前のページ 次のページ

第2節 

1 経済成長と環境汚染

(1) 環境汚染の経済的メカニズム
 マクロ的に経済成長と環境汚染との関連をみたときに第1に指摘できるのは、民間経済活動を律する市場メカニズムに限界があったことである。
 一般に経済活動に伴い直接関係を有していない第三者が受ける不利益は外部不経済といわれているが、環境汚染も代表的な外部不経済としてとらえることができる。
 こうした環境汚染という形をとった外部不経済の拡大を示すものとして経済審議会専門委員会が試算したNNW(国民純福祉)の計算における環境汚染による損害をみると30年の350億円から、40年の33,760億円、45年の61,010億円へと大きく拡大し、全体のNNWに占める構成比(マイナス分)も30年の0.2%から、40年の11.6%、45年の13.8%へと大きく高まっている。
 また、第2-2-1図にみるように環境汚染に関連する指標として重油使用に伴う潜在いおう酸化物発生量と公害に関する苦情の受理件数をみると、30年代の半ば以降、経済規模の拡大に伴い増加してきている。
 このような環境汚染という形をとった外部不経済が市場経済の下において拡大するのはなぜであろうか。
 市場経済においては、財やサービスの供給主体はできるだけコストを下げ、低廉な製品価格によって競争に勝ち抜かなければならない。このような市場における競争を通じて、社会全体として最適の資源配分がもたらされるというのが市場メカニズムの原理である。したがって、汚染防止の費用が経済計算においてコストとして算入されるような仕組みとされていない限り、市場経済には環境汚染という形の外部不経済を自ら除去するインセンティブは働きにくい。これが、通常「市場の欠陥」といわれる問題である。
 こうした市場経済の中で、その欠陥を補正する適切な公的規制等所要の措置が講じられないまま著しい経済規模の拡大が続いた結果、さまざまな形態での環境問題が発生してきたわけである。


(2) 環境関連社会資本の立ち遅れ
 下水道、廃棄物処理施設等の社会資本の整備も環境汚染を防止する大きな要素の一つであるが、わが国においては民間部門を中心とする高度成長の中でこうした社会資本の整備が立ち遅れ気味だったことも、環境問題を激化させた要因の一つである。
 環境汚染を除去し、豊かな環境を創造していくためには、企業が生産過程から発生する汚染因子を除去するための公害防止投資を行なう一方で、一般家庭など不特定多数の発生源から排出される汚染因子を除去するため下水道、廃棄物処理施設等の環境関連社会資本が整備されなければならない。
 しかし、民間設備投資を中心とする経済成長の中で、後にみるように、民間の公害防止投資も不十分だったし、環境関連社会資本投資も相対的に立ち遅れてきた。
 第2-2-2図にみるように、わが国の民間資本ストックに対する政府固定資本ストックの割合は昭和35年以降、40〜41年の不況局面において増大したものの、低下傾向をたどったのみならず、政府固定資本形成のうちでも道路、港湾など産業活動に関係の深いものに比べて環境関連社会資本の割合は低かった。
 国際比較でみても、下水道、公園、住宅等の社会資本は欧米先進国よりもはるかに低い水準にある。とくに水質汚濁の防除対策の決め手である下水道は、わが国の整備水準は現在でも20%程度にすぎず、10年前の欧米先国の水準をはるかに下回っている(第2-2-1表)。


