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第2節 

1 環境影響評価の意義

 従来の環境行政においては、ややもすれば急速に深刻化する汚染の事後処理に追われ、被害が発生するに至って、ようやく対策が講ぜられる事例も見られたが、今後我が国の環境を良好な水準に維持していくためには、汚染の未然防止を徹底することが不可欠である。そのため、各種開発行為について、その環境へ与える影響を事前に予測し、環境への悪影響をあらかじめチェックしようとする環境影響評価の確立が望まれており、その手法の開発と制度化のための検討が大きな課題となっている。
 従来の地域開発の事例においては、地域の地理的特性、自然条件等のバックデータの不足、開発計画の不備による住工混在等の土地利用形態の混乱、土地、水面利用等に当たっての地域の特性に応じた産業のあり方に関する調整の不足、環境汚染物質による環境影響と環境受容能力に関する調査の不足等多くの要因から様々な環境問題を引き起こしてきたといえよう。
 このような反省の上に立って、今後の地域開発政策には環境保全に十分配慮し、環境に悪影響を及ばさないようにすべきであるという認識が高まってきた。
 人体に対する健康被害や自然破壊は、事後的な救済が不可能ないし困難であること等から、汚染の未然防止を図るべきだという認識は、かなり以前からあったといえる。特に、環境問題に地域住民及び社会の関心が向けられるようになるに伴い、地域開発に際して事前調査が行われるようになった。
 地域開発に際して事前調査が最初に組織的に行われたのは昭和35年秋から約1年間調査検討された西宮市における石油産業の立地問題であったといわれる。また、38年には、四日市及び沼津、三島地区の石油コンビナート造成計画について、通商産業、厚生両省において産業公害調査団が編成され、大規模な事前調査が行われた。この調査に基づき排出基準の強化や工場の施設の改善等の勧告が行われた。沼津、三島地区については、上記の調査とは別に地元市による調査も行われたが、結局地元住民の反対により、石油コンビナートの造成は断念せざるを得なくなった。
 このような経緯にかんがみて、40年からは、通商産業、厚生両省においてそれぞれ開発地域の事前調査を計画的に実施することとされ、鹿島、水島、鶴崎等の工業化、都市化が進展する地域については、大気汚染、水質汚濁、騒音、振動等の各種公害を未然に防止する計画を当初から十分に検討し、その対策を確立して生活環境の保全を図る必要のあることが認識され始めた。
 一方、米国においては、1969年、国家環境政策法(NationalEnvironmentalPolicyAct)が制定され、人間の経済活動と環境との調和を図るために、人間環境の質に著しい影響を与えるおそれのある連邦政府の開発行為や立法措置等に関して、当該行為が環境に与える影響、代替案等を盛り込んだ報告書(Envir-onmentalImpactStatement)を作成し、公表することが義務付けられた。この制度は1970年から実施され、環境影響評価(EnvironmentalImpactAssessment)の考え方は、我が国の環境問題について大きな影響を与えることになった。
 四大公害訴訟の1つで、47年に判決が下された四日市公害訴訟においては、被告各企業には操業上の過失とともに立地上の過失があると認定され、企業が工場を立地するに際しては、事前に、?排出物の性質、?排出物の量、?居住地との関係、位置、距離、?風向、風速等の気象条件などを総合的に調査研究して環境に与える影響等に注意すべき義務があると指摘された。
 更に、同年には、「各種公共事業に係る環境保全対策について」と題する閣議了解が行われ、道路、港湾、公有水面埋立て等の各種公共事業の実施に際して、その実施主体をして、必要に応じ、あらかじめ、その環境に及ぼす影響の内容及び程度、汚染防止策、代替案の比較検討等を含む調査研究を行わせることとされた。
 このような動きを通じて、地域開発に際しての事前調査が一層推進されるとともに、環境庁はじめ、関係各省において、環境影響評価の手法開発等が推進されることとなった。49年度には、環境庁において、環境影響評価の指針の設定、予測の再評価手法の開発、各種の発生源が混在している都市の大気汚染防止に関する環境影響評価手法の開発、水の自浄能力、利用目的、汚染負荷量をシステム化して将来予測を行うための手法開発等の調査研究が行われ、通商産業省においても、40年に始められた産業公害総合事前調査のほか、大規模工業立地等による公害の予測システム開発、工場等の窒素酸化物による汚染の予測手法の開発、大規模発電所からの温排水の拡散調査及び発電所立地に伴う環境に与える影響についての調査等が行われた。また、運輸省及び建設省においてほ、所管の公共事業等につき環境影響評価手法の検討が行われた。
 このような調査研究の結果、現在では、大気汚染物質や水質汚濁物質等の拡散予測については、単独の発生源のみならず、複数の発生源についても風洞実験等の模型実験及び電算機を用いたシミュレーションを行いうるようになっているほか、開発に際して、定量化が困難な要素を含め環境にどのような影響を与えるかを包括的には握するための方法についても検討が進められている。また、49年6月には、中央公害対策審議会防止計画部会環境影響評価小委員会から「環境影響評価の運用上の指針についての中間報告」がなされ、環境影響評価を行う項目、範囲、環境保全水準、環境影響の予測手法等に関して、問題点の整理と当面の指針となる事項が明らかにされた。

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