1 自然公園における自然保護
我が国の自然公園は、傑出した自然の風景のうち、我が国の風景を代表するとともに世界的にも誇り得る傑出した自然の地域を国立公園に、国立公園の風景に準ずる傑出した自然の風景地域を国定公園に、また、都道府県の風景を代表する傑出した自然の風景地域を都道府県立自然公園に指定している。
(1) 自然保護のための行為規制
自然公園の優れた自然の風景地を保護するため、自然公園の中に特別地域及び特別保護地区を指定し(第6-2-1表)、当該地区内において風致又は景観を損なうおそれのある一定の行為は、環境庁長官又は都道府県知事の許可を受けなければならないこととされている。また、普通地域における大規模開発等についても、一定の限度を超えるものはその行為を都道府県知事に届け出させ、それに基づき必要な制限をすることができることとなっている。
しかしながら、近年所得の向上や余暇の増大等に伴って、別荘分譲地造成やゴルフ場造成、レジャーランドの建設等が、また、各種開発に伴って建設資材としての山砂利の採取等が随所でみられるようになり、これら大規模な改変の波が自然公園の周辺にも及んできており、普通地域内においてもその規制の強化が要請されてきた。
普通地域内においては、これまで一定の基準以上の工作物の新改増築、特別地域の河川湖沼等の水位・水量の増減、広告物の設置、海面の埋立て・干拓、海中公園地区の周辺1キロメートルの海域における鉱物の堀採・土石の採取及び海底の形状変更についてのみ届出を要することとされており、届出を要する行為について、環境庁長官又は都道府県知事は30日以内に問題のあるものについて禁止制限等の措置を命ずることができることとなっていた。したがって、陸域における土石の採取及び土地の形状変更については規制の対象から外れており、前述したような大規模な改変の多くは普通地域内では制約を受けずに行い得ることになっていた。このため、自然公園として地域指定がなされていても、普通地域では大規模乱開発に必ずしも十分に対処し得ない状況であったので、これらを規制することを主な目的とし、自然公園法の一部改正が行われた。
その内容は、第1に、自然公園の普通地域内で届出を要する行為のうち、「海面」の埋立て・干拓を河川、湖沼等の内水面にも及ぶように「水面」の埋立て・干拓に改め、「海中公園地区の周辺1キロメートルの海域」における鉱物の堀採又は土石の採取を「陸域又は海中公園地区の周辺1キロメートルの海域」における鉱物の堀採又は土石の採取に改めるとともに土地の形状変更を新たに加えた。
第2に、これまで届出をすればすぐに行為者は工事に着手できたのであるが、これを届出をしてから30日間は工事に着手できないこととし(問題がないと認められるものはその期間を短縮できる。)、禁止制限等の措置命令を着手前に出せるようにした。その他自然公園法の罰則を自然環境保全法並みに引き上げる等の改正がなされた。
また、自然環境保全法についても、自然環境保全地域の普通地域における要届出行為につき、30日間の行為着手制限期間を設けることとした。
48年度における国立公園特別地域、特別保護地区における行為の制限に係る環境庁長官の許可の状況(都道府県知事委任事項分は除く。)をみると、行為の種類別では工作物の新築、改築、増築が約68%を占め、次いで土石の採取が約23%となっており、この2種類で行為許可のほとんどを占めている。公園別の許可状況は、瀬戸内海が第1位であり、次いで富士箱根伊豆、日光、中部山岳の国立公園の順となっている(第6-2-2表)。
以下、工作物の新改増築及び土石の採取等自然公園の風致景観に与える影響の大きいものについてその概要をみることとする。
ア 道路建設
自然公園内における道路建設による自然状態の改変は、道路開削工事に伴う直接的な地形、植生の破壊にとどまらず、自動車利用の増大、気象条件の変化等により二次的な自然破壊をもたらす場合があり、更に道路がつくことにより、開発の可能性が飛躍的に増大し、潜在している経済活動を誘発し、それに伴う自然破壊をひきおこす場合がある。
47年度から懸案となっていた次の4路線については、以下のような処理がなされた。
大雪山国立公園内道々清水・忠別線、上信越高原国立公園内妙高高原道路については、47年10月自然公園審議会に諮問して以来、自然公園審議会(48年4月自然環境保全法の施行に伴い自然環境保全審議会に改組)及び自然環境保全審議会を通じて慎重に審議されてきた。
