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第4節 

1 公害対策の進展

 わが国においては、逐年深刻化の様相を呈している公害問題に対処するため、昭和42年の公害対策基本法の制定を契機として、各種公害対策の体系的、総合的整備に努められてきており、45年においても、ばい煙の排出規制の強化、排水規制対象水域の拡大および水質基準の強化、公害防止施設整備に対する助成の拡充、公害防止技術開発の促進、公害紛争処理制度の確立等その拡充整備が図られてきたが、わが国の公害は、これらの施策の効果をこえて一層拡大し、深刻化するに至っている。とくに、45年においては、法律に基づく規制措置が実施されていない地域や水域における公害問題がひん発したほか、光化学スモッグ事件や自動車排出ガスによる鉛汚染の問題等未規制物質による新たな公害問題の発生をもみるなど、従来の公害関係法体系のもとでは、十分な事前防止を期しえないような局面も出現するに至っている。
 このような公害の現状に十分に対処しうる体制を整備するため、45年末の第64回国会において、公害関係法体系の抜本的改正整備が行なわれたほか、現在これらの公害関係施策の一元的な実施を図るための環境庁設置の作業が進められているなど、画期的な施策が講じられている。これらを含め、この1年間に進展した主な公害関係施策は、次のとおりである。
(1) 公害関係法体系の整備
 政府は、事前防止対策の拡充強化を中心に、公害関係法全般にわたって、根本的な再検討を行ない、公害対策基本法の一部改正法等次の14の法律の制定または改正を国会に提案した。国会においては、これらの法案について集中的審議が行なわれ、公害防止事業者負担法案等の法案については一部修正のうえ、提案された14法案のすべてが制定された。すなわち、?公害対策基本法(一部改正)、?公害防止事業費事業者負担法(新規制定)、?人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律(新規制定)、?大気汚染防止法(一部改正)、?騒音規制法(一部改正)、?道路交通法(一部改正)、?水質汚濁防止法(新規制定。これに伴い水質保全法および工場排水規制法は廃止)、?海洋汚染防止法(新規制定。これに伴い船舶の油による海水の汚濁の防止に関する法律は廃止)、?下水道法(一部改正)、?農用地の土壌の汚染防止等に関する法律(新規制定)、?農薬取締法(一部改正)、?廃棄物の処理及び清掃に関する法律(清掃法の全部改正)、?自然公園法(一部改正)、?毒物及び劇物取締法(一部改正)である。
 これらの法律の制定または改正によって改善、整備された公害対策の主な内容は次のとおりである。
 第1は、環境保全対策の拡充強化である。最近の公害の現状は、生活環境の悪化も終局的には健康被害の発生をもたらすおそれがあるのみならず、公害の事前防止の徹底を期するためには、環境保全対策の拡充強化を図る必要のあることを強く認識させるに至った。一方、従来の公害対策基本法等においては、国民の健康の保護とともに生活環境の保全を図ることを目的とすることを明確に規定しながらも、同時に、「生活環境の保全については、経済の健全な発展との調和が図られるようにするものとする」という、いわゆる「経済発展との調和条項」が設けられていたため、公害の防止に関する国の基本的な姿勢について種々の論議をよぶこととなった。このため、今回の公害関係法の改正整備においては、公害対策基本法等から生活環境の保全と経済の健全な発展との調和に関する規定を削除し、生活環境の保全を国民の健康の保護とならぶ公害防止の第一義的な目的として明確に位置づけ、公害の防止に取り組む国の姿勢をより明確化するとともに、大気汚染防止法や水質汚濁防止法による規制の実施面においても、指定地域性、指定水域制も廃止し、国土の全域において規制を実施することとしたほか、生活環境に被害を及ぼすおそれのある物質についても、健康に被害を及ぼすおそれのある物質と同様、これを規制の対象として政令で指定し、きびしい排出規制を実施できる途を開くなど、生活環境保全対策を画期的に拡充強化しうる諸措置が講ぜられた。
 その他の規制法についても、例えば、海洋汚染防止法においては、全海域において規制を実施することとし、騒音規制法においては、規制対象地域の範囲を騒音から住民の生活環境を保全する必要のある地域の全域に拡大するなどの改善措置が講ぜられた。
 第2は、公害の範囲の拡大である。従来の公害対策基本法は、いわゆる典型公害として、大気の汚染、水質の汚濁、騒音、振動、地盤の沈下および悪臭の6種を定めていたが、カドミウムによる汚染問題のひん発などの現況にかんがみ、新たに「土壌の汚染」が典型公害の1つとして追加されたほか、水質問題については、冷却用水等による温排水問題やヘドロ問題等についても、これを公害として対処できるようにするため「水質の汚濁」に、「水質以外の水の状態、または水底の底質の悪化」を含むものであることが明記され、「水質の汚濁」の範囲が拡大された。
 第3は、規制の強化である。重大な被害をもたらすおそれのある大気汚染、水質汚濁については、前述のように規制対象地水域の範囲、規制対象物質の範囲を拡大するとともに、規制基準に違反する排出を行なった者について、ただちに刑罰を科すことの出来るいわゆる直罰主義が採用された。また、規制基準に違反する施設については、改善命令を介在させることなく、ただちに施設の使用の一時停止を命ずることが出来るものとされ、水質汚濁防止法においてはさらに排出水の排出の一時停止をも命ずることができるものとされた。また、いわゆる緊急時の措置についても、大気汚染防止法においては、従来の勧告が命令に改められ、水質汚濁防止法ではこれが制度化された。
