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第1節 

1 産業公害総合事前調査

(1) 調査の目的
 通商産業省においては、今後急速に工業化の進む新産業都市、工業整備特別地域等の新規で大規模な工業地帯ならびに新規埋立予定海域および工業地帯内の重要河川水域を中心として、これらの地域において発生のおそれのある産業公害を未然に防止するため、地元地方公共団体の協力を得て、昭和40年度以降、大気関係、水質関係に分けて産業公害総合事前調査を実施し、多大の成果をあげてきた。
 本調査は、これら工業地域や工業予定地域における新増設計画の工場を集団としてとらえ、現代の最先端の科学技術の手法を用いて、これら工場群から将来において発生が予想される公害を予測するとともに、これらの科学的予測結果をもとに、工場や地方公共団体に対し、工場レイアウトや設備の改善、処理施設の設置、原料の転換、立地計画の変更等広範囲の指導を行ない、これらの指導結果に基づき計画的な工場の新増設を行なうことを目的とするものである。
(2) 調査の特色
 産業公害総合事前調査の主要な特色は、次のとおりである。
ア 総合調査
 公害の防止のためには、地域内の工場を全体としては握し、それらによる重合または複合された汚染状況をは握する必要がある。
 その見地から、本調査における改善指導については、地域全体としての環境保全の立場から個別発生源を位置づけている。
イ 高度な科学的予想
 公害現象を正確に把握するため、都市工学、衛生工学、気象学等の専門知識を有する学識経験者の指導および公害資源研究所の協力のもとに、最先端をゆく科学的予測方法、たとえば大気関係における風洞実験や電子計算機を活用した理論拡散計算、また水質関係における水理模型実験や電子計算機を活用した理論拡散計算等の手法により、個別工場による汚染および工場群による地域全体の重合汚染を予測している。また、これらの予測を行なう基礎となる風向、風速をはじめとする気象調査、流向、流速をはじめとする海況調査等についても科学的な方法によって調査を行なっている。
ウ 事前調査および事前指導
 公害の未然防止を図るため、本調査は、対策を講じないままで推移した場合、今後5〜10年先の公害を事前に予測し、そのような事態にさせないように、あらかじめ必要な改善措置をとるものである。
 このため、現存企業および立地予定企業から将来にわたる工場の新増設計画の提出を求め、新増設計画が完成する時点における大気汚染、水質汚濁の状態を予測し、環境保全上の目標値に照らし合わせてみて、必要に応じ改善指導を行なうこととしている。
 さらに、それぞれの改善計画が実施された場合に、将来において環境保全が図られるかどうかについても確認を行なうこととしている。
 なお、「新規地域」における調査の実施にあたっては、工場よりのデータに代わって、地方公共団体や国における地域開発計画を基に事前調査を行ない、この結果から、工業用地の造成や企業誘致を行なう際の業種、規模、立地場所等について、地方公共団体に対して指導を行なっている。
(3) 調査の項目
ア 産業公害総合事前調査は、公害対策基本法に規定されている公害のうち、人の健康および生活環境の保全という立場から影響も大きく、かつ、広域的性格をもつ大気汚染と水質汚濁をその対象としている。
イ 大気関係については、最も問題が多いいおう酸化物による公害の防止を中心課題とし、必要に応じ、すすおよびふんじんも対象としている。
ウ 水質関係については、過去の経験からみて各産業において共通に問題となる汚濁項目であり、かつ、水質保全法等の水質基準において一般的に取り上げられているもの、すなわち、COD(化学的酸素要求量)またはBOD(生物化学的酸素要求量)、SS(浮遊物質)、油分を中心として、必要に応じ、シアン、フエノールなどの項目をも対象としている。
(4) 調査実施地域
ア 大気関係
(ア) 40年以降第3-15-1表に示すように33地域について大気関係の産業公害総合事前調査を実施してきている。(イ) これを、44年2月閣議決定した「いおう酸化物に係る環境基準」において示された地域分類によると千葉、水島、鹿島等のいわゆる「発展型地域」が大部分を占めているが、川崎、横浜、大阪、尼崎等のいわゆる「過密地域」や東三河等のいわゆる「新規開発地域」も対象としている。
イ 水質関係
(ア) 40年以降現在まで、第3-15-2表に示すように24地域について水質関係の産業公害総合事前調査を実施してきている。
(イ) この24地域のうち河川関係は4地域であり、大部分は海域関係となっている。
 これは、わが国の工業地域が臨海型を指向していることに基づくものである。
(ウ) また、対象地域は千葉、水島、鹿島等の「発展型地域」が大部分を占めているが、東三河、むつ小川原等の「新規開発地域」や名古屋南部等の「過密地域」も対象としている。


