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第1節 公害紛争処理制度

 公害紛争処理法によって昭和45年11月に創設された公害紛争処理制度は、その後ようやく軌道に乗り、後述するように着実に成果をあげてきたが、47年度においては、さらに制度の大幅な改正が行なわれ、一段と充実したものとなった。すなわち、公害紛争についての裁定制度が導入され、裁定等を行なう機関として、中央公害審査委員会に代って公害等調整委員会が設置されたほか、調停制度についても調停案の受諾の勧告の制度が新設されるなど多くの面で改善整備された。これによって、公害の被害者は、裁判所による司法的救済のほかに、公害等調整委員会による裁定、公害等調整委員会または都道府県公害審査会による調停および仲裁ならびに都道府県公害審査会による和解の仲介の4種の行政機関による準司法的手続による救済手段の中から、紛争の実情に応じて最も適切なものを選ぶことができることとなった。
(1) 公害紛争処理制度の充実強化
ア 公害等調整委員会の設置
 国の公害審査委員会が総理府の機関として置かれていたが、裁定制度の新設に伴い、47年6月に公布された公害等調整委員会設置法により、公害等調整委員会が総理府の外局として同年7月から発足した。
 公害等調整委員会は、旧中央公害審査委員会と旧土地調整委員会を統合したものであり、公害紛争について調停、仲裁及び裁定を行なうことなどによりその迅速かつ適正な解決を図ること、地方公共団体が行なう公害苦情の処理について指導等を行なうことならびに鉱業、採石業または砂利採取業と一般公益等との調整を図ることを任務とする独立の行政委員会である。委員会は、委員長および委員6人で構成されるが、準司法的機能を営む行政委員会として高度の中立性、独立性をもち、所掌事務を遂行するうえで必要がある場合は、聴聞会を開き、関係行政機関に対し資料の提出・意見の開陳・技術的知識の提供その他必要な協力を求め、行政機関・地方公共団体・学校・試験研究所・事業者もしくはその団体または学識経験者に対し必要な調査を委託することができる。また、所掌事務の遂行を通じて得られた知見に基づいて、内閣総理大臣または関係行政機関の長に対し、公害の防止に関する施策の改善について意見を申し出ることができる。委員会は、特に高度の専門的知識、技術を要する事項を調査させるため専門委員(30人以内)を置くことができるほか、固有の事務局を持つ。
イ 裁定制度の新設
 和解の仲介、調停および仲裁による紛争の解決は、いずれも両当事者の合意に基礎を置くものであるから、当事者間に深刻な感情的対立がある場合など当事者に互譲の精神が欠ける場合には迅速な解決が得られないうらみがある。47年7月の公害紛争処理法の一部改正により新設された裁定制度は、行政委員会が訴訟よりも簡易な手続で迅速に適正な判断を下し、その判断に一種の強制力を持たせようとするものであって、民事紛争の解決手段としては独特な制度である。なお、司法制度との調整についても特別の配慮がされている。
? 裁定には、公害に係る被害についての損害賠償責任の有無およびその数額を判断(裁定)する「責任裁定」と、被害と加害行為との間の因果関係の存否を判断(裁定)する「原因裁定」との2種がある。いずれも事件ごとに設けられる裁定委員会(裁定委員は公害等調整委員会の委員長または委員の中から指名される3人または5人)が行ない、紛争当事者(責任裁定は損害賠償を請求する者)の申請によって手続が開始される。
? 責任裁定
 申請人(被害者)が請求する損害賠償について、因果関係、違法性、賠償すべき損害の範囲(金額)等民事訴訟の場合と同様に事実を認定し法律を適用して裁定する。民事訴訟に準じた手続で審問、証拠調べ等を行なうか、裁定委員会が職権によって証拠調べや事実の調査を行なえる点で、当事者が一切の証拠資料を準備する訴訟と異なっている。これにより、被害者の弱い立場を補い、迅速に適正な解決が得られるものと期待される。
