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第3節 

2 地域開発と環境アセスメント

 地域開発における汚染の未然防止を図っていく上で、極めて重要なことは、開発に伴う環境影響を事前に把握しておくことであり、このような予測と評価の重要性は、47年12月中央公害対策審議会防止計画部会が発表した「特定地域における公害の未然防止の徹底の方策についての中間報告」においても指摘されたところである。環境影響の程度と範囲、予測される悪影響の防止策、代替案の比較検討など総合的な事前評価および再評価を行なう環境アセスメントこそ今後の地域開発における基本的な要素といってよい。
 47年6月政府は、公共事業の環境保全対策について閣議了解を行ない、国の機関等は、道路・港湾の建設、公有水面埋立て等の各種公共事業を行なうときは、自然環境の破壊など環境保全上重大な支障をもたらすことのないよう留意し、そのために環境影響に関する調査研究を実施すべきこととなったが、これは環境アセスメントの考え方を国の機関等が開発主体となる場合に適用したものだった。
 一方、企業が開発主体となる大規模な工業開発には、国が地方公共団体の協力により産業公害総合事前調査を40年度より実施している。この事前調査は大規模な工業地域の大気汚染と水質汚濁について行なわれるものであるが、当該工業地域の完成時における汚染負荷量を環境基準値の範囲内に抑えるために、気象、地形など自然条件を前提として理論計算、模型実験などにより排出汚染量を推定して企業の改善指導をしていくものである。
 この調査は大規模工業地域の環境汚染の未然防止を目的としたものとして、48年第71回国会に提出された「工場立地法案」により「工場立地に伴う公害の防止に関する調査」として制度化されることとなった。
 また、同国会に提出された国土総合開発法案においては、全国総合開発計画は、公害の防止について適切な考慮が払われたものでなければならない旨を規定するとともに、計画案の作成に当たっては、国土の総合開発の現状および将来の見通しに関する調査を行なうものとし、さらに都道府県知事の行なう特定総合開発地域の指定および特定総合開発計画の決定についても、必要な基礎調査を義務づけることとしている。
 このようにして、全国総合開発計画から企業立地に至る開発の各段階において必要な環境アセスメントを実施するという制度は、漸次整えられつつあるが、その具体的実施は対象となる地域が、自然的、社会的条件のそれぞれ異る個別の地域であり、しかも将来の環境汚染予測という不確定要素の多い事象を取り扱うため今日までのところケース・バイ・ケースとならざるを得ない。アセスメント手法の確立は当面緊急を要する研究課題であるが、すでに1970年から国家環境政策法に基づく環境アセスメントを実施しているアメリカの動向は、この際一つの参考となるであろう。
 国家環境政策法第102条C項は、連邦政府機関に対して、人間環境の質に重大な影響を与える立法計画その他連邦政府の主要行動計画に関する勧告や報告を提出するに際し、
? その行動計画が環境面に与える影響
? その計画を実行した場合に避けることのできない環境面への悪影響
? その行動計画に代わる対案
 等に関する詳細な報告書を作成することを義務づけている。
 法律制定以来、連邦政府各機関から環境委員会に提出された環境影響に関する報告の数は、1972年5月までに2,933件にのぼっており、種類別には道路関係が1,436件と約半数を占めている。
 こうした報告に基づき、法の運用により開発計画の変更または中止の措置がとられた場合が少なくない。たとえば、フロリダ州北部の一部完成していたはしけ用運河の建設について、これが重要な自然環境を脅かすとの理由から環境委員会の勧告に基づいて大統領は中止命令を出した。また、サンフランシスコ湾に高速自動車道の建設を行なうという許可申請に対して、長期的にみて悪影響が及ぶものとして許可は出されなかった。
 アメリカにおいては、環境アセスメントの手法研究も盛んであり、その一例として、国務長官の要請に応じ、連邦地質調査所が案出したマトリックス分析による評価法がある。これは、88の環境の特質項目と100の各種行動計画の項目から成るマトリックス表をつくり、環境へのインパクトの「大きさ」と「重要度」をそれぞれの欄に記入して、その結果を当該行動計画に反映させて計画の見直し、代替案の検討を行なっていくやり方である。
 この手法で行なったカリフオルニア州ベンツーラ郡における燐酸鉱の鉱業権設定に伴う環境影響に関する評価においては、当地域一帯に生息しているコンドルの数が減少しており絶滅の危機に瀕していること、および設定された鉱区が国有林野の区画の中心に近接しており、今後住民のレクリエーション施設を建設していく計画との関連で土地利用上好ましくないことが重大な問題となった。すなわち、第3-1-1表においてたとえば、「稀少生物」(コンドル)についてみると、開発計画の実施によるコンドルへの影響は「爆破およびさく岩作業」と「トラック輸送」の増加から生ずるが、インパクトの大きさとしては度合、規模、可及範囲の広さ等からみて「大きさ」は中程度として、5とされたが、コンドルの絶滅防止の「重要度」はきわめて高いので10とされている。
 「キャンプおよびハイキング」についてみると、影響をうける範囲が狭い地域に限られるので、「大きさ」は2とされたが、環境を変えることは人口密度の高いこの州における公有地のレクリエーション目的を妨げるので、その「重要度」は中程度と考えて4にされている。
 こうした手法は、環境影響を審査し、それを開発計画を構成する個々の行動計画の環境対策に反映させる上で効果的な方法であり、わが国でも利用しうる点が多いといってよいであろう。
 わが国において環境アセスメントの手法を確立するに際して検討を進めていかねばならない問題点の第1は、アセスメントの前提条件となる当該地域における環境の汚染許容限度の解明、把握の問題である。
 環境の汚染許容限度とは、いわば汚染物質をその地域の自然の力で浄化しうる量といえようが、様々の特性をもった個々の地域には、それぞれ異なった自然の浄化能力があるものと考えられる。
 この自然の浄化能力については、まだ科学的に十分定量的に把握されておらず、その研究が急がれる。
 第2は、環境アセスメントを実施すべき対象項目の選定である。さきにみたアメリカの連邦地質調査所のマトリックスの項目なども参考にしつつ、わが国の実情に応じたチェック・リストを作成する必要がある。
 環境アセスメントは、当該地域における現在および将来の住民や社会に与える開発行為のインパクトを評価するため、そのチェック・リストは多岐にわたることとなろうが、大分類の項目としては、当該開発行為の土地利用目的の環境への影響、発生汚染因子の予測とその環境への影響、生態系への影響、開発に伴う環境汚染防止対策、住民の意向などをあげることができよう。
 第3は、予測手法の開発である。
 開発行為に伴い環境中に排出される汚染原因物質が、どのように拡散し、どのような地点にどのような影響を及ぼすかという予測は、環境アセスメントにおける中心的課題である。このような汚染予測の手法として、種々の理論計算式や模型実験が行なわれているが、その精度を高めるために、基礎的な研究開発を行なうとともに、絶えず実績と照合しつつ、検討していくことが必要である。
 今後の地域開発に当たって、環境アセスメントの徹底は、公害の未然防止に大きな役割を果すものとして期待されるが、アセスメントはあくまでも政策決定の手段であり、その利用には、一定の限界の存することを忘れてはならない。
 開発の各段階ごとに利用しうるデータや予測手法には差がある。基本計画策定の段階で行なわれたアセスメントは開発段階の進展に応じて見直し、その精度を高めるとともに、実績と照合してフィードバックしていくことが必要である。
 また、環境に関する人類の知識は、現状ではきわめて限られたものであるからその評価に当たっては十分の安全率を織り込むことが必要であろう。

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