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第1節 

2 環境保全のための国土利用の方向

 「国土利用計画法」の制定に伴い、今後利用目的別の国土利用のあり方が検討されることとなるが、土地が有する機能と経済社会との密接な結びつき、土地が環境面において重要な機能を有すること等を考慮し、当該土地の有する特性に留意しつつ、良好な環境の保全が図られなければならない。
 ここでは、土地利用基本計画の地域区分に従って、環境保全の観点から国土利用の今後の方向について検討することとする。
(1) 自然保全地域、自然公園地域
 自然保全地域は、良好な自然環境を形成している地域で、その自然環境の保全を図る必要があるものをいい、「自然環境保全法」に基づく原生自然環境保全地域等が含まれることとなる。
 我が国の自然は、戦後の電源開発、道路の建設、大規模な森林の伐採等によって急速に改変されつつあるが、緑の国勢調査によって明らかになったように、48年には我が国において植生自然度?及び?の自然林や自然草原など人為的影響の少ない地域は全国土の22.8%にすぎなくなっている。このような状況のなかで、これらの自然の保護を求める声が全国的に高まっており、例えは屋久島の屋久杉や朝日連峰のブナ林のごとく、貴重な自然林についての保全が求められている。
 自然林は、我が国の自然環境の条件のなかで最も安定した植生の状態を示すものであり、その中においては野生動植物、昆虫、土壌微生物等が多く生息し、それ自体で一つの完結した生態系を構成しているものである。
 これらの自然林は、人間生存の母体である自然に関し、物質循環、生物と環境との関係等自然の複雑な仕組みを解明する場となり、我々人類が生存していく上で不可欠な環境保全のあり方を研究するために必要なものである。また、開発の進んだ地域と開発以前の状態とを比較対照することにより自然の改変状況をたどることができるとともに、生態学的考察等環境保全の見地から土地利用の望ましいあり方を判断する材料としてその土地本来の姿を知ることができるものである。更に、多様な自然を保全するため、種の遺伝子が保存される地域を確保することにも大きな意義がある。国土全域にわたる開発化の波の中で、このような原始的自然を維持保全していくことは今日の自然環境の保全の重要な課題となっている。
 また、貴重な動植物の生存、生育している地域や特異な地形、地質等の存在している地域は、一旦破壊されると永久に失われ、あるいほ回復が極めて困難となるので、これらの自然を良好な状態で保存する必要がある。
 これらの自然のうち、人間活動による影響を受けることなく、原始的な状態を維持しており、特に保全することが必要な地域を「自然環境保全法」に基づき原生自然環境保全地域として指定することとなっている。
 現在、南硫黄島(東京都)、大井川源流部(静岡県)、星久島(鹿児島県)を原生自然環境保全地域として指定すべく準備が行われている。南硫黄島は、熱帯性と亜熱帯性の植生が混在し、海鳥が繁殖している急峻な地形の火山島しょであり、大井川源流部は、温帯性針葉樹林、温帯落葉広葉樹林、亜高山帯植生等の植生状況を示し、中部日本から関東地方にかけての典型的な群落が多く、多様な哺乳類が見られる地域である。また、屋久島は樹齢1,000年以上の屋久杉の老大木が生育しており、世界的にも貴重な杉が多くを占める温帯性の原生林が残されている。
 また、これら自然林、自然草原を中心に、原生自然環境保全地域以外の区域で自然的、社会的諸条件から見て保全することが必要な地域を自然環境保全地域として指定することとなっており、現在、早池峰(岩手県)、稲尾岳(鹿児島県)の指定の準備が進められている。
 なお、「自然環境保全法」に基づく都道府県条例により、50年3月現在、半数近くの県において都道府県自然環境保全地域の指定がなされている。
 今後は、自然環境の優れた地域について、自然環境保全調査や各種の学術調査を基礎とし、動植物、地形地質等の稀少性、固有性等を判定し、保全すべき地域を早急に確定し、「自然環境保全法」に基づく原生自然環境保全地域等の指定を行った上、厳正な保全計画の下に、適正な維持、管理を行っていかなければならない。
 また、自然公園地域は、優れた自然の風景地で、その保護及び利用の増進を図る必要があるものであり、「自然公園法」に基づき指定された国立公園等が含まれることとなる。
