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第1節 

1 大気汚染防止法の改正

 わが国産業経済の拡大と都市の人口集中さらにモータリーゼーションの進展等に伴い、ばい煙等による大気汚染はますます広域化する一方、カドミウムおよびふっ化水素等の有害な物質やセメントふんじんなど、物の破砕に伴い発生するふんじんによる公害のひん発、さらに昨年の自動車排出ガスによる鉛汚染、とくに光化学スモッグ事件の発生等にみられるように、今日の大気汚染の現象は広域化し多様化し、かつ、深刻の度を深めつつある。このような状況に対処し、真に大気汚染を除去し、公害から国民を守るためには、昭和43年6月に制定された大気汚染防止法では規制対象地域、規制対象物質、規制方法等の諸点で不十分であることが認識されるに至り、大気汚染の早急な改善と防止の徹底を期すべく、45年12月の第64回国会において大気汚染防止法の一部を改正する法律が成立した。
 今回の法改正のおもな内容は次のとおりである。
 第1に、本法の目的規定を改正し、産業の健全な発展との調和に関する条項を削除した。
 本法の目的は、大気汚染の防止を図ることによって人の健康を保護し、生活環境を保全することにある。生活環境の保全については、産業の健全な発展との調和が図られることとするいわゆる調和条項が定められていたのを、公害対策基本法の目的規定の改正に即して今回これを削除したものである。
 第2に、ばい煙の排出を規制する地域を全国に拡大することとし、現行の指定地域制を廃止した。
 従来、本法によるばい煙の排出規制は、ばい煙発生施設が集合して設置されている地域で大気汚染が著しいなど一定の地域を指定し、この地域に限って行なわれてきた。
 しかし、今日の大気汚染は全国に拡大する傾向にあり、制度的にともすれば汚染がある程度進行してから指定されることとなりやすいという欠点、さらに汚染が進行していない地域であってもその良好な環境を保全していくことが要請されるに至り、規制を全国に及ぼしたものである。
 規制対象地域の全国拡大により、ばい煙発生施設を設置する工場および事業場は、全国いずれの地域に立地するものであれ、すべて本法に基づく排出規制が及ぶこととなり、大気汚染の事前防止の徹底が図られることとなる。
 第3に、規制対象物質の拡大である。
 従来、ばい煙として規制される物質としては、燃焼過程から生ずるいおう酸化物および物の燃焼または熱源としての電気の使用に伴い発生するばいじん(従来の「すすその他のふんじん」)が定められていたが、今回、ばい煙の定義を拡大し、これらの物質のほか新たに物の燃焼、合成分解その他の処理(機械的処理を除く)に伴い発生する物質のうち、人の健康または生活環境に係る被害を生ずるおそれのあるカドミウム、塩素、ふっ化水素、鉛その他の政令で定める物質(有害物質)を加えた。
 なお、このほか有害物質としては、塩化水素、クロム、マンガンや光化学スモッグの原因物質といわれる窒素酸化物等がある。燃焼過程以外から発生するふんじんについては工場、事業場における物の破砕、選別等の機械的処理に伴い発生するふんじんまたは鉱石等の原料置場等から飛散するふんじんについても規制措置を講ずることとした。自動車排出ガスとして規制すべき物質としては、従来の一酸化炭素に、新たに炭化水素、鉛を例示として加えたが、このほか窒素酸化物等も考えられている。
 第4に、排出基準設定方式の合理化である。
 従来、ばい煙に係る排出基準は、地域ごとに設定する方式がとられていたが、今回全国一律に改定することとし、都道府県は、国の設定する排出基準によっては当該区域の自然的社会的条件から判断して住民の健康または生活環境を保全することが十分でないと認められる場合は、条例で国が定めた排出基準に代えて適用すべき国の排出基準よりきびしい基準(いわゆる上乗せ基準)を定めることができることとした。
 この場合、いおう酸化物については、従来どおり国が地域の汚染の程度等に応じて地域ごとに排出基準を設定することとし、都道府県の条例による上乗せはできないことになっている。これは、いおう酸化物による汚染の防止を図るためには低いおう燃料の使用が不可欠であるが、わが国の現状においては、その確保供給に限界があり、全国の需給関係を基礎に国が目下推進中の低いおう化計画との整合性を図ることが必要であることから、国が一元的に定めることとしたものである。したがって、いおう酸化物に係る排出基準については、あらかじめ都道府県知事の意見をきいて全国を汚染類型に区分し、その類型地域ごとに合理的なものを設定していくこととなる。
 いおう酸化物の排出基準については、従来どおり量規制方式(単位時間当たりの排出量の規制で、有効煙突高に応じて定める方式、q=K×10
-3
He
2
という拡散公式によって表わされるのでK値規制ともいっている)をとり、ばいじんについては、従来の施設の種類ごとの濃度規制方式(単位排出ガス量中に含まれるばいじん量=濃度を規制する方式)に加えて、新たに施設の規模ごとに設定できることに改めた。また、有害物質の排出基準については、有害物質の種類および施設の種類ごとの濃度規制方式をとることとした。
 第5に、排出基準違反に対する措置の強化である。
