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第2節 

1 国連人間環境会議

 国連人間環境会議は1972年6月5日から16日までの間ストックホルムで開かれた。これまで国連内でIMCO(政府間海事協議機関)、FAO(食糧農業機関)等の専門機関がそれぞれの固有の活動範囲内で環境問題を取り扱ってはいた。しかし環境問題についてこのような大会議が開かれたのは国連の歴史においてはじめてのことである。わが国からは大石環境庁長官以下45名の代表団が参加した。
 会議では、人間環境宣言と国際的行動計画の採択、国連に新しく「環境計画管理理事会」をつくることなどが合意された。以下に会議とその成果の概要について述べる。
(1) 一般演説
 本会議では各国主席代表が一般演説を行なった。わが国の大石代表は、日本人が自然を愛し、自然とともに生きてきた国民であることをまず強調し、それが戦後の重化学工業を主軸とした高度成長によって大気・河川はよごれ、自然が破壊されはじめたこと、さらに水俣病、イタイイタイ病、工業都市における慢性気管支炎などの悲惨な犠牲者を出したことなどについてもふれ、このため「誰のための、何のための経済成長か」という疑問が広く国民の間から起こり、現在は公害のない日本を実現するために努力しつつあると日本の経験を紹介し、環境保護の重要性を強調した。さらに環境基金に目標額の10%の拠出を行なうこと、ストックホルム会議を記念して世界環境週間を設けること等の提案を行ない、各国に深い感銘を与えた(参考資料1参照)。
 先進諸国の多くは、その体験に基づいて環境破壊の事前防止の重要性を強調した。他方開発途上諸国は、南の諸国にとって環境問題の中心は住宅、衛生、水道、栄養、教育など貧困から生ずる問題であり、その解決には開発が不可欠とされること、いかに環境破壊を防ぎながら開発を進めるかが問題であるとする意見が多かった。
(2) 人間環境宣言
 人間環境宣言の採択は、ストックホルム会議の最重要議題の一つであった。かつての「世界人権宣言」がその後の世界の人権問題に大きな影響を与えたように、この宣言は、70年代さらに引き続く将来の世界の環境問題に強い力を及ぼすことになると考えられる。
 会議の作業部会では、人種差別に対する非難、他国の環境に損害を与えた私人の行為についての国家補償、核兵器の排除等の規定が激しい議論の対象となった。日本は準備委員会案作成の過程で核兵器の実験禁止規定を宣言に含めることを提案しており、ストックホルムでも、これを最も重要な原則の一つとして強調した。この規定は最終的には原則26として採択された。
 採択された宣言は前文7項と原則26項からなっている(参考資料2参照)。前文では「自然のままの環境と人によって作られた環境は、ともに人間の福祉、基本的人権、ひいては生存権そのものの享受のため基本的に重要である」と指摘し、「今日、四囲の環境を変革する人間の力は賢明に用いるならばすべての人々に開発の恩恵と生活の質を向上させる機会をもたらす。誤って、または不注意に用いるならば同じ力は人間と人間環境に対しはかりしれない害をもたらすことにもなる。」と述べ、環境汚染の進行、開発途上国における貧困に触れて「われわれは歴史の転回点に到達した。いまやわれわれは世界中で環境への影響に一層の思慮深い注意を払いながら行動をしなければならない。無知、無関心であるならば、われわれはわれわれの生命と福祉が依存する地球上の環境に対し重大かつ取返しのつかない害を与えることになる。現在および将来の世代のために人間環境を擁護し向上させることは人類にとって至上の目標、すなわち平和と世界的な経済社会発展の基本的かつ確立した目標と相並び、かつ調和を保って追求されるべき目標となった。」と述べている。
