この法律に基づく訴訟の判決を通じて法律の解釈がち密になり、環境影響評価の対象の拡大、評価内容の精密化、必要な法律の制定など環境影響評価制度に関して、司法と行政の相互補完関係が見られる。 我が国における環境影響評価は、「瀬戸内海環境保全臨時措置法」のように、法令において排水施設設置の許可に際して環境影響の事前調査に関する書類の添付が義務付けられているものもあるが、多くは国の許認可等を受けるに際し事実上行われているだけで、手続面等で統一されたものはなく、現在、我が国の環境影響評価制度はいかにあるべきかについて、中央公害対策審議会で検討されているところである。
 諸外国の環境影響評価制度は、各国の歴史的、法制度的沿革の下に生まれたものであり、司法制度、情報公開制度の定着度の異なる我が国にそのまま当てはめることはできないが、我が国の風土に適した環境影響評価制度を創設する上において、各国の制度は大いに参考になるものと思われる。
 また、環境影響評価を制度的に確立するについては、単に法制的な検討にとどまらず、我が国の司法制度の運用の実態や住民運動の現れ方なども加味されなければならない。
 このように環境影響評価制度の確立に当たっては検討すべき問題も多いが、環境影響評価制度は、汚染の未然防止のための旗頭であり、その早急な確立を図らなければならない。

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