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第3節 

2 公害健康被害補償法の内容

 公害健康被害補償法の主な内容は次のとおりである。
(1) 公害健康被害補償法の対象者
 本法は、大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害としての疾病を対象とする。
 このため、個々の被害者について補償給付の支給を行う場合には、その疾病と大気の汚染又は水質の汚濁との因果関係を明らかにすることが前提となるので、補償給付の支給は都道府県知事又は政令市の長に認定された者について行うこととしている。
 この認定の仕組みについては、大気の汚染による慢性気管支炎等の非特異的疾患と、水俣病、イタイイタイ病等の特異的疾患との間には、次のような相異がある。
ア 非特異的疾患に係る設定
 非特異的疾患とは、大気の汚染に係る慢性気管支炎等のように原因物質と疾病との間に特異的な関係のないものをいい、これらの疾病と大気の汚染との間の因果関係を個々に証明することは、多くの場合不可能に近い。このため、本法の対象とするに当たっては、疾病と大気の汚染との間の因果関係を疫学を基礎とした人口集団の現象としてとらえ、大気汚染地域(第一種地域として政令で定める地域)にあって、暴露要件(一定期間以上居住・通勤等をしていること。)を満たしている者が、指定疾病にかかっているときは、その者の疾病と大気の汚染との間に因果関係ありとする制度上の取決めを行っている。
イ 特異的疾患に係る設定
 特異的疾患とは、水俣病、イタイイタイ病のような疾病で原因物質と疾病との間に特異的な関係、すなわち、その汚染物質によって疾病がひきおこされるだけでなく、その物質がなければその疾病にかかることがないものをいう。これらの疾病にあっては、個々の患者について、環境汚染との間の因果関係を追求することは可能であるので、本法では、個々にその疾病が当該地域(第二種地域として政令で定める地域)の大気の汚染又は水質の汚濁によるものかどうかを判断して、これを認定することとしている。
(2) 補償給付の内容
 本法においては、ア 療養の給付及び療養費、イ 障害補償費、ウ 遺族補償費、エ 遺族補償一時金、オ 児童補償手当、カ 療養手当、キ 葬祭料の7種類の補償給付を行うこととしている。
ア 療養の給付
 療養の給付は、認定を受けた者(以下「被認定者」という。)の指定疾病について、従来健康保険等で負担していた分も含めて、現物給付として支給することとしている。
イ 障害補償費
 障害補償費は、逸失利益相当分のてん補を中心とし、これに慰謝料的要素を加えたものとして支給される。すなわち、障害補償費は、被認定者(児童を除く。)が指定疾病により一定の障害の程度にあるときに、その障害の程度に応じて支給され、その額は、その者の該当する障害補償標準給付基礎月額に障害の程度に応ずる率を乗じて得た額とされている。
 この障害補償標準給付月額は、労働者の性別、年齢階層月平均賃金その他の事情を考慮して、環境庁長官が中央公害対策審議会の意見をきいて定めることとなっている。
 なお、障害の程度が最も重度である者には、その介護に要する費用として、一定額の介護加算を行うこととしている。
ウ 遺族補償費
 遺族補償費は、被認定者が指定疾病に起因して死亡した場合に、被認定者の逸失利益、慰謝料相当分と遺族固有の慰謝料相当分をてん補するものとして、死亡した被認定者によって生計を維持されていた一定の遺族に対し、一定の期間支給することとしている。
 その額は、死亡した被認定者の該当する遺族補償標準給付基礎月額に相当する額とされているが、これについては、労働者の性別、年齢階層別平均賃金を基礎とし、被認定者が死亡しなかったとすれば通常支出すると見込まれる生活費相当分の控除の要素をも勘案して、環境庁長官が中央公害対策審議会の意見を聞いて定めることとなっている。
エ 遺族補償一時金
 遺族補償費を受ける遺族がいない等の場合には、一定の者に、遺族補償一時金を支給することとしている。
オ 児童補償手当
 児童補償手当は、一定の年齢に達しない児童が指定疾病により一定の障害の程度にある場合にその養育者に対し支給されるものである。
 児童については、逸失利益がない等の理由から障害補償費は支給しないが、指定疾病にかかっていることにより成長が遅れる、学業が遅れる等の支障があること、また、養育者はその養育に手間がかかり働けなくなることがあること、更には慰謝料の要素を考慮する必要があること等から、児童の日常生活の困難度に応じて一定額の児童補償手当を支給することとしたものである。
 なお、その障害の程度が最も重度である者については、障害補償費と同様、介護加算を行うこととしている。
カ 療養手当
 療養手当は、入院に要する諸雑費、通院に要する交通費等相当分として、被認定者が指定疾病について療養を受けている場合に、その症状の程度に応じて支給するものである。
キ 葬祭料
 被認定者が指定疾病に起因して死亡したときは、葬祭料を支給することとしている。
(3) 公害保健福祉事業
 本法では、前記(2)に掲げる補償給付を行うほか、指定疾病により損なわれた被認定者の健康を回復させ、保持させ、増進させる等被認定者の福祉を増進し、指定疾病による被害を予防するために必要なリハビリテーションに関する事業、転地療養に関する事業等の公害保健福祉事業を行うこととしている。
(4) 費用
