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第4節 

2 今後における公害対策の課題と方向

 人間の旺盛な諸活動によってもたらされる環境の汚染は、いまや局地的に地域の生活環境を破壊し、地域住民の健康で快適な生活を妨げているばかりでなく、地球的な規模での自然環境そのものを破綻させる危険すら憂慮されている。かつては無限なものと考えられていた大気や海洋の自浄能力も巨大化した排出物のまえにその機能を減退しつつある。
 このような現実をふまえての現在および今後の公害対策においては、もはや環境汚染の問題をたんに地域的、局地的な問題としてその対症療法的な処理にのみ終始することは出来ず、国際的な協力のもとに、全地球的な環境汚染の動向を的確には握し、環境に排出される汚染物質の質および総量を自然の自浄能力の限界内にとどめ、これを自然界の物質循環のサイクルに乗せうるようにするという抜本的な対策にも十分配慮してゆかなければならない。
 さきの臨時国会における公害関係法の改正整備等により、わが国の公害対策の法体系も、このような現在および将来の要請に応え環境保全対策を拡充強化できる方向において改善整備をみたところであるので、今後は、かかる法の理念を現実化できるよう必要な規制措置等の厳格なる実施に努めるとともに、当面とくに次のような諸施策の実施を推進する必要がある。
 第1は、環境基準の設定の推進と基礎的な研究の拡充強化である。すでに設定をみた人の健康に係るいおう酸化物および一酸化炭素の環境基準ならびに水質汚濁に関する総合的な環境基準に引き続き、その他の主要な大気汚染物質である浮遊ふんじん、窒素酸化物、鉛等に関する環境基準や騒音に関する環境基準の設定を推進し、公害防止の具体的な目標を総合的、体系的に明らかにする必要がある。なお、とくに、公害問題の現状にかんがみ、従来、検討のおくれていたこれらの各種大気汚染物質についての生活環境に係る環境基準の設定をも同時に促進する必要がある。このためには、大気汚染、水質汚濁、騒音等が、人の健康や生活環境に及ぼす影響についての研究をさらに拡充強化できる体制を整備するほか、地球的な規模における環境のトータル・システムに関する研究等をも推進しなければならない。
 第2は、汚染状況に関する調査および監視測定体制の整備である。公害の事前防止を期するためには、汚染動向の正確なは握が不可欠の要件である。このため、国および地方公共団体が協力して、十分なる監視測定網の整備を図るとともに、必要に応じて随時所要の調査を実施できる体制の確立を図ることが重要である。さらに環境問題の現状にかんがみ、諸外国との協力のもとに国際的な環境監視体制について検討する必要がある。
 第3は、土地利用の適正化の推進である。とくに、わが国のように超高密度社会においては、公害防止という見地から限られた国土を有効に利用することが必要であり、新たな公害を招くスプロールの拡大を防ぎ、あるいは公害防止への配慮を欠いた産業都市の発生を事前に防止するよう、適切な土地利用計画の確立や産業立地の適正化を図るとともに、とくに公園緑地等公共空地の拡大、用途地域の純化等を促進する必要がある。
 第4は、公害防止技術開発の促進である。公害防止にとって技術開発は不可欠のものであり、公害の発生源に対する規制措置を実効あらしめるためにも効果的な防止技術の開発、応用が重要である。このため、重油直接脱硫技術や排煙脱硫技術の促進、自動車排出ガスによる大気汚染防止技術、各種排水処理技術、その他の各種公害防止技術および計測技術の開発がきわめて重要である。
 第5は、公害防止計画の策定、実施の推進である。わが国においては、すでに健康被害の発生というような重大な公害問題を生じている地域や今後の推移いかんによってはそのおそれのある地域の出現をみている。公害対策の重点を汚染対策からマクロ的な環境汚染対策へと移行させなければならないような情勢が現出しつつある現在、このような問題地域については、さらに、公害防止計画の策定および実施を促進し、事態の早期改善を図る必要がある。
 第6は、公害の防止に関する公共的な環境施設の整備の推進である。すなわち、下水道、廃棄物処理施設、工業用水道、緩衝緑地等各般にわたる環境施設の整備をさらに促進する必要のあることはもちろん、今後はさらに環境科学の成果をふまえて積極的に自然の自浄作用の増進に資するよう森林の保護・造成、河川流況の改善等についても積極的な検討を行なう必要がある。
 第7は、公害防止施設の整備に対する助成である。公害の防止に実効を期するためには、法律に基づく規制とならんで公害防止施設を整備することが重要であり、このためとくに中小企業を重点に、公害防止施設に対する金融、税制上の助成を拡充、強化することが必要である。
 第8は、国際的な協力体制の拡充強化である。公害問題が局地的にいまだ深刻な問題を残しながらも、国際的な問題へと発展しつつある現在、監視測定網の確立や規制の実施面のみならず、防止技術、計測技術の開発等の面においても国際的な協力体制の拡充強化をさらに推進する必要がある。
 以上のような諸施策の推進により、公害防止施策の円滑かつ十分なる実施を期するとともに、すでに重大な公害事件の発生をみているわが国においては、公害被害についての合理的な負担を実現し、公害被害者の保護に資する、いわゆる無過失責任制の確立等についても、早急に検討をすすめる必要がある。
 これらの諸施策は、いれずも現在なお解決困難な多くの問題をかかえ、その十分な実現を期することは必ずしも容易ではない。しかし、環境はわれわれの生存そのものを支えるかけがえのない人類共通の資産であるという認識をもち、科学的な調査研究の成果に基づき、これらの諸施策を総力をあげて、確実に実施することは、より健康な生活、より豊かな社会の実現にとって不可欠な要件といえる。

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