前者の道路計画については、審議の過程において、当該地域の原始的自然を損ねるおそれがあり、また、道路建設が自然に及ぼす影響等について調査が十分に行われていないことが指摘された。この意向を尊重して、申請者側は今後これらに関する調査を実施することとし、本道路計画に係る協議を取り下げ、これにより諮問取り消しの手続きがとられた。
後者については、専門学者の中で自然保護の観点からの反対の意見もあり、事業主体である新潟県の説明を受ける等なお審議会で審議中である。
また、自然破壊が著しいとして問題とされている八ヶ岳中信高原国定公園内通称ビーナスライン(扉峠−美ヶ原間)については、長野県から計画変更の提案があったが、専門学者の間にも賛否両論があるのでなお検討中である。
高野竜神国定公園内県道竜神線については、この道路建設が周辺の生態系に与える影響等について調査検討のうえ、公園計画の変更を決定した。
以上のように懸案の道路問題の処理について種々曲折があったが、これら道路の審議過程における各委員の意見を集約して、林修三自然環境保全審議会自然公園部会長“談話”として大要次のような考え方にまとめられた。
今後国立公園等における道路の新設については、慎重でなければならないばかりでなく、過剰利用の抑制と健全な利用の促進の見地から、場合によっては既存の道路においても自動車交通の規制を検討する必要もあると考えられる現在において、原則として公園利用の観点とか経済的、社会的観点等から、その道路が是非必要であり、他にこれに代わる適切な手段が見出せないことが前提とされなければならない。
更に、その場合においても事前に当該地域の自然環境について、地形、地質、気象、動植物等の科学的調査を行い、
? 原始的自然環境を保持している地域
? 亜高山帯、高山帯、急傾斜地、崩壊しやすい地形・地質の地域等緑化復元の困難な地域
? 希少な野生動植物、昆虫等の生息、生息又は繁殖している地域
? 優れた景観を保持している地域
等道路建設に伴う人為的要因が、大きな自然環境の破壊の誘因となるおそれのある地域は、あらかじめ慎重に避けるよう配慮されるべきであるとともに計画、設計、施行等の各段階を通じて、自然環境に対する影響が最小限度にとどまるような、あらゆる考慮を払うべきである。
この談話は、過去における各種の道路建設が自然破壊につながった例に照らして自然環境の保全の考え方を要約整理して述べており、これは自然公園内の道路建設について今後の方向を示唆するものとなろう。
イ 別荘分譲地の造成
特別保護地区等極めて風致景観の優れた地域内においては、別荘分譲地そのものを許容しないこととしているが、その他の地域で許容する場合であっても、当該地域の自然植生を一せいに剥ぐようなひな壇式造成ではなく、現在の地形、植生の改変を極力少なくするような方法で、道路、給排水施設、配電線施設等生活する上で必要不可欠な施設を設ける場合のみ許容することとなっている。
また、分譲地造成後において、個々の建築等が改めて申請されることとなるが、その際敷地の造成は建築に必要な最小限にとどめるとともに建築自体についても建ぺい率20%以下、高さは2階建以下におさえ、また必要に応じて建物周辺に樹木の植栽を指導する等、風致景観に与える影響を極力軽減させるような方策をとることとしている。
ウ 土石の採取
道路、港湾、海岸保全、大規模なダム等の建設に伴って土石の採取、特に採石行為が自然公園内にあっても増大している。土石の採取行為は、自然公園の重要な構成要素である植生や地形を大幅に改変させ、その復元は極めて困難であり、自然公園の風致景観の保護上大きな支障を及ぼしている。
特に河川砂利の減少により山砂利への転換が図られ、大規模な採石行為が自然公園の区域内にまで進出してきているが、行為が長期にわたり、また採石跡地の修景のための植栽、緑化の困難なこととあいまって、風致景観の保護上大きな問題となっている。
したがって、採石行為については、風致景観の支障をできるだけ軽減させるよう採取の期間、採石の方法、跡地の整理等について指導し、条件を付けることとしている。
(2) 管理体制の充実等
国立公園内における風致景観を維持管理するとともに公園事業者に対する指導、公園利用者に対する自然解説等広範な業務を行うため、阿寒、十和田八幡平、日光等主要な10公園には国立公園管理事務所を設置するとともにその他の地区については単独で駐在する国立公園管理員を配置し、管理体制の強化を図っている。
(3) 国立公園湖沼水質調査