 本法の実施に必要な費用は、? 補償給付費、? 公害保健福祉事業費、? 給付関係事務費、? 公害健康被害補償協会関係事務費の四つに分けられる。
 ?の補償給付費については全額原因者負担としている。このうち慢性気管支炎等の第一種地域に係る補償給付費には、工場等からその汚染物資の排出量に応じて一定の料率によって徴収する汚染負荷量賦課金をもって充てるほか、別に法律で定めるところにより徴収される金員をもって充てることとし、水俣病、イタイイタイ病等の第二種地域に係る補償給付費には、その原因者である工場等から徴収する特定賦課金をもって充てることとしている。
 ?の公害保健福祉事業費は、その2分の1を原因者負担とし、残り2分の1を公費負担としている。原因者負担分の具体的な負担方法は、?の補償給付費と同様であり、また、公費負担分については、その半分(全体の4分の1)を、国と公害保健福祉事業を実施する都道府県又は政令市で負担することとしている。
 ?の給付関係事務費については、全額公費負担としており、2分の1を国が、残り2分の1を都道府県又は政令市が負担することとしている。
 ?の公害健康被害補償協会関係事務費については、原因者が負担し、国がこれに補助することとしている。
ア 第一種地域に係る費用徴収
 第一種地域に係る疾病、すなわち非特異的疾患にあっては、疾病と大気の汚染との間の因果関係が明らかでないばかりでなく、汚染物資の発生源と大気の汚染との間の因果関係についても、個々に明らかにすることは困難であるため、本法では、大気汚染物質の排出量をその被害発生に対する寄与度とみなすという制度上の取決めを行い、大気汚染物質の排出量に応じて事業者等から賦課徴収するという考え方をとることとしている。
 まず、ばい煙発生施設等の設置者については、それぞれ毎年度大気汚染物質の前年の年間排出量に、物質ごとに定める賦課料率を乗じて得た額を汚染負荷量賦課金として徴収することとしている。この賦課料率は、各年度ごとに補償給付等に要する費用と原因物質の全国の総排出量とを基礎として定めることになっている。この場合、地域によっては汚染の程度が異なり、被害発生の可能性が異なるため、その可能性の大小に応じて、すなわち、大気の汚染の状況に応じた地域の別に従い数ランクの料率を定めることとしている。また、一定規模以下の施設については、地域の別に応じていわゆるスソ切りを行うこととしている。
 また、大気の汚染の原因者としては、ばい煙発生施設等設置者がその汚染寄与度においては大半を占めるが、自動車による汚染もその寄与度を総合すれば無視し難い存在であるため、これについても、その汚染寄与分に応じた何らかの費用負担の仕組みが必要である。しかしながら、本法の立案の段階ではその具体的な成案を得るには至らず、別に法律で定めるところにより徴収される金員として規定し、別途所要の法的措置をとることとされた。その後中央公害対策審議会費用負担専門委員会における論議をも踏まえ、49年度の予算編成過程を通じて、49年度及び50年度の本件費用負担については、自動車の汚染寄与相当分について自動車重量税の収入見込額の一部に相当する額を充てることとされ、所要の関係法案が今国会に提出されているところである。
 なお、第一種地域に係る費用を汚染負荷量賦課金と別に法律で定めるところにより徴収される金員とに割り振るための配分比率は、原因物質の排出の状況等を勘案して政令で定めることとしている。
イ 第二種地域に係る費用徴収
 水俣病、イタイイタイ病等第二種地域に係る費用については、原因となる物質を排出した特定施設等の設置者から特定賦課金として徴収することとしている。この特定賦課金の算定方法は、指定疾病に対する寄与度すなわち原因物質の排出量その他の事情を考慮して、中央公害審議会の意見をきいて政令で定めることとしている。
(5) 不服申立て
 設定又は補償給付の支給に関する処分に不服がある者は、その処分をした都道府県知事又は政令市の長に対し異議申立てをすることができ、なお不服のある者は、公害健康被害補償不服審査会に対して審査請求をすることができる。また、公害健康被害補償協会がした処分について不服のある者は、環境庁長官及び通商産業大臣に対して審査請求を行うことができる。
(6) 機構
ア 本法の重要事項についての調査審議は、中央公害対策審議会において行うこととし、同審議会の委員数を増員する等所要の措置を講ずることとしている。
イ 認定及び補償給付の実施機関は、都道府県知事又は政令市の長としている。また、これらの都道府県又は政令市には、公害健康被害認定審査会を設置し、認定や障害の程度の決定に際し、その意見を聞くこととしている。
ウ 本法の賦課金の徴収等を行う組織として、特殊法人である公害健康被害補償協会を設置することとしている。
エ 認定及び補償給付に関する処分に対する不服申立ての処理を行うため、公害健康被害補償不服審査会を設置することとしている。
(7) 実施時期等
 本法は、公布の日(48年10月5日)から1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとしている。また、「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」は廃止することとし、本法施行の際現に認定患者である者については本法の認定を受けた者とみなす等所要の経過措置を講ずることとしている。

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