 原則では、人は尊厳と福祉を保つに足る環境で自由、平等および十分な生活水準を享受する基本的権利を有するとともに、現在および将来の世代のため、環境を保護し改善する厳粛な責任を負う(原則1)、地球上の天然資源は現在および将来の世代のために注意深い計画と管理により適切に保護されなければならない(原則2)、生態系に重大または回復できない損害を与えないため、有害物質その他の物質の排出および熱の放出を、それらを無害にする環境の能力を超えるような量や濃度で行なうことは停止されなければならない(原則6)、海洋の汚染を防止するためあらゆる可能な措置をとらなければならない(原則7)、環境問題についての教育は、環境の保護向上への基盤を拡げるために必須のものである(原則19)、人とその環境は、核兵器その他のすべての大量破壊の手段の影響から免れなければならない(原則26)、等を定めている。このうち原則19、26は日本の提案によるものである。
(3) 行動勧告
 環境保護のための国際的行動計画は次の五つの分野について三つの委員会で審議された。
 第1分野(より良い生活環境のための計画、管理)は住宅・衛生・下水道等の問題であり、住宅の供給や生活環境改善のための国際的な基金設立についての勧告やカナダで生活環境に関する実験的なデモンストレーションまたは会議を開く旨の勧告等が採択された。
 第2分野(天然資源管理の環境的側面)は、農業、鉱業、漁業、エネルギー等に関連した環境問題、野生生物の保護等についてであり、鯨を保護するため10年間商業捕鯨を禁止する勧告も採択された。わが国は、すべての鯨種についてモラトリアムを実施しなければならない科学的根拠はないことを理由に絶滅の危険にひんしている種についてのみモラトリアムを実施する修正案を提出した。
 第3分野(国際的に重要な汚染物質の把握と規制)は、いわゆる公害・環境汚染を取り扱っており、重金属や有機塩素系化合物のような有害物質の排出を最小限に抑えるため実施可能な最善手段を用いるべきこと、環境内に存在する化学物質に関するデータの国際登録計画をつくること、大気の長期的なモニタリングを行なうための大規模な観測網を地球上に設立すること、海洋投棄規制条約を72年末までに採択することを目途に検討を進めること、IOC(政府間海洋学委員会)を中心に海洋汚染のモニタリングを推進すること、海洋汚染防止に関連して1971年のオタワ海洋汚染作業部会で採択した23項目の基本的原則を支持すること等の勧告が採択された。同じ第3委員会でニュージーランド、日本等が核実験による環境汚染の深刻性を指摘し、核実験を非難し、実験を意図している国々に計画放棄を求める、との決議を提案し採択された。
 第4分野(環境問題の教育・情報・文化的側面)では、UNESCO等が環境に関する教育を推進するため現状の調査、専門家の養成等必要な措置をとるべきこと、環境に関する情報源(問い合わせれば情報が得られる機関)を照会する制度を発足させること等が勧告された。
 第5分野(開発と環境)は開発途上国にとって環境問題がどのような意味をもつか、を検討するものである。会議においてとくに論議が紛糾した点は、先進国による環境対策が開発途上国の輸出に悪影響を及ぼした際の補償問題であったが、結局、かかる悪影響が生じた場合には補償のための適当な措置が既存の制度または取り決め、ならびに将来つくられる制度または取り決めの枠内において講じられるべき旨の勧告が採択された。
(4) 環境計画管理理事会の設立
 国連において環境保護の分野で一般的な政策を勧告し、国際協力を積極的に推進するため国連総会の下に環境計画管理理事会を設立することが合意された。環境に関する国際協力を統一的に有機的に推進するためこのような機構を設けることは不可欠であり、今後この新理事会を中心に国連の環境を守るための行動が調整され推進されることになった。この理事会を補佐するため小規模な環境事務局を設けること、計画を実施するため国連環境基金(5年間に約1億ドルの任意拠出金を予定)を発足させることも合意された。
(5) 世界環境の日
 日本とセネガルの共同提案によって、毎年6月5日にストックホルム会議を記念するため国連や各国政府が環境保護に関する認識を深めるため啓蒙活動を行なうべきことが決議された。なお、日本ではこの決議に基づき6月5日からの一週間を環境週間として記念集会、講演会、標語募集、ノーカー運動等を行なう予定である。

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