(5) 産業公害総合事前調査は、すでに述べたように、大きくは現地調査、風洞実験(大気)、または水理模型実験(水質)、企業指導の3段階に分かれているが、これを系統図として示せば第3-15-1図のとおりである。
ア 大気関係
(ア) エアトレーサー実験
 この方法は、大気中をSO2と同様に拡散するエアトレーサー(蛍光物質)を調査地域において拡散させ、実際に煙がどのように拡散、希釈していくかを直接は握するものである。
(イ) 拡散条件とは、地上付近の風向、風速、大気の乱れなど、煙の拡散に影響を及ぼす下記の諸項目をいう。

a 地方の風向、風速
b 上空100〜500mにおける風向、風速の鉛直分布
c 大気の乱れ
d 気温勾配(逆転層調査)

(ウ) 風洞試験
 当該調査地域の地型模型を作り、その上に個々の企業から提出された将来の立地計画に基づき、将来の企業立地状況を構成する。この模型工業地帯を、先に調査された拡散条件を組み入れた風洞施設の中に入れ、個々の模型工場の煙突より煙を出して、将来の地域全体の汚染状況を推測する。
(エ) 拡散理論計算
 個々の企業の立地計画に基づき当該調査地域の将来の汚染状況を、理論拡散式を用いて電子計算機により予測する。


イ 水質関係
(ア) 海況調査
 現地の海況特性および模型実験の実施条件(潮流の流向、流速、潮位等)決定のための下記の調査を実施する。
a 流向、流速
b 潮位
c 水温、塩分濃度
d その他、放流用標識を流し、主たる沿岸流を観察する。
(イ) 現地実験
 現地調査は、工場排水と同一の拡散を示すトレーサー(ウラニンまたはローダミン)を放流し、現実に工場排水がどのように拡散希釈されるかを調査し、この結果から工場排水の移送状況を予測するとともに拡散効果を示す拡散計数を算定する。
(ウ) 模型実験
 模型実験は、現在および将来の地形に調査海域と同様の潮流の流向、流速、潮位を与えて、希釈拡散状況を調査は握するもので、これにより現地の調査実験結果との対比および工業開発後の将来における拡散状況をは握する。
(エ) 濃度分布図作成
 海況調査、現地実験および模型実験を統合して工業開発後の将来海域における工場排水による汚染濃度の予測分布図を作成する。
ウ 企業指導
 風洞実験、水理模型実験等により、将来における汚染状況を予測し、たとえば、いおう酸化物に関する環境基準の達成等の目標とすべき環境条件を考慮しつつ、地域全体の重合された環境汚染の改善を図っている。その際、汚染寄与割合に応じて個別工場について具体的な改善目標を示すこととしている。この場合、工場配置、生産設備、使用燃料、原料、煙突高さ、本数、排水処理施設等についても具体的な改善指導を行なうこととしている。
 個別工場が指導方針にしたがって改善計画を作成したときは、その実施の可能性をチェックし、地域全体の汚染が目標値に達しているかどうかの確認を行なうこととしている。
(6) 調査結果のアフターケア―電算方式によるシミュレーションシステムの導入―
ア 産業公害総合事前調査は、主として5〜10年先の企業の新増設計画の事前指導を行なっているため、計画の確実な実施を指導監督してゆく必要がある。このため、地域によっては、地方公共団体と企業が企業指導の結果を折り込んだ改善計画を内容とする公害防止協定の締結、また、調査結果を参考とする条例の制定による規制等によりアフターケアを行なっている。さらに各企業が自主的な組織を設けて相互に監督しているケースや地方公共団体が年次別の実施計画の提出を企業に求めるケースもある。
イ 5〜10年先の新増設計画であるため、経済情勢の変化や経営計画の変更等に起因して、これらの新増設計画が変更される場合が生ずる。
 また、地方公共団体においても、開発計画や土地利用の変更を行なう場合がある。
 このような情勢に迅速に対処して、公害の発生の未然防止に努める必要がある。
 このため、従来においては「補完調査」と称して新しい計画を基に、改めて同様の調査に基づく改善指導が行なわれてきた。
ウ しかし、この方法は時間的にも、経費的にも問題が多い。このため、新しい手法の開発が急務となっている。
 この対策として、通商産業省が現在開発を進めているものに「電算方式によるシミュレーションシステム方式」がある。この方式は、大型電子計算機を活用し、風洞実験または水理模型実験の代わりに理論拡散式を用いてシミュレーションを行なうものである。すなわち、?従来の調査で得た気象条件、煙源条件(または海象条件、排水条件)等必要なデータを電子計算機に記憶させるとともに?各地域の地形や気象海象条件等に応じて、開発または修正した理論拡散式体系を利用し?企業の新増設計画の変更があっても、迅速かつ弾力的にその個別の汚染予測とともに地域全体の汚染状態を予測することができるようにするものである。大気関係については44年度から、水質関係については45年度から開発に着手しており、一部事前調査における汚染予測の用に供している。なお、このシステムを図に示すと第3-15-2図のようになる。
 この方式の実用化によって、調査結果のアフターケアは著しくスピードを増し、企業計画の変更に適切に対応することが可能となるほか、地方公共団体がコンビナート用地を造成し、企業誘致を行なおうとする場合、導入する業種その規模、その公害防止基準を事前に知ることが可能となるなど、未然防止を目的とする公害防止指導行政は新しい段階を迎えることになる。

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