自然公園内の湖沼については、近年利用者の増大とともに水質の悪化が進みつつあるため、湖沼への排水について規制する必要が生じてきた。このため45年度に自然公園法を改正し、環境庁長官が指定する湖沼について、湖沼への排水を規制することとした。46年度から湖沼の指定及びその後の排水基準設定の資料とし各湖沼の水質の現況をは握するため、調査を始めている。
48年度においては、阿寒国立公園の阿寒湖、屈斜路湖、支笏洞爺国立公園の支笏湖、洞爺湖、日光国立公園の光徳沼、切込湖、刈込湖、雲仙天草国立公園の諏訪の池の各湖沼についての水質調査を行った。
また、これとは別に、特定湖沼保全緊急対策として自然景観上重要な湖沼の汚染源調査を実施し、効果的な施策を講じるための保全対策の基本計画案を作成中である。なお、これら調査対象地区は阿寒国立公園阿寒湖、支笏洞爺国立公園支笏湖、十和田八幡平国立公園十和田湖、日光国立公園尾瀬沼周辺の地域(面積383ヘクタール)である。
(4) 自然公園におけるごみ処理体制
近年、自然公園においても利用シーズンには過剰利用の状況を呈しており、主要利用地域においては、空かん等による汚染が目立ってきている。
これらのごみについては、地理的特性から収集と終末処理が極めて困難であり、単に美観のみならず悪臭や二次汚染の諸問題をひきおこしている。
国立公園の総理府所管の集団施設地区とその周辺の美化については、従来から国立公園内集団施設地区等美化清掃事業を関係都道府県の協力のもとに実施してきた。しかし、自然公園は日常生活圏の地域から遠隔地にあって地元市町村の固有事務による清掃活動の実施が困難な状態にあること、また当該利用地域が数市町村にまたがる場合が多いことにより、その清掃活動の実施に支障をきたしている。そこで、特に利用者の多い主要な地域の清掃浄化を積極的に推進するため、自然浄化対策事業を実施する都道府県に対して清掃設備の整備について補助を行っている。また、現地において組織されている美化清掃団体による清掃活動、自然保護団体等による清掃奉仕活動も行われている。
48年度においては、総理府所管の集団施設地区については国の直轄事業として、それ以外の重要な地区については清掃設備補助金を都道府県に交付し、国立公園内の清掃活動の一層の充実を図った。
(5) 自然公園における自動車規制
近年、国立公園等の自然環境の優れた地域への自動車の乗入れが急激に増加しており、自然公園特に国立公園の優れた自然環境の保護とその健全な利用の促進との両面で支障を生じている。
例えば、自然保護の面では、
ア 増大する自動車の受入れのために道路の拡幅、駐車場の拡張等の強い要求が出されている。
イ この要求に対応できないため、駐車あるいは自動車の交差のため道路敷外への不法な乗入れが行われ、植生の破壊、枯損を招くような事態を生じている。
ウ 過度の交通、特に渋滞時の濃厚な排気ガス汚染等により、植生の衰弱、枯損が生じるおそれがある。
エ 直接自動車によるものではないが、ごみの投棄、植物の盗採等の被害が増加している。
オ 夜間の通行により夜行性の動物が殺傷されたり、光・音等により生息環境が乱されている。
等があげられよう。
また、健全な利用を促進する面からは、
ア 自然公園の本質を理解しないドライバー等の増加により、本来徒歩探勝がふさわしい地区まで自動車が進入してきており、また人と車が混在することで静かな環境や安全な利用が損なわれている。
イ 自家用乗用車に代表される容易な到達性が国立公園に無差別的な俗化を進行させている。
ウ 交通渋滞により目的地へ到達するまでに予定以上の時間を費すため、計画的かつ十分な公園利用をなし得ない。
等が指摘されよう。
したがって、国立公園における自然環境の保全及び健全な利用を促進するためには、自動車の乗入れを制限する等適切な利用規制を実施することが重要な課題となってきている。
こうした状況に対処するため、中部山岳国立公園の上高地(長野県)では、県道上高地公園線の一部で自動車の進入を一時規制する等上高地の自然環境を保護するための施策を講じた。また、同国立公園の立山(富山県)では県道立山公園線の有料道路区間で工事中であること等にかんがみ自家用乗用車の乗入れを禁止し、山岳道路の危険防止に加えて自然環境の保全に努めた。
一方、国道区間であっても、十和田八幡平国立公園の奥入瀬渓谷(青森県)で紅葉期の観光シーズンに自動車の通行を円滑にするような措置を講ずることによって渋滞による排気ガスの滞留を防止することに努めた。
なお、これら交通規制の実施には、地域交通に与える影響、関係者の協力等の諸問題があるので、これらに対処するため各地区に関係者の連絡協議会を設置して実効ある措置が講ぜられるよう努めた。