 近年、所得の向上、余暇の増大等に伴って、自然公園等の景観地へ観光客が殺到し、都会並みの過剰利用が現出し、更に樹木の盗伐、ごみの散乱等によって自然が破壊されている事例が少なくない。富士箱根伊豆国立公園に属する箱根町の推計によれは同地区の47年度におけるごみ処理量のうち観光客によるものが半分以上の57%を占めているという調査結果もある。また、自動車の普及に伴い国民の行動半径は拡大し、これに対応する観光道路、利用施設の建設等による自然環境の破壊も著しいものがある。
 自然公園は、保健休養の機能を有するものであり、緑豊かな山岳地帯や美しい海岸などで日常生活を忘れて自然の息吹きに触れ、田園風景に心のなごやかさを覚えたりすることは我々がしばしば経験するところである。近年、野外レクリエーション、レジャーの場として自然を求める動きが強くなってきており、その要望にこたえる必要がある一方、わが国の優れた自然公園は後代の子孫に伝えるべき貴重な資産でもあるので、その利用に当たっては自然環境が十分保全されるよう配慮しなければならない。
 したがって、自然公園については更に調査の上、適当なものについては拡張、指定するほか、自然を保護しつつ、利用者が公園本来の目的に沿って適切な利用が可能となるよう公園計画の見直しを行うとともに、これに基づき必要な規制と施設の整備を進めていく必要がある。
(2) 森林地域、農業地域
 森林地域は、森林の土地として利用すべき土地があり、林業の振興又は森林の保有する諸機能の維持増進を図る必要がある地域であり、「森林法」に 基づく国有林、地域森林計画対象民有林等が含まれることとなる。
 また、農業地域は農用地として利用すべき土地があり、総合的に農業の振興を図る必要がある地域であり、「農業振興地域の整備に関する法律」に基づき指定された農業振興地域が含まれることとなる。
 農林業地域においては、従来、ややもすれは都市の無秩序な拡大、住宅地のスプロール化、森林の過度な伐採等によって自然環境の破壊が引き起こされた。また、農業生産の効率化等を目的とした農薬等の使用により、BHC、DDT等の食品残留、土壌、水質等の汚染の事例も見られた。農林業地域は、我が国国土の大部分を占め、近年、その生産機能とともに農林業の持つ国土保全、環境保全等の公益的機能も重視されつつある。
 農林省の研究によれば、第2-1図に見るとおり、常緑広葉樹林は1ha当たり年間約30トンの炭酸ガスを吸収する一方で、約22トンの酸素を放出しており、これは人間80人が1年間に必要とする酸素の量に見合うものである。
 都市近郊の森林は、大気の浄化や環境汚染の緩衝地帯としての機能を有するとともに、日常生活に潤いを与えるという保健休養等の機能を有することから都市の周囲にこれらの森林を適正に配置することが必要である。
 都市から離れた森林は、木材生産とともに、国土保全、水源かん養等の機能が重視され、また、野外レクリエーションの場を提供するものであり、これらの機能を調整し、適切な土地利用を図ることが必要である。
 都市近郊の農地は、我が国において都市公園、公共空地等が乏しいこともあって都市の緑地としての役割も大きく、また、大気、土壌等の環境の浄化機能を有するとともに、災害時の避難場所を提供してくれるものとして有用である。これらの農地は、都市としての土地利用と十分斉合性を保った形態で都市周辺に配置される必要があり、このことにより都市の無秩序な市街化を抑制するとともに、都市の良好な環境を保全するために必要な措置が講ぜられなければならない。
 農地及びその近郊の森林地域においては、近年、ゴルフ場、別荘等の建設により自然環境が破壊されている例が少なくない。また、地元住民の所得格差の是正の欲求や企業にとって労働力が確保しやすいこと等があいまって内陸工業団地の建設が促進されつつあるが、これらの施設からの排水等による農業用水、土壌等の汚染が問題となっている例も見受けられる。また、畜産については畜産経営周辺の市術化の進展、従来の副業的な畜産経営から大規模な集約的な経営への移行に伴い、水質汚濁、悪臭等の環境汚染問題が生じてきており、家畜ふん尿の土壌還元利用や処理施設の整備等を進め、不適切な処理によって環境汚染が生じないように配慮する必要がある。
 今後、農林業地域においては、本来の生産機能が十分生かされるとともに、農薬、家畜排せつ物等による水質汚濁、土壌汚染等を引き起こさないよう適切な措置が望まれ、また、工業団地等からの汚染を防止するため、その適正な配置と用排水路等所要の汚染防止措置と施設の整備が必要である。


(3) 都市地域
 都市地域は、一体の都市として総合的に開発し、整備し、及び保全する必要がある地域であり、「都市計画法」に基づく都市計画区域が含まれることとなる。
