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第1節 過密限界に近づく日本経済社会

 わが国の環境問題がここへきて爆発的ともいえる様相を呈することとなった背景は、いったいどこにあるのだろうか。
 いうまでもなく、その根本的な背景は、日本経済が非常な急成長をたどり、産業・人口の都市集中のテンポもいちじるしかった反面、生活環境関連社会資本の整備がこれに追いつかなかったため、経済社会の諸活動の規模と生活環境関連社会資本ストックとの間に、大きなアンバランスが生じてきたことである。たとえば、生活環境施設としてもっとも典型的な下水道の普及率(下水道利用人口/総人口)をみると、昭和40年度当時はわずか14.6%であり、その後かなりのテンポで拡充されてきたものの、45年度末にはなお21.0%にすぎず、イギリス90%(1963年)、スウェーデン71%(1964年)、アメリカ68%(1962年)などと比べて、いちじるしい遅れが目立っている。また、都市における自然的環境として必要不可欠な都市公園の面積を人口1人当たりでみても、東京1.2m
2
、大阪1.4m
2
、名古屋2.9m
2
(いずれも46年3月現在)であり、ロンドンの22.8m
2
、ニューヨークの19.2m
2
(いずれも1967年)などと比べると大きな差がみられる。長い歴史のなかで、社会資本の拡充をはかってきた西欧先進国に比べると、明治以来、先進国へのキャッチアップに急であったわが国においては、生活環境関連社会資本はもともと立ち遅れていたうえに、戦後の急成長が工業化と都市化を急激におし進め、その相対的な遅れをいっそう拡大し、これが環境問題を激化させる大きな背景となったのである。
 このような背景のほかに、さらに、最近になって環境問題が急速に激化した背景としては、次のような点を指摘することができる。
 その第一は、日本の経済社会の過密の限界がここへきて現実の問題として露呈してきたことである。わが国は、37万平方キロの狭少な国土のわずか18%の利用可能地のうえに多数の人口と産業とが密集し、もともと過密状態であったといえるが、最近になって、その状態が限界点に近づいているように思われる。何をもって過密の限界というかということはむずかしい問題であるが、しかし、いくつかの指標を瞥見すれば、このことをうかがい知ることができる。
 まず一国のすべての経済活動を最も端的に示す指標として、平地面積当たりGNPの推移をみると、第2-1-1図のように、わが国は、1959年にはイギリスと同じ水準にあったのが、1962年に西ドイツを抜き、1970年にはアメリカの実に11.3倍となっている。今から20年前には、この値は2.1倍であったことを考えると、わが国の混み具合のテンポがいかにいちじるしかったかがわかるであろう。わが国同様狭小な島国であるイギリスとくらべてみても、1970年にこの値は、3.2倍となっている。ちなみに、日本人一人当たりの平地面積を計算してみると、たかだか30m四方にすぎない。この小空間において、あらゆる人間活動が行われており、しかも、近年になってその活動がいっそう活発化してきたということが、わが国における最近の環境問題激化の基本的背景である。
 つぎに環境汚染に関連の深いエネルギー消費量と自動車保有台数の平地面積当たりの数値を第2-1-2図によって国際比較してみると、いずれの場合も、1960年代の初頭までは、主要先進国と肩を並べるぐらいの状態であったが、1965(昭和40年)頃を境にして、各国の水準を追い越し、それ以後は、急速に上昇していることがわかる。平地面積当たり自動車保有台数は、1960年にはフランスよりも少なかったのが、61年にはフランス、64年にはイギリス、65年には西ドイツをそれぞれ追い越し、1969年には、アメリカの約8倍となった。近年のわが国の状態は、平地において100m四方に1台以上の自動車が走り回っている勘定になる。このことは、排出ガスによる大気汚染や騒音、振動などを諸外国にくらべてはるかに身近に受けやすい状態になっているということを示すものである。