 従来、ばい煙排出者は排出基準を遵守する義務が課されていたが、この義務違反に対する罰則規定はなく、計画変更命令、改善命令等の違反に罰則を設けることにより間接的にその実効性が担保されるにすぎなかった。今回、ばい煙排出者は排出基準に適合しないばい煙を排出してはならないとし、排出基準違反にはただちに罰則が適用されるいわゆる直罰方式を導入した。これは、もはや改善命令による改善をまつまでもなく、排出基準違反者には直罰の適用をもって臨むことにより大気汚染の未然防止の徹底を図る必要があることによるものである。
 排出基準違反に対する直罰規定が設けられたことに伴い、単発的違反には直罰規定により対処することとし、改善命令は、ばい煙発生施設等の不備のため継続的に排出基準に適合しないばい煙を排出し、またはそのおそれがある場合に発動するものとし、人の健康または生活環境に係る被害の発生を未然に防止することに重点を移すこととした。これに伴いばい煙発生施設の構造等の改善命令と同時に、その一時使用停止命令を行なうことができるように改めた。
 第6に、都市中心部の地域の大気汚染防止対策として新たに燃料規制を導入した。
 都市中心部におけるビル街等においては、年間を通じた汚染濃度はそれほど高くない場合であっても、とくに冬期に汚染が著しくなり、いわゆるスモッグ現象が生ずる例がある。これは、ビル街等の区域においては、周囲のビルなどの建築物のためばい煙の拡散状況が劣悪なうえ、とくに冬期においては逆転層の出現等気象状況の悪化に加え、ビル暖房等による燃料使用量の増加が著しいことによる。このような地域については、従来の拡散を前提とするいおう酸化物の排出基準の強化によっては有効に対処することが困難であることから、いわば長期の「緊急時の措置」という観点から、新たに、より直接的な手法として燃料面からの規制を行なうこととしたものである。
 燃料の規制措置は、燃料の使用を規制する地域を政令で定め、都道府県知事は主務大臣の定める基準に従って燃料使用基準を定め、当該基準に適合しない燃料(重油)を使用している者に対し期間を定めてばい煙量を減少するため良質な燃料の使用または使用量の削減を勧告し、勧告に従わない者に対してはその実施を命ずるしくみとなっている。
 第7に、燃焼過程以外から発生するふんじんについても規制措置を行なうこととした。
 物の破砕、選別等の機械的処理に伴って発生するふんじんや堆積物から飛散するふんじんについても規制を及ぼすこととした。これに伴いふんじんを発生排出し、または飛散させるクラシャー・ミルなどの粉砕機、コンベヤー、石炭・鉱石等の置場(ヤード)等のうち大気汚染の原因となる程度の規模等を有するものをふんじん発生施設として政令で定め、これを設置しようとする者は事前の届出を要することとし、散水設備、集じん装置およびその管理等につき定める「構造並びに使用及び管理基準」の遵守義務を課すとともに、これに従わない者に対し、都道府県知事は、基準適合命令または一時使用停止命令を発することができることとした。
 第8に、急激に大気汚染が発生した場合における緊急時の措置の強化である。
 特殊な気象条件等の影響で大気汚染が著しくなり、人の健康に被害を生ずるおそれがあるような緊急事態が発生した場合の措置を強化した。すなわち、緊急事態において、都道府県知事はばい煙排出者または自動車運転者等に対しばい煙の排出量の減少または自動車の運行の自主的制限について協力を求める措置に加えて、気象状況の影響により大気の汚染が急激に悪化し、人の健康または生活環境に重大な被害が生ずるような事態が発生した場合には、都道府県知事は、ばい煙の排出の減少等事態の改善に必要な措置をばい煙排出者に命じ、当該事態が自動車排出ガスに起因する場合は都道府県公安委員会に対し交通規制等道路交通法上の措置をとるべきことを要請するものとした。
 なお、自動車排出ガス対策としては、従来自動車排出ガスの許容限度を定めることによる個々の自動車排出ガス対策のみでは、今日の自動車交通量の急増とこれに伴う交通渋滞等により生ずる大気の汚染は避けられない状況にあるため、今回の改正法では「緊急時の措置」を実施する場合のほか、都道府県知事は、交差点等周辺地域の大気の汚染が一定限度をこえていると認められるときは、都道府県公安委員会に対して道路交通法上の措置をとるべきことを要請する旨の規定を設けた。
 第9に、都道府県知事は一部条項について適用除外となっている、火力発電所等のばい煙発生施設についても大気の汚染に伴う人の健康または生活環境に係る被害を生ずるおそれがあると認めるときは、通商産業大臣に対し、電気事業法等の規定による必要な措置をとるべきことを要請することができるものとし、あわせてこれに伴う立入検査等ができることとした。
 その他アンモニアなどの特定物質(従来の「特定有害物質」)が事故により多量に排出された場合には、都道府県知事はその事故の拡大または再発の防止のため必要な措置を命ずることができることとした。
 また、都道府県知事の大気汚染の状況の公表に関する規定を新たに設けたほか、本法で規制するばい煙発生施設についても本法で規制する物質以外の物質について条例で必要な規制を定めることを妨げないことなどの規定を設けた。

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