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第1節 

1 わが国の自然の概観

(1) 概観
 わが国は、北緯45度から20度まで、ユーラシア大陸の東側に沿って南北に花づなのように弓状をなして連なる列島である。面積はわずかに37万km
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であるがそのうち約76%が山地、丘陵地によって占められ、最高部は標高3,000mをこえるほど凹凸の激しい地形を形成している。年降水量は、比較的少ない地方でも、例えば北海道東海岸の網走で848mm、本州中部盆地の長野で1,014mm、瀬戸内海沿岸の高松で1,185mmとなっており、多い地方では、冬季に降雪量の多い日本海岸の高田で3,038mm、梅雨時あるいは台風時に特に降雨の多い太平洋岸の尾鷲で4,158mm、名瀬で3,039mmに達し、世界的にも多雨地帯に属する。
 年平均気温は、北海道釧路の5.5℃から沖縄県那覇の22.3℃まで、位置によって寒暖に大きな差があるが、全国をならしてみると14℃前後となり、全般的には比較的温暖である。
 温帯モンスーン気候下にあるために、四季の変化が明瞭であり、気団の影響で夏季と冬季で卓越風の方向がいれかわり、また、本州中央部を貫く脊梁山脈をはさんで降雨量も逆転する。このように微妙な気候の変化を受けながら、複雑な地形の上に生育する動植物のありさまは多種多様であり、世界でも屈指の自然性豊かな国に数えられる。
(2) 植生
 自然の植生は、主として気温と降雨量によって左右されるが、乾燥地帯から湿潤地帯に向って砂漠、ステップ、サバンナ、森林というように様相が変り、わが国は、十分な降水量と比較的温暖な気候に恵まれているために森林が成立する条件をそなえている。したがって、わが国の大部分は何らかの形の森林におおわれるはずであるが、人間の活動の容易な平地部は既にほとんど余すところなく開発されているために、現在森林面積は国土の68%となっている。
 わが国の森林は、大きく分けると、奄美諸島南部から沖縄県に分布する亜熱帯森林を除き、主として暖帯性照葉樹林帯、暖温帯性落葉広葉樹林帯(夏緑広葉樹林帯)、亜寒帯性常緑針葉樹帯の3帯によって占められている。暖帯性照葉樹林帯は本州の中部以西から四国、九州まで分布し、カシ、シイ、タブ、クスなどを主体とし、これに北部ではモミ、ツガなどの針葉樹が混生する。暖温帯性落葉広葉樹林帯(夏緑広葉樹林帯)は、本州中部以北から北海道南半部まで分布し、ブナ、ナラ、トチなどを主体とし、四季の変化に応じて葉の色を変え、わが国森林風景にいろどりを添えている。これらの樹種にスギ、ヒノキ、ヒバなどの針葉樹が混生する。亜寒帯性常緑針葉樹林帯は、北海道北半部に分布し、トドマツ、エゾマツなどの針葉樹を主体とする。
 さらに、このような水平分布とは別に、植生は標高によって垂直的にも変化する。これは主として標高が上るにつれて気温が低くなることによるものである。
 垂直分布上特に目にとまるのは高山、亜高山帯植生であるが、これは水平分布でいえば亜寒性常緑針葉樹林帯にあたる。北海道の場合は、水平分布と垂直分布が合流するわけであるが、東北地方では700〜1,000m、関東地方では1,300m以高、中部地方1,500m以高、関西以西1,700m以高の山岳地帯に点在する。
 ところでわが国の森林についてみると、森林は木材資源の供給の場であり、かなり古くから多かれ少なかれわが国の森林には伐採の手が加えられているために、これまで全く人間の手が加えられず、森林の本来の姿を現在も残している原生林は極めて少なくなってきている。しかし、原生林といってもいいほどその影響が軽微なものは交通の不便な奥地に残っており、それは長い自然の歴史の積み重ねの結果を知る上で極めて貴重であり、慎重に保存されなければならない。また、亜高山、高山帯植生も気候的に亜寒帯に近いというだけでなく、地形的にも不安定な山岳地上部に存在するものを、その成立条件は極めて過酷であり、また比較的原生状態を維持しているものが多く、いったん人為が加えられると、その均衡をとりもどすために長い年月を要する等、その復元は著しく困難であり、その利用には慎重な配慮が必要である。
(3) 鳥獣
 わが国の鳥獣の種類は国土が狭いわりには豊富であるが、これは日本列島の成立する過程とか、おかれている位置、気象条件などが北方系、南方系両者の共存を可能にしているからである。
 わが国に生息する鳥類は現在471種であり、これの約77%にあたる364種をハクチヨウ、カモ類、ホトトギス、ツバメなどの渡り鳥が占め、スズメ、ウグイス、キジなどのような留鳥は少ない。このようにわが国は、シベリア大陸や東南アジアから渡来する渡り鳥の繁殖地、休息地および越冬地として重要な役割を果たしている。しかしながらこれら鳥類の生息環境は悪化してきており、特に食肉性のタカ類、フクロウ類、もともと数の少ないライチヨウ、生息地が極限されているシギ、チドリ類に著しい減少がみられ、トキ、コウノトリ、タンチヨウ、ノグチゲラなどは絶滅の危機にすらある。これに対して、ウクドリ、オナガなど草食性のものには大きな変化がみられず、ハクチヨウ、ガンなどは保護の効果が徐々にあらわれてきている。
 次に、わが国に生息する陸棲の獣類は、約90種であるが、その大部分は、ネズミ類、コウモリ類等のけっ歯類、翼手類が占めている。
 わが国の大形動物で特徴的なものをいくつかあげるとクマ、シカ、イノシシがまず目につく。イノシシは日本の大型哺乳類の中では繁殖力も旺盛で数も最も多く、特に中部地方以西においては、毎年農作物に被害を与えている程である。シカは奈良や金華山などでは、観光客の眼前に姿をみせ、動物園の放し飼いと同様のようにみえるが実は野生であり、わが国の各地にかなり広く分布する。ニホンザルも最近増加しており、一部の地域では餌付けされ、観光対象になっている。ニホンカモシカはわが国特有の動物で生息数が少なく、珍獣のひとつであるが、特別天然記念物として保護され、徐々に増加してきているといわれる。その他本州、四国のツキノワグマ、北海道のヒグマなども目立つ存在である。また、特に世界的にも珍しいものとして奄美大島の生きている化石といわれるアマミノクロウサギ、沖縄西表のイリオモテヤマネコなどがあげられ、保護の必要性が強く指摘されている。
 これまで、わが国は地形的な制約から開発は平地部に集中し、山岳地は比較的自然性が保たれてきたことや明治以前は仏教思想などの影響もあり、鳥獣の豊富な国とされてきたが、各種国土開発の進展による生息環境の悪化、その他狩猟者の増加等により、近年野生鳥獣は減少の一途をたどってきている。
 身のまわりの環境から鳥獣類が姿を消すということは、生物の生育にとって不適当な状況が進行していることを示唆しているものであり、単なる事実として看過すべきものではない。野生鳥獣の生息状況は、環境のバロメーターでもあり、そのような意味でも野生鳥獣が野生のままで生存できるように環境の保護を図っていく必要がある。また野生鳥獣が著しく減少しているような場所にあっては、その原因を究明し、鳥獣が生育できる環境にもどす手だてを講ずる必要もある。

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