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第2節 

2 生活利便の追求のもたらす環境汚染

 日常生活の利便の向上の追求は、これまで次々に新しい生活手段を生み出し、その利用を促進してきた。しかし、こうした生活利便の追求によりその反面で環境汚染というマイナスの副産物が生み出されている。高度に発達した技術文明社会に生きるわれわれの周囲には、豊かさや便利さが進むのと表裏の関係で種々の環境汚染因子が発生している。
 このような問題としてまずとりあげられるのは、交通サービスの充実の反面であらわれてくる環境問題である。自動車、航空機、新幹線鉄道などの交通手段の発達、普及は高速で快適な交通サービスを提供し、国民生活に多くの利便をもたらしてきたが、その反面では、騒音問題をはじめとする環境問題をもたらしてきた。
 第1に自動車は、所得の向上、技術革新の進行と共に、快適で高速な輸送機関として広く受け入れられるようになり、現代社会におけるステイタスシンボルとさえなっている。
 しかし、その反面自動車は、騒音、振動を引き起こし、その排出ガスは大気汚染源としてもかなりのウエイトを占め、人々の生活環境を脅かしている。関東臨海地域における大気汚染物質を発生源別にみると、第1-2-8図にみるように一酸化炭素についてはほとんどが、炭化水素、窒素酸化物についてもかなりの割合が、自動車排出ガスによるものである。
 一酸化炭素による大気汚染状況をみると、大都市においては、排出ガス規制の効果、交通量の頭打ちなどもあって、やや改善の傾向がみられるものの、モータリゼーションの進行を反映して地方都市などでは汚染のレベルはかなり高くなっている。
 近年、大都市において頻発している光化学スモッグも自動車排出ガスが大きな要因となっている。光化学反応による大気汚染によるとされる被害の届出をみると、眼の刺激、のどの痛みなどを訴える者が多く、発生状況は全国に広がる傾向にある。
 第2は新幹線鉄道による騒音問題である。
 大量の乗客を、快適に、短時間のうちに遠隔地に運ぶ新幹線は国民生活に大きな利便を提供しているが、これによってもたらされる騒音は、沿線の各地で生活環境を脅かしている。
 時速160kmで新幹幹線が通過した場合の騒音レベルは25m離れた地点で無道床の鉄桁橋梁の場合には、おおむね100ホン、盛土や高架の場合でも80〜85ホンとなっている。東海道新幹線と山陽新幹線の騒音が住民に与える影響についての実態調査によれば騒音が80ホンを越えると、過半数の人が電話、会話等の日常生活を妨害されることになり、ほとんどの人がうるさいという反応を示している(第1-2-1表)。
 第3に、航空機による騒音問題がある。
 近年の航空機の利用客数の増加は著しい。たとえば、大阪国際空港の年間利用旅客数は40年は291万人であったのが、46年は957万人となっており、こうした需要に応えて航空機の着陸回数も40年の4万1千回から46年には7万9千回へと著しい増加を示している。このような航空輸送の増加は、騒音の発生を通じて空港周辺に居住する人々に大きな影響をあたえている。
 大阪国際空港周辺においては、95ホン前後の騒音を受けているとみられる地区に居住する人々は、現在の居住地に関する不満の第一位に航空機騒音をあげている。その訴えの内容はテレビ、会話などが妨げられたり、夜眠れなかったり、いらいらしたりすることなど多岐にわたつている。
 生活利便の追求から副次的に派生してくる環境問題として次にとりあげることができるのは消費者が日常使用する消費財の使用または廃棄に伴って発生する環境汚染である。
 この代表的な例としてはプラスチック廃棄物の問題をあげることができる。プラスチックは、軽くて丈夫で成形が容易であるため、ポリパッケージ、ワンウエイ容器などの包装材や台所用品等に幅広く使用されるようになった。このように大量に使用されるようになったプラスチックも、一たび廃棄されると、材料としての長所が、そのまま廃棄物処理の観点からは短所となる。すなわち、分解しにくいためそのままでは自然の循環メカニズムには組み込まれにくく、熱に溶けやすいため、他の家庭ごみと一括して焼却した場合焼却炉を痛めたりするなどの問題がある。
 通商産業省の試算によれば、45年のプラスチック廃棄量は約130万トンにものぼるものとみられるが、このうちの約70万トン(54.3%)は家庭から廃棄されたものとみられている。都市におけるごみの中のプラスチック廃棄物混入率の推移をみても、いずれの都市においても近年その割合は高まってきている(第1-2-9図)。
 ごみ処理の問題は近年都市における環境問題のもっとも大きな問題の一つとなってきているが、所得水準の上昇に伴うごみの絶対量の増大に加えて、質的にもプラスチック等の処理の困難なごみが相対的に増加傾向にあることが、その解決をより困難なものにしているといえよう。
 また、自動車、家庭用電化製品の急速な普及の裏では処理の困難な粗大ごみが急速に増加してきており、都市のごみ処理問題をさらにむずかしいものとしている。また、近年著しく使用されるようになった中性洗剤も、汚れを落すという利用上はすぐれたものであるが排水された後は下水処理の困難、富栄養化現象などの問題を引き起こしている。
 以上みてきたような根の深い汚染問題から、わが国の環境問題の解決を考えるに当たって考慮すべき点は以下のようなものであろう。
 第1は、これまでの自然の浄化能力に依存したわが国全体の廃棄物処理のメカニズムが適切に作用しなくなってきたことである。今や、水の汚濁の最終処理場であった海、湖沼等についても汚染の進行がみられることは、わが国の人間活動から生み出される廃棄物処理を自然の浄化能力に依存する余地が狭められてきたことを示している。したがって、今後ますます増大すると考えられる廃棄物については、環境への負荷を軽減するよう人間が自らの手でこれを計画的に処理していくようなシステムを人間活動の中に組み込んでいかなければならない。
 第2は、技術革新によりPCB等の蓄積性有害物質のように、環境にとって未知の物質が生み出され、環境中に排出されるようになったことである。こうした物質については全く自然の浄化能力に期待することはできず、一度環境中に排出されれば、かつての清浄な環境を回復することは極めてむずかしい以上、環境中への排出を未然に防止することがなによりも必要となってくる。
 第3は、生産過程から排出される汚染因子ばかりでなく、製品またはサービスの使用、利用、廃棄の面からの汚染が広がっていることである。こうした汚染因子の拡大は、高度に発達した技術文明社会において今後ますます重大な問題となろうが、発生源もとらえにくく、人々の豊かさや便利さが進むのと表裏の関係で発生する問題も多いだけに、個々の発生源に対する単純な規制のみによる解決は困難である。私的利益の半面として生み出される社会的な不利益が適切に解決されるよう、従来とは異なつた発想のもとに新たな対応が要請されている。

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