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第3節 

2 環境問題への国際的対応

 47年6月スウエーデンのストックホルムにおいて開催された国連人間環境会議は、環境問題についての問題意識が国際的にも大きな高まりをみせ、人類共通の課題として国際協力によりこれに対処しようとする気運の盛り上りを示すものだった。
 同会議において、今後の国際的行動計画が採択され「環境計画管理理事会」の設置が勧告され、最終日には、「人間環境宣言」が採択された。この宣言では、
? 人は尊厳と福祉を保つに足る環境で自由、平等および十分な生活水準を享有する基本的権利を有するとともに、現在および将来の世代のため、環境を保護し改善する厳粛な責任を負うこと。
? 地球上の天然資源は現在および将来の世代のために注意深い計画と管理により適切に保護されなければならないこと。
? 生態系に重大または回復できない損害を与えないため、有害物質その他の物質の排出および熱の放出を、それらを無害にする環境の能力を超えるような量や濃度で行なうことは停止されなければならないこと。
? 人とその環境は、核兵器その他のすべての大量破壊の手段の影響から免れなければならないこと。
 等のほか、海洋汚染の防止、環境保護のための開発途上国への援助、教育・研究開発の促進・交流、国際協力の推進などについての原則をうたいあげている。
 今後、世界各国はこれらの原則に基づいて人類共通の課題である環境問題の解決に努めるための具体的な行動を起こすことになるが、こうした意味で第1回国連人間環境会議は、環境問題への人類の対応を進める大きな契機となったものと評価できる。
 このような国連人間環境会議を頂点とする環境問題への国際的対応の盛り上りの背景としては以下のような点を指摘できよう。
 第1は、環境問題が先進諸国間の共通の課題として認識されるようになったことである。
 近年ほとんどの先進諸国においては、環境の汚染が経済的にも社会的にも解決すべき最大の問題となってきている。これは経済成長、産業活動の拡大、生活水準の向上に伴って汚染因子の排出量が、環境の浄化能力を越えて拡大し、重大な環境破壊をもたらすに至ったことや、所得水準の向上に伴い人々がより豊かで清浄な環境を望むようになったこと等の先進諸国間共通の要因に根ざしているところが大きいといえる。
 先進諸国の集まりであるOECDにおいて、1970年環境問題を専門に扱う環境委員会が設置され、汚染物質に対する規制の通報協議制度の運用、汚染者負担の原則(PPP)を含む環境政策の国際経済的側面に関するガイディング・プリンシプルの勧告など積極的な活動を行なっているということも、先進諸国の環境破壊に対する問題意識の同質性と緊急性を示しているといえよう。
 第2は、環境の汚染が海を越え、国境を越えて広がり、複数国間の環境汚染、ひいては地球的規模での環境汚染が進行してきたことである。
 地球の環境に国境はなく、より良い環境を求める人々は国境に係わりなく存在している以上、環境問題への対応も、国境にとらわれることなく、共通の問題意識と理念に基づいて行なわれなければならないといえる。
 例えば、第1回の国連人間環境会議の開催地となったスウエーデンのいおう酸化物による大気汚染についてのケース・スタディによれば、大気中に排出されたいおう化合物は、千km以上の遠隔地にまで運ばれ、その影響は発生源の周辺に広く及ぶと報告されている。第1-3-3図は、1955年、65年、70年のスウエーデンにおける降雨中の酸の量を示したものであるが、大気中のいおう化合物の影響で、スウエーデン西南部およびノルウエー南部一帯の降雨中の酸の量が年を追うにつれて増加していることがよみとれる。
 このケース・スタディによれば、スウエーデンおよびノルウエーでは両国から人為的に大気中に放出されたと考えられるいおう排出量の2.5倍ものいおうが降下しているとされており、汚染物質が国境を越えて広汎な影響を与えていることを示している。
 また、大気中の二酸化炭素(CO2)も長期的に増加傾向にあることが指摘されている。例えばハワイでの観測結果によれば、空気中の二酸化炭素の濃度は、最近10年間で約6ppmの上昇を示しており、石油、石炭、天然ガス等の化石燃料消費の増加、植物の減少などの影響ではないかと懸念されている。こうした傾向は、地球全体の気象等にも影響を及ぼすことが考えられ、国連人間環境会議で決まった今後の行動計画の中にも、地球的規模での汚染に対処するためのモニタリング・システムの実施が盛り込まれている。
 第3は、環境問題に関連して世界的な意識の変革が進んできたことである。
 これまで所得の上昇を人間社会の成果として考え、経済成長を追求してきた国々において、成長の中で生じてきた環境破壊の進行を一つの契機として、成長のあり方、その目標等が真に人々の生活を豊かにするものであるかを考え直すようになってきた。また、地球という宇宙船に乗って生活を営んでいる人類が有限でかけがえのないただ一つの地球を守っていかなければならないという考え方が国際世論として盛り上ってきたことも国際的対応を推し進める大きな力となった。
 以上のような背景に根ざす近年の環境問題に対する国際的取組みは、人類がその発展の行く手にあらわれた共通の課題に対して力強い対応を示しはじめた歴史的な動きの第一歩を画すものだったといえる。
 しかし、こうした国際的取組みにも今後乗り越えていかなければならない課題が残されている。
 それは発展途上国と先進国との所得格差を解消することと、国際的な環境問題の解決との関係から生じてくる問題である。今日、地球上の過半数の人口は飢えと貧困に悩む発展途上国に属している。こうした貧困を解決することに第一の優先順位を置く国々と、豊かさのゆえに生じる環境汚染という課題を抱える先進諸国とでは、環境問題に対して必ずしも同じような問題意識をもっているわけではない。
 こうした点で、これまで発展という名の下に環境問題を引き起こしてきた国々の果すべき役割は大きいものがある。また低開発国の発展をもたらしつつ地球全体の環境を守るという困難な課題を共に解決していかなければ、人類的課題としての環境問題を真の意味で解決することにはならないといえよう。

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