 責任裁定で示された損害賠償に関する結論について、裁定後30日以内に民事訴訟が提起されないときは、当時者間に裁定と同一の内容の合意が成立したものとみなされる。
? 原因裁定
 公害紛争について最も問題になる被害と加害行為との間の因果関係を明らかにするものであって、その手続は、責任裁定と同様である。原因裁定により因果関係が明らかにされれば、残る損害の賠償、差止請求などに関する問題は、当事者間の自主的な話合いや調停等によって解決できようし、仮に訴訟によることになっても迅速な処理が期待できよう。
 さらに、原因裁定で因果関係の存在が明らかになれば、この結論は単に当事者間のみに関係があるにとどまらず地域社会全体に関係することでもあるので、公害等調整委員会は、この結論を関係都道府県の知事に通知し、さらに必要があれば、関係行政機関に対し、公害防止に関する意見を申し出ることができることとなっている。
 なお、公害事件が係属している裁判所は、事件について、公害等調整委員会に原因裁定の嘱託をすることができることとなっている。
ウ 調停制度等の改善・強化
(ア) 調停の申請について、申請時に時効中断の効果を認めることとした。
(イ) 調停案の受諾の勧告の制度を新設した。これは、当事者間に合意が成立することが困難であると認められるときに、調停委員会が一切の事情を考慮して調停案を作成しその受諾を勧告することができ、この勧告がされた場合には、指定された期間内に拒否の回答をしなければ調停案と同一の内容の合意が成立したものとみなされ、拒否したときは調停が打ち切られたものとみなされるとするものである。行政機関の行なう調停手続中におけるものとしては全く例のないものである。
(ウ) 弁護士以外の者を代理人とするときは調停委員会の承認を要することとした(仲裁および裁定についても同じ。)。
(エ) 既に係属している調停の手続に他の被害者が途中から当事者として参加できることとした(裁定についても同じ。)。
(2) 公害紛争の処理状況
 公害紛争については、公害紛争処理法により、国の紛争処理機関である公害等調整委員会(以下「中央委員会」という。)が裁定並びに特定の紛争(いわゆる重大事件、広域処理事件等)について調停および仲裁を行ない、都道府県においては公害審査会が中央委員会の管轄しない紛争について和解の仲介、調停および仲裁を行なうこととされている。
 公害紛争処理法による和解の仲介、調停等の申請受理件数(移送、引継ぎ、参加申立てによるものを含む。以下同じ。)は、45年11月の制度発足から48年3月末日までの2年5か月間で71件となった。申請時期別にみると、このうち28件が46年12月末日までに申請のあったものであり、34件が47年中に申請のあったものである。71件のうち中央委員会で受理(引継ぎによるものおよび参加許可各1件を含む。)したものが22件で、うち3件が既済、19件が未済である。未済19件のうち15件は水俣病に係る事件である。71件のうち49件が都道府県公害審査会(公害審査委員候補者方式の県を含む。以下同じ。)で処理(移送によるもの1件を含む。)したものであり、うち28件が既済、21件が未済である(いずれも48年3月末現在。第8-1-1表)。なお、48年3月末までに申請を受理した都道府県公害審査会の数は21で、おもなところは東京都(8件)、大阪府(6件)、愛知県(5件)、三重県(4件)、兵庫県(3件)などである(かっこ内は48年3月末までの受理件数)。
 これらの事件を公害の種類および手続の種類別にみると第8-1-2表のとおりで、水質汚濁に関する事件(32件)が最も多く、次が騒音・振動に関する事件(21件)である(なお、水質汚濁事件のうち中央委員会に係属している3件は渡良瀬川沿岸の鉱毒による農作物被害に係る損害賠償請求事件であって、直接の原因は用水中の銅による土壌汚染である。)。手続の種類では調停(57件)が最も多く、全体の8割を占めている。次いで和解の仲介(12件)、仲裁(2件)の順となり、47年9月30日から発足した裁定についてはまだ申請がない。
