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第1節 

3 損われる自然環境

 河川、湖沼、海、森林などの自然環境も破壊の脅威にさらされている。
 例えば、美しい景観の構成要素として欠くことのできない湖沼、内湾等の透明度をみると近年低下してきている例が多く、自然環境としての価値が次第に損われている。山間部にあってその深く澄んだ水質を誇っていた十和田湖、洞爺湖等は最近のレジャーブームによる観光開発等により、局地的ながら汚濁は進行し透明度が低下している。また、産業や人口が周辺に集積している湖沼、内湾でも、家庭や工場からの排水の増大によって富栄養化が進み、透明度が低下しているものが多い。
 霞ヶ浦においては、プランクトン等の異常発生による異臭が45年頃から発生しており、35年には1.41mあった透明度も46年には0.98mにも低下している(第1-1-2図)。
 東京湾の透明度も、都市化の一層の進展と京浜・京葉工業地帯の産業拡大によって年々低下の一途をたどっている。すなわち、22年当時には7m程度の地点もかなりあったのが、46年にはほとんどの地点で2m以下に低下している(第1-1-3図)。
 自然公園内の自然環境についても、道路建設に伴い直接的な地形、植生の破壊に加え、利用者の増大、自動車利用の増大等によって2次的な自然環境の破壊がみられるほか、別荘造成、分譲地の造成、土石の採取、海面の埋立て等による自然環境の破壊がみられる。
 例えば、最近植生の回復が一部にみられるものの河口湖より富士5号目まで通ずる富士スバルラインの建設、開通によって、沿線の樹海の生態系が損われ、道路周辺の原生林が枯死するなど多大の被害を受けた。とくに、シラビソ等の亜高山性針葉樹林に大きな影響に及ぼし、標高2,000m以上の地帯では立木の枯死は5,000本以上に及んだ。
 こうしたいわば物理的な自然破壊に加えて、大気汚染、農薬の残留など目に見えない汚染や利用者の増大等を反映して、動植物の生育環境が悪化し、貴重な野生生物が絶滅の危機にさらされている例もある。日本の山野から姿を消したとみられていたコウノトリが今冬高知県や新潟県下等の各地に姿をあらわしたという朗報が聞かれたものの、すでに白山(石川県)の日本ライチョウのように姿を消したと伝えられるものや、タンチョウ、トキ等のように絶滅の危機にさらされている野鳥もみられる。また、ガン類の渡来数は28年に比較すると10分の1、38年に比較しても2分の1程度になっているものと推定され、近年、渡り鳥のわが国での生育環境も次第に損われてきたことを物語っている。
 第1-1-4図は、奈良県下の教員、高校生徒が47年の夏休みを利用して行なった生育生物に基づく奈良盆地を中心とする水系の水質調査の結果の一部である。この調査は、川に生育する水生昆虫、貝類、イトミミズ、ヒルなど肉眼的生物を汚濁に強い生物と弱い生物に分類し、その種類数に基づいて水質階級を分類したものである。これによれば、都市化の急速な進展等を背景にBODで10ppmを越える汚濁状況を示している大和川本流、盆地北部の支流では、かろうじてアメンボ、ハナアブ、赤いユスリカ、イトミミズなど汚濁に強い生物が生息している状態である。これに対して、盆地南部の大和川支流の葛城川、曽我川等の上流では、ゲンジボタルなど清流を好む生物もみられ、また、BOD1ppm程度である吉野川では、カワニナ、コカゲロウ、サワガニ、ブユなど汚濁によわい生物もまだ十分生息しており、大和川本流とは対照的様相を呈している。生物の生息状況と環境の汚染状況との関連性を的確にとらえることは必ずしも容易ではないが、ここでは、広範囲にわたる調査により水生生物の種類数を把握し、これによって水質の汚濁状況と生物の生息状況を関連づけているところが特徴的である。
 このように、植生、鳥類、水生生物など生物の生息の変化は、単に自然景観の変化としての意味をもつだけでなく、生態系全体の質と変化をあらわしており、個々の汚染因子の測定からは判断できない環境全体の汚染状況を示す指標といえよう。その意味で、これらの指標は環境の質の危機を初期の段階で警告する役割を果すことになろう。
 こうした自然環境の悪化は、地域住民の自然環境に対する意識によってもうかがうことができる。46年11月に行なわれた総理府の世論調査をみると、5〜6年前に比べて自然環境は、「悪くなっている」と答えた人が46%もあったのに対して、「良くなっている」と答えた人はわずかに7%にすぎない。これを地域別にみると、東京都区より6大市、人口10万人以上の都市の方が「悪くなっている」とする人の割合が多く、地方都市の自然環境も大都市に劣らず問題となっていることがうかがわれる(第1-1-1表)。
 以上みてきたように、自然環境の悪化はさまざまな形態をとりながら全国的規模で進行しているといえよう。

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