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第3節 

2 今後の技術開発の問題点

 これまでみてきたようなわが国の環境保全技術の現状からみて、現在の爆発する環境問題に対して今後の技術開発にどういう問題点があるかを考えてみよう。
 まず第1にあげなければならないのは、複雑な環境汚染や新たな環境汚染に対処するためには、新たに開発しなければならない技術が数多くあることである。このことは、科学技術庁が各分野の専門家約500人に対して行なったアンケート調査によってもうかがうことができる。すなわち、この結果によればさまざまな分野における今後の技術開発のうち、平均してみると環境保全のための科学技術課題は、とくに重要度の高いものとみなされており、今後の環境保全面での技術開発の役割の重要さを示している(第3-3-4図)。
 第2は、人材面の立遅れである。環境問題自体がまだ新しいこともあって、環境技術関係の専門的技術者は一般に不足していると思われる。これからの環境問題は多くの専門分野にまたがる問題であるため、その発生および被害を生ずるまでのメカニズムの解明、有効な防止技術の開発などのためには、広い視野を持った人々による学際的(インターディシプリナリー)な研究開発が必要であるが、広範囲の専門分野にまたがって技術開発を進めて行くことのできる技術者をいかに確保するかが、大学、研究機関、企業、政府を通じての大きな問題であろうと思われる。
 第3は、中小企業向けの技術開発の遅れである。中小企業についての直接のデータはないが、現在資本金1億円以上の企業で進められている公害防止技術開発の状況を企業規模別にみると、小規模になるほど公害防止技術の研究開発を行なっている企業の割合は少なくなり、今後とも着手する予定はないとする企業がふえるという傾向がみられる(第3-3-5図)。こうした傾向からみても中小企業が独自に公害防止技術を開発していくことは困難なことがうかがわれよう。これは、生産規模が小さいために、技術開発コストが高くつくこと、一般技術開発についても蓄積がないことなどの理由があるが、中小企業が公害の発生源として問題を起こしている例も少なくないので、こうした中小企業向きの技術の遅れを放置することはできない。
 第4は、新技術について、環境保全面から、テクノロジー・アセスメントの必要性が高まっていることである。技術革新の影響は広範に及ぶため、それが主としてめざしていた効果の他に、社会的に思いがけないプラスまたはマイナの影響を及ぼす場合がみられる。たとえば、農業の生産性を向上させるためのBHC、DDT等農薬の使用によって農作物中に有害物質の蓄積が生じて問題となったし、エンジンのオクタン化を上げるために四アルキル鉛を混入したハイオクタンガソリンは、排出ガスを通じて鉛汚染を引き起こすおそれがあるので、順次低鉛化を進め、49年4月から無鉛化する予定となっている。なお、現在四アルキル鉛の生産は国内では行なわれていない。
 また、最近の例としては、電気絶縁材等に広く利用されていたPCBの毒性が認識され、それがすでに環境中に多量に蓄積されている事実が明らかになったため、生産の中止および感圧紙、塗料等、いわゆる開放系用途への使用の全面的禁止の措置をとるとともに、閉鎖系用途には回収に万全を期しうる用途に限ることとしたことがあげられる。
 こうした事態を防ぐため、アメリカで近年発展をみせているテクノロジー・アセスメントは、新技術の開発の段階から社会へのプラス・マイナスの影響を予測し、対応技術、代替策の開発を行なうものである。アメリカでは1966年下院の科学宇宙委員会の報告書にとりあげられて以来、各方面で関心がもたれるようになった。また現在テクノロジー・アセスメント法案が議会で審議されているが、これは立法府にテクノロジー・アセスメント局を設け、技術開発の影響についての評価を行なわせることなどを内容とするものである。
 わが国では現在科学技術庁を中心とする農薬、高層建築、CAI(コンピューター利用の教育システム)の3つについてのケース・スタディおよび通商産業省における原子力製鉄のケース・スタディが行なわれている。
 また、アメリカではすでにいくつかの手法も開発され、ケース・スタディも行なわれている。たとえば、NAE(全米工学アカデミー)ではいくつかの開発等についてのケース・スタディを行ない、そのうち一つの亜音速機の開発については第3-3-4表のような代替案について、それが社会の各グループに及ぼすプラスとマイナスの影響を考慮している。
 また、アメリカで1969年制定された国家環境政策法は、第102条において連邦政府のすべての機関は人間の環境に重大な影響を及ぼすような措置を講ずる際には、その措置が環境に及ぼす影響についての報告の提出と公表が義務づけられているが、これも、環境の側面に関してのテクノロジー・アセスメントといえよう。
 技術開発に求める役割は、社会からの要請、与えられた資源の状態、経済的豊かさ等に応じて異なる。これまでの多くの技術革新は戦後の高度成長をもたらし、国民の物質的な豊かさの向上に大きく寄与してきた。しかし、さまざまの環境問題が国民の福祉の向上をさまたげる最大の障害として認識されるようになった現在、環境保全という面で技術開発に求められている課題は極めて重要なものといわなければならない。

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