 終結状況は第8-1-3表のとおりで、成立19件のうち13件が調停、6件が和解の仲介である。打切り、取下げ等による終結は12件で、うち8件が調停、4件が和解の仲介である。
 申請から終結までの期間をみると、約8割に当たる23件が1年以内に終結しており、6か月以に終結したものがそのうちの16件で、全体の過半数を占めている(第8-1-4表)。


(3) 公害苦情の処理状況
ア 住民から申し立てられる公害に関する苦情は、公害紛争の前段階的な性格を有するとともに、規制権行使の契機となるものであり、その適切な処理は、将来における公害紛争の未然防止のためにきわめて重要である。このような観点から、公害紛争処理法は、とくに公害苦情の処理に努めるべき地方公共団体の責務を明らかにするとともに、公害苦情の窓口となり、その処理の推進役となる公害苦情相談員の制度を設けた。
 公害苦情相談員は、全国の都道府県および人口25万人以上の市(51市)には必ず置かれ、その他の市および町村にも必要に応じ置かれている(47年7月現在359市町村)。全国の地方公共団体に置かれている公害苦情相談員の数は、47年7月現在2,325人である。
 地方公共団体が行なう公害に関する苦情の処理については、公害等調整委員会が指導等を行なうことになっており、47年度には、公害苦情件数調査、公害苦情処理状況調査、公害苦情相談事例集の作成等が行なわれた。
イ 公害苦情の現況およびその処理状況
 46年度において地方公共団体が新たに受理した公害に関する苦情の件数(以下「苦情件数」という。)は約76,100件で、前年度に比べて約12,700件(20%、沖縄県の復帰に伴う増加分を除くと19%)増加した。46年度に地方公共団体が処理(解決)した件数は約62,500件で前年度に比べて約16,800件(37%、沖縄県の復帰に伴う増加分を除くと36%)増加した。苦情件数に対する処理件数の割合は82%である(第8-1-5表)。
 苦情件数の過去5年間の推移をみると第8-1-6表のとおりで、苦情全体の対前年増加率は44年度(41%)および45年度(55%)は著しく高かったが、46年度(19%)はやや落ち着き、41年から5年間の通算増加率は3.7倍である。公害の種類別にみると、最も多い騒音・振動に関する苦情は44年度以後増加率が下がりはじめ、5年間の増加率は2.9倍で全体の増加率より低く、この結果苦情件数全体に占める割合が、41年度の43%から34%に下がった。第2位の悪臭に関する苦情は、44年度と45年度に特に高い増加率を示し、5年間の増加率は5.1倍で全体の増加率より高く、この結果苦情件数全体に占める割合が41年度の17%から23%に上がった。第3位の大気汚染に関する苦情は44年度と45年度に比較的高い増加率を示したが、46年度には増加率が下がり、5年間の増加率は2.8倍で全体の増加率より低く、この結果苦情件数全体に占める割合が、41年度の24%から18%に下がった。第4位の水質汚濁に関する苦情は、平均して高い増加率を維持し、5年間の増加率は5.3倍で全体の増加率より高く、この結果苦情件数全体に占める割合が41年度の11%から15%に上がつた。
 昭和46年度の対前年度増加率を受理団体別にみると、都道府県12%、東京都特別区6%、人口25万以上の市9%、その他の市35%、町村38%となっており、小都市や町村で特に高い増加率を示している(第8-1-7表)。
 昭和46年度における公害の種類別苦情件数の構成比を受理団体別にみると第8-1-8表のとおりで、東京都特別区や人口25万以上の市では騒音・振動に関する苦情および大気汚染に関する苦情が相対的に多く、人口25万未満の市や町村では水質汚濁に関する苦情が相対的に多い。悪臭については市町村の人口規模による差はあまりない。

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