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第3節 

1 被害補償を求める動き

 これまでの住民運動は、現実に公害によって被害を受けた住民を中心として、その被害に対して補償を求め、また原因者の責任を明確にさせることをめざして始められるものが多かった。古くは、足尾の鉱毒事件をはじめとして、水俣湾(熊本県)、水島(岡山県)、四日市(三重県)の異臭魚買取りなどの漁業補償、神通川下流域(富山県)の農業補償等をめぐる住民の運動があげられる。また、水俣病事件、イタイイタイ病事件、阿賀野川有機水銀中毒事件、四日市ゼンソク事件の四大公害裁判の動きにみられるように、水俣病を告発する会等の公害被害者の裁判活動等を支援するための組織も結成されている。
 45年5月25日、厚生大臣が人選をあっせんした水俣病補償処理委員会(千種達夫座長)は、水俣病患者家庭互助会(一任派)とチッソ株式会社に補償案を提示し、27日には交渉が妥結し、死亡者については一時金最高400万円、生存者については一時金最高220万円・年金最高38万円のほか医療費等の支払を内容とする和解契約が結ばれた。
 45年6月、黒部市(富山県)のカドミウム汚染事件に関し、日本鉱業三日市製錬所は、農家223戸に対し、45年産米の補償として、3,300万円を支払うことを約し、補償交渉がまとまった。
 45年7月には大牟田市(福岡県)の三井金属三池製錬所と漁業協同組合との間に公害補償等をめぐる覚書が交され、また、8月に、安中市(群馬県)のカドミウム汚染米に対する補償交渉も、東邦亜鉛安中製錬所と地域住民約30戸の結成した団体との間に妥結し、覚書を交換した(農地約8.8ha、総額約770万円)。
 なお、水俣病に関するチッソ株式会社の責任を追及し、補償の確実な履行を求める被害者とその支援団体が、会社の株を購入し、11月の株主総会に出席した「一株運動」が、世論の関心をひいた。

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