(3) わが国の経済構造と環境汚染
 環境汚染をもたらした汚染因子排出量の増大は、基本的には全体としての経済成長そのもののテンポが速かったことによるものであるが、わが国の経済を構成する諸要素が、他の諸外国に比べても汚染因子を発生しやすい構造となっている面があることも否定できない。ここでは、こういった汚染因子の排出という観点から、国際比較などによってわが国の経済構造を検討してみよう。
 経済構造を構成する要素として、まず第1に投入・産出構造と需要構造をとりあげてみる。経済活動を構成しているさまざまの産業部門の生産活動は原料、中間財、最終製品などの取引を通じて相互に複雑に関連しあっており、これら関連のメカニズムは各国によって差がある。ここではこれを投入・産出構造の差としてとらえている。
 また、生産活動を誘発する個人消費、民間設備投資、輸出などの最終需要の内容も各国それぞれ異なっている。ここではこれを需要構造の差としてとらえている。
 こうした投入・産出構造、需要構造の中に、相対的に多くの環境汚染因子を排出しやすい生産活動、需要項目が、どの程度組み込まれているかをみることによって環境汚染という観点から全体としての経済構造の評価をすることができよう。
 投入・産出構造と需要構造を総合してみた場合、わが国の経済構造が欧米諸国に比べてどの程度汚染因子を発生しやすい状態であるかをみたものが第2-2-3図である。これは、わが国の経済構造からもたらされる汚染因子排出量を100とした場合、わが国と同じ経済規模であっても、他の欧米諸国なみの投入・産出構造、需要構造を仮定すれば汚染因子の排出量は、どの程度減少するかをみたものである。
 これによれば、わが国の経済構造が諸外国に比べて1〜4割程度汚染を発生させやすい傾向にあることがよみとれる。
 すなわち、いおう酸化物についてみると、フランス型の経済構造の場合は4割程度、アメリカ型では約2割、イギリス型、西ドイツ型でも1割程度排出量が減少することになる。またBOD負荷量、すす・粉じん、産業廃棄物などについても、ほぼ同様の傾向をよみとることができる。
 こうした差異がもたらされた要因をややくわしくみるため、全体としての経済構造の差を、投入・産出構造と最終需要構造に分解してみたものが第2-2-2表である。
 これによれば、わが国の経済構造は需要構造よりも主として投入・産出構造の方が汚染因子を発生させやすい方向に作用していたことがわかる。
 すなわち、わが国の投入・産出構造の代りに、アメリカ型の投入・産出構造を仮定すると、いおう酸化物、BOD負荷量、すす・粉じん、産業廃棄物などはいずれも一割程度汚染因子発生量が減少し、他の諸国の投入・産出構造を仮定しても1〜3割程度の汚染の減少が見込まれている。
 これは、わが国の産業構造の中に紙・パルプ、化学、鉄鋼、電力・ガス、窯業・土石といった汚染因子を発生させやすい産業が欧米諸国より高い比重で組み込まれていることを示している。
 第2に消費構造をとりあげてみる。
 日々生活していく過程で日常使用されている消費財の一つ一つをとってみても、それらが消費者の手に渡るまでには、さまざまな業種にわたって財の生産やサービスの提供が必要であり、その間に多くの汚染物質が発生している。
 戦後の消費構造の変化をみると爆発的な消費ブームの中で、自動車、家庭用電化製品などの耐久消費財、電力消費等のウェイトは急速に高まってきている。高度成長下におけるこういった活発な消費活動が使用と廃棄の過程でさまざまな環境汚染をもたらしたことは第1章第2節でみたとおりであるが、こうした消費水準の向上、消費の多様化が生産活動を誘発する過程で間接的に汚染因子の増大に寄与する面があったといえよう。
 第2-2-3表は、テレビ、電気冷蔵庫などの民生用電気機器、電力などの生産をその原燃料等にまでさかのぼって全生産過程をみたときに、どの程度の汚染因子を発生させているかをみたものである。例えば、普及度の高い電気洗濯機、カラーテレビ、クーラー、電気冷蔵庫等生産額100万円相当の民生用電気機器をとりあげてみても、これを作るために42.6kgのいおう酸化物、102.2kgのBOD負荷量などさまざまの汚染因子が発生していることがわかる。
 第3に、貿易構造をとりあげてみるとこの面では諸外国に比べて汚染因子を発生させやすい構造になっていたものとみられる。
 環境汚染という観点から貿易構造をみると、生産過程から汚染因子を発生させやすい産業の製品を輸入に頼る割合が高ければ、国内での汚染は発生しにくくなり、これらの製品の輸出が多くなれば汚染は発生しやすくなるといえる。
 第2-2-4図はこうした観点から公害に関連の深い業種の輸出入依存度をみたものである。これによれば、わが国はアメリカ、西ドイツなどに比較して輸入依存度が低いものが多く、輸出依存度が高い傾向にあることがよみとれる。また、基礎化学品、鉄鋼・粗鋼では、10年前に比べて輸入依存度は増大しているものの輸出依存度はそれ以上に増大してきている。
 このように、汚染を発生しやすいメカニズムにあったわが国の経済体質、経済構造を放置したままで、従来のような経済の成長が続けば、今後の環境汚染は、ますます激化することは予想にかたくない。
 こうした事態を避けようとする国民の意識は近年、とみに高まってきている。総理府の「環境問題に関する世論調査」(47年5月)によれば、「多少公害が出たり、自然が失われても、経済活動が盛んになり収入が増加し、生活が便利になる方がよい」という人は11%にすぎないのに対して、「経済発展が多少犠牲になっても公害をなくし、自然を守るようにした方がよい」という人の割合は51%にも達している。
 このように、経済成長または、これに伴う所得の増大よりも、公害のない豊かな環境に対する志向が国民の間に圧倒的に高くなってきた理由にはさまざまなものが考えられるが、これまでの経済成長パターンに対する疑念と、それが今後も持続してゆくならば、生活環境や自然環境の破壊がさらに激化するのではないかという疑問が国民のあいだに浸透してきたからであろう。
 経済成長はそれ自身が目標となるものではなく、人々のさまざまな欲求を反映した経済活動の結果として示されるものにすぎない。これまでのような環境破壊を防ぎ、豊かな環境に対する国民の欲求に応えていくためには、環境汚染のメカニズムに代って、環境保全のメカニズムを経済活動の中に組み込んでいく必要がある。

前のページ 次のページ