 また、平地面積当たりエネルギー消費量をみても、1963年にはイギリス、64年には西ドイツを抜いて、それ以後急速に伸び、1969年には、アメリカの7.4倍となっている。このことは、いおう酸化物等による大気汚染をいっそう深刻なものとしているといえよう。
 以上は、日本列島をマクロ的にながめた場合の姿であるが、わが国においては、人口、産業が数地域に集中化した結果、これらの地域において、一層いちじるしい過密とそれに伴う環境汚染をもたらすことになっている。
 第2-1-3図は、43年度の汚染因子排出原単位をもちいて主要製造業による汚染因子排出量の地域分布の推移をみたものである。排出原単位については、現在得られるものが抽出方法、業種分類方法などに大きな制約があるため、あくまで一つの試算にすぎないが、これによれば、各地域の面積当たりの汚染排出量は、年を追って増大している。とりわけ、関東臨海、東海、近畿臨海および山陽のいわゆる太平洋ベルト地帯ならびに北九州地域における汚染の集中はいちじるしいものがある。この5地域が日本全土に占める面積の割合は、わずか26%にすぎないが、主要製造業によるいおう酸化物およびBOD負荷量は、昭和44年には、それぞれ全国の76%および68%を占めている。
 それぞれの地域における汚染因子排出量の増大の主な要因は、産業の生産水準の上昇、産業の地域集中などであるが、昭和30年から44年までの間の汚染因子排出量の増加分を生産水準による分と地域集中による分とに分けて試算してみると第2-1-1表のように、いおう分については、とりわけ、山陽、関東臨海、関東内陸において地域集中による分が大きくなっている。
 産業活動のみでなく、家庭生活に伴う環境汚染も同様である。都市の人口集中に伴って、都市河川においては、家庭下水の汚染寄与率は高くなっている。また、一般家庭のごみ等による環境汚染も人口の地域集中によって激化している面がある。第2-1-4図にみるように、地域別の面積当たりごみ排出量は、最近5年間の間に、各地域ともかなりの増大を示していることがわかる。これは、所得の上昇に伴う消費水準の向上により国民1人当たりのごみ排出量が増大したこと、人口の地域集中がはげしかったことなどによるものである。厚生省資料によれば、1人1日当たりごみ排出量は、40年度末から45年度末までの5年間に695gから921g(推計)へと約3割も増加している。また、この原単位をもちいて全国のゴミ排出量を試算してみると、昭和40年度から45年度までの間に4割増となっているが、東海臨海部においては、人口の集中もあって、面積当たり排出量は、この間に5割増となっている。ちなみに、昭和45年度1年間に排出されたごみは、重量にして約35百万トンで、ごみ集配の小型ダンプカーで4千万台もの量になり、地球を4周する一大ごみトラックの行列を作ることになる。
 道路もまた、過密限界に近づいているように思われる。
 排出ガスによる大気汚染や騒音、振動の原因となる自動車の交通量を、いれものである道路との相対関係でみると、近年とみに過密現象を帯びてきている。各地域における一般国道の混雑度を数地点の観測結果に従って試算してみると第2-1-5図のように、関東臨海および近畿臨海地域においては、かなり以前から、スムーズに道路サービスを受けられる限度である交通容量をはるかに越え、最近ますます混雑の度を強めている一方、その他の地域においてもほとんどが、昭和40年代に入ってから、その限度を越えている。
 過密化現象は都市にだけ生じているのではない。自然公園地域においても進行している。第2-1-6図をみると、ここ10年ほどの間、自然公園(国立および国定公園)の面積は、ほとんどふえていない。しかし、これを利用する人の数は、年々増加の一途をたどり、昭和35年から44年の間に、約3.3倍になっている。この結果、自然公園面積当たりの利用人口は、同期間に約2.5倍となっている。
 これは、大自然のふところを求めて自然公園に分け入った人々の一人一人にとって、自然公園の広さが、35年当時の4割にしか相当しないこということを意味している。
 以上のように、国土、都市、自然等を通じて、わが国においては、あらゆる面で過密化現象が顕著となってきたといえよう。

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