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第3節 

2 自然環境保全の動き

 以上のような自然環境の現状に対し、国民の間にも自然を保護しようとする意識は高まってきている。48年の総理府の世論調査においても、自然環境の破壊を身近に感じている者は70%を占めており、こうした事態に対して57%の者が人間が生きていくためには自然と人間との共存が必要であるという考え方を示している。
 自然保護団体の活動も近年活発化してきている。現在、全国で700余の自然保護団体があるといわれるが、その活動内容は、自然保護一般を活動対象としている団体を別とすれば、特定の地域や河川の保全若しくは郷土の自然と文化財の保護を対象といているものが最も多く、次に、野鳥を保護する団体が多い。ブナ等の原生林や特定の高山植物等を守る運動も各地において繰り広げられている。その他緑化を推進する動きも盛んであり、また、自然を観察することにより自然に親しみ、その役割を学ぼうとする自然教育のための団体も少なくない。
 なお、自然保護団体の活動を背景とし、各種の団体を中心として自然を守っていくための社会的基盤の造成に資するよう、いわば一種の社会規範としての自然保護憲章の制定の準備が進められている。
 地方自治体においては、自然環境保全条例を制定し、自然環境保全に乗り出すところが多くなってきた。すなわち、46年12月末において実質的に自然保護条例を定めている都道府県が17県であったのに対し、48年12月末現在自然環境保全条例を定めているところは38県となっている。また、ゴルフ場の造成等の規制のほかに、開発行為や宅地の取引を規制し、違反者には中止命令又は勧告等の措置をとっている地方自治体もある。
 快適な生活環境を確保するために、帯広市の「帯広の森」にみられるように大規模な森で市街地を囲み、公園を各所に配置することにより街ぐるみ緑で埋めようとする計画も現れてきている。
 自然環境保全への高まりのなかで、47年に自然環境保全法が制定され、この法律に基づいて、今後の我が国の自然環境の保全のあり方を規定し、方向づけるものとして自然環境保全基本方針が48年10月に制定された。
 この基本方針は、国が自然環境保全の施策に取り組む基本的姿勢と自然環境を保全することの意義を初めて明らかにしたものであり、これにより、これまで具体的な自然環境保全上の問題について個別的に対処してきた自然環境保全行政に総合的かつ明確な方向づけが与えられることとなった。
 今後は、国及び地方公共団体は、この基本方針に基づいて、自然環境保全施策の推進を図るとともに国民一人一人が自然環境保全基本方針の趣旨を理解し、協力することが期待される。
 この基本方針は、自然環境保全の基本的構想として、人間も含めた自然を構成する諸要素間のバランスを維持すべきであるとの観点から、必要に応じて人間活動を厳しく規制する方向で社会経済制度全般にわたる総合的な施策を展開しなければならないことを指摘し、保全施策として将来に禍根を残すことのないよう先取り的なより積極的な姿勢で、残された自然を守るだけでなく、進んで自然環境を共有的資源として復元、整備していく必要があることを強調している。また、その具体化として原生自然環境保全地域、自然環境保全地域等の指定及び保全の方針の考え方を明らかにしている。
 一方、我が国の自然環境の状況を正確には握するため、48年度において自然環境保全調査が全国一せいに実施された。我が国で自然環境の現況について全国的に調査が行われたのは今回が初めてであるが、この調査は全国的に行われ、今後ほぼ5年ごとに実施されるので「緑の国勢調査」とよばれている。
 この調査の目的は、科学的な方法に基づき、自然の現況をは握して今後の自然環境保全行政の指針策定の基礎とするものである。具体的には、原生自然環境保全地域、自然環境保全地域等の指定若しくは他の法律に基づく地域指定の際の基礎資料となるものである。また、5年ごとの自然環境の推移が判明するため、各種の開発のあり方について自然環境保全の観点からの指針を与えてくれるものとなろう。
 この調査の内容は、自然の度合を国土全体のマクロ視点から調査するとともに学術的に価値の高い自然及び自然が有する環境保全能力を調査するものである。
 以上のように自然環境保全の動きが高まってきているが、今後、自然環境保全施策を進めるに当たって留意すべきことは、第1に自然環境保全関係制度の有機的、体系的な運用を図ることである。
 自然環境保全に関連する法律を、その目的ないし性格により分類してみると、その一つは、自然環境保全法、自然公園法、都市緑化保全法等のように自然環境の保全を直接目的として保護規制等の措置を講じているものであり、二つは鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律、文化財保護法等にみられるように自然環境の主要な構成客体に主として着目し、それらの保護、保全を図ろうとするものである。三つは、森林法等のように自然環境の保全形成に関係ある産業等の秩序ある育成を図ろうとする結果、自然環境の保全に役立つものである。これらの各種の法律は、目的や規制の程度と態様に差はあるが、自然環境の保護、保全の機能を有しているものであり、今後はこれらの各種法制度の有機的な関連を保ちつつ、体系的な運用を行うことにより我が国の失われた自然環境を回復するとともに残された自然環境を積極的に保全していくことが期待される。
 第2に、自然環境の状況を調査は握のうえ、それぞれの地域の特性に応じた自然環境の保全水準を確保する観点からも、適切な土地利用計画を策定し、無秩序な開発による自然環境の破壊、公害の発生の事態を招かないようにしなければならない。このため自然環境や生活環境の保全という広い見地からの環境アセスメントを確立して実施に移す必要がある。
 第3に、原始的自然を有する地域、優れた景観を有する地域、希少な鳥獣等の生息する地域等については、早急に法律に基づく地域指定を行い、これらを保全することである。
 第4に、地域指定に伴い厳正に自然環境の保全を図る地域、レクリェーション等ある程度人間活動を許容する地域、軽易な開発行為が行われる地域等保全の必要性に応じて開発を抑制することが必要である。例えば、地熱発電やダム等の建設が自然公園や自然環境を保全すべき地域に計画される場合があるが、これらの建設、開発については、自然環境保全の観点をも十分考慮した検討が必要であろう。
 最近の新しい問題として、近年一部の国立公園では自然の保護及び健全な利用環境の確保という面から過密利用の問題が生じているばかりでなく、これまで人や自動車の増加を無条件に受け入れ、施設の整備、拡大という方向で対応しようとしていたことに対する反省の気運が高まっている。これに対しては、個々の景観地における自然環境の特性を十分勘案して、適正収容力を定める等、今後国民のコンセンサスを得つつ、自然の許容範囲での合理的な利用のあり方についての検討が急がれている。
 第5に、既に都市化した地域においては、失われた自然環境を回復するために積極的に都市林、緑地、都市公園等を整備し、オープンスペースを確保することにより、自然の有する環境保全能力を高め、快適な生活環境を創出していかなければならない。
 最後に、自然環境保全の観点から、社会的要請により特定の地域を保全する場合には、開発を抑制された地域、特にそのうち過疎化の進んでいる農山漁村の住民の生活向上の問題を考慮し、これに伴う関係住民及び関係地方公共団体の経済的不利益をどうするかについても真剣に検討する必要があろう。更に、観光客によって持ち込まれる自然公園内の廃棄物処理の費用及びこれらの地域を積極的に保全管理していくための費用をどのように負担するかという自然環境保全のための社会的費用のあり方についても検討する必要があろう。

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