 我が国の戦後の経済社会発展の歴史は、都市を中心とした工業化の歴史であり、そこでは生産基盤の飛躍的増強と道路を中心とする都市相互問の交通ネットワークの整備が推進され、工業生産は著しい伸びを示している。また、都市における各種の利便も図られるようになり、都市は現代文明の中心となってきた。
 この反面、都市は過密化し、都市機能の肥大化による交通の混雑、公害の発生、犯罪の増加等が著しく、都市環境は悪化してきている。特に、都市における公害は、大気汚染、水質汚濁に加え、高速輸送機関等による騒音、振動等が問題とされ、また、汚染の範囲は大都市から地方都市へ広がりつつある。都市における自然環境の変化を見ても、樹木の生育不良や枯死、野鳥、昆虫、土壌微生物等の減少、淡水魚の減少等その影響は計り知れないものがある。また、宅地化により都市周辺の自然の緑地、森林等は急速に失われつつある。
 このような経済社会の発展がもたらしたマイナスの現象に対する反省の上に立ち、国民の意識は、従来の高度成長から安定した福祉社会を、また、精神的緊張から解放された安らぎのある生活を求めるようになり、価値観に大きな変化が生じてきた。
 今後、都市における環境の整備は、産業活動を中心とした環境整備から人間生活を中心とした環境の整備へより一層その重点を移していかなけれはならず、都市における土地利用もこの点に十分配慮していかなければならない。
 現在、都市計画では、大都市及びその周辺都市等の都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域に区分し、各々の区域の整備、開発、保全の方針を都市計画に定めることによって、無秩序な市街化を防止し、計画的な市街化を図ることとしている。
 都市の環境を改善するに当たって、既存の市街地においては、下水道、公園等の生活環境施設を計画的に整備し、都市の再開発を進め、生活環境水準の向上を図るとともに、今後、新たな市街地の形成に当たっては、当該都市及びその周辺の環境条件を十分調査した上で、都市の環境を適正に維持、確保することのできるように、適正な人口、産業、各種の施設等の配置等を検討する必要がある。また、住宅と工場が相互に隣接することにより環境悪化が生ずるようなことのないように適切な調整を図る必要がある。
 また、近年、新幹線、高速道路、飛行場の設置に伴い、大気汚染、騒音、振動等が問題となっており、この対策としてエソジン、車両等の発生源対策を強化することはもとより必要であるが、これらの施設の建設路線の選定に際しては人口密集地域を避けるようにするとともに、計画段階で施設周辺の積極的な立地規制、周辺土地利用との調整等について十分検討する必要がある。
 更に、都市における緑の維持、回復を図るため、緑地保全地区、生産緑地地区、風致地区等の指定、都市公園等の設置が進められなければならない。
 我が国における都市公園の設置は従来ややもすれは遅れ気味であり、東京における緑地は1.4m
2
/人であり、諸外国の主要都市ワシントン40.8m
2
/人、パリ 8.4m
2
/人、ローマ11.4m
2
/人等と比較し、非常に少ない。
 今後、豊かさと憩いを求める都市住民の欲求は一層増大するものと思われ緑地等の整備、緑の回復に当たっては、これらの住民の欲求に応じて、個人の庭、街路等における日常生活の中で身近に存在する緑から都市的レベルの公園、更に、レクリエーション機能を備え生態系の維持をも目的とした大規模な公園まで各種の配置を考えていくべきである。
 近年、大都市への人口集中の傾向にはやや変化が見られるものの、都市への人口、産業等の集中は依然として続き、国民の大半ほ、都市に居住するものと思われる。今後とも我が国の社会において都市の持つ機能は極めて大きいものがあると思われ、都市が人間にとって快適な場所となるよう国土全体の中で都市の適正な配置を図るとともに、周辺地域を含めて調和のとれた都市の建設が行われなければならない。環境行政もまた都市の環境悪化を防ぐのみならず、都市のあり万全体を考慮し、美しく、健康的で安全かつ快適な都市建設を行うため貢献していかなければならない。
 以上、土地利用基本計画の地域区分に沿って環境の保全の観点から土地利用のあり方について検討してきたが、自然環境を保全し健康で快適な国民生活の樹立を図っていくためには、土地利用計画策定の段階から環境保全に十分配慮する必要がある。土地は、人間活動の基盤であることから、環境行政を進めるに当たっても、長期的展望の下に適切な土地利用のあり方を検討していかなければならない。

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