 人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律の制定により、工場または事業場における事業活動に伴って公衆の生命または身体に危険を生じさせるような行為を行なった者およびその者の雇用主に刑事罰を科することとなった。
 従来、適切な対策が講じられがたかった自動車交通に起因する大気の汚染、騒音については、大気汚染防止法および騒音規制法において対策が盛り込まれたほか、道路交通法の改正により交通公害として、通行の禁止や制限等の道路交通法上の措置が講じられることとなった。
 また、環境を汚染し、公害を発生させるおそれのある廃棄物、農薬、毒物・劇物についても廃棄物の処理及び清掃に関する法律および海洋汚染防止法の制定、農薬取締法および毒物及び劇物取締法の一部改正によってそれぞれ規制が強化され、自然公園法の一部改正によって、自然公園地域における排水等に関する規制措置が強化された。
 第4は、事業者責任の明確化である。大気汚染防止法等の規制法規の改正整備により、公害の原因となるような事業活動についてはきびしい規制措置が実施されることとなったほか、公害対策基本法制定以来の懸案であった公害防止事業費事業者負担法の制定により、事業活動に伴う公害を防止する目的で国または地方公共団体が行なう公害防止事業についての事業者の費用負担義務が具体化されることとなった。
 第5は、地方公共団体の権限の強化である。改正後の大気汚染防止法および水質汚濁防止法においては、いおう酸化物の大気中への排出に係る規制基準を除き、国は全国一律の規制基準を設定することとし、都道府県は地域の自然的、社会的状況により国が設定した規制基準によっては、その地域の公害を防止するに十分でないと認めるときは、条例で、国の規制基準にかえて適用すべきよりきびしい規制基準を設定できるものとするなど、都道府県に大幅な規制基準の設定権を委譲している。なお、いおう酸化物による大気汚染については、季節により燃料の使用量に著しい変動があるいおう酸化物に係るばい煙発生施設が密集して設置されている地域として政令で定める地域については、都道府県知事が、国が定める基準の範囲内で燃料使用基準を定め、その基準に適合しない燃料の使用を行なっている者に対しては、燃料使用基準に従うべきことの勧告、命令を行なうことができるものとされている。また、公害対策基本法においても、環境基準が2つ以上の類型を設け、かつ、それぞれの類型をあてはめるべき地域または水域を指定すべきものとして設定された場合には、いわゆるそのあてはめ権限を都道府県知事に委任することができるものとされた。
 第6は、公害防止のための公共事業の実施の推進である。公害対策基本法や下水道法の改正、廃棄物の処理及び清掃に関する法律の制定等によって、主として都道府県による流域下水道事業や地方公共団体の手による廃棄物処理事業が推進されることとなった。また、農用地の土壌の汚染防止等に関する法律の制定により農用地土壌汚染対策地域について汚染防止のためのかんがい排水施設等の整備や汚染農用地についての客土事業等が推進されることとなった。
 また、これら14法の改正整備に先立って、第63回通常国会においては、公害紛争の迅速かつ適正な解決を図ることを目的とした公害紛争処理法が制定され、45年11月1日から施行されている。
 さらに、第65回通常国会には、悪臭防止法案、公害の防止に関する事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律案、特定工場における公害防止組織の整備に関する法律案等が提案されている。
(2) 公害防止施策の一元的実施の体制の整備
 現在の複雑多様化している公害問題の解決を図るためには、公害発生源についての規制措置のみならず、土地利用規制、立地規制、環境施設の整備、防止技術の開発等各種の施策の実施を必要としている。
 公害対策の効果的な推進に必要なこれらの関係施策の総合的かつ計画的実施を図るため、すでに公害対策基本法の規定に基づき、総理府に、内閣総理大臣を長とし関係閣僚をもって構成する公害対策会議が置かれており各省庁に分担されている関係施策の総合調整が行なわれているが、激化しつつある公害問題の現状に対処し、公害関係施策を一元的かつ総合的に実施する体制をさらに強化するため、45年7月31日閣議決定により内閣総理大臣を本部長とし、総理府総務長官を副本部長とする公害対策本部が設置され、常時、関係各省庁間における関係施策の調整が行なわれている。
 この公害対策本部の設置は、さきの14法案の策定、公害防止計画の推進等にあたっても大きな効果をあげているが、政府はさらに公害関係施策の一元的かつ強力な実施体制の整備を図るため、環境庁を設置し、現在各省庁に分掌されている公害関係施策の大部分をこれに所掌させる方針で、現在環境庁設置法案を第65回国会に提案している。同法案によれば環境庁には、大臣官房ならびに企画調整、自然保護、大気保全および水質保全の4局のほか附属機関として国立公害研究所および公害研修所の設置が予定されている。
(3) 環境基準設定の推進
 公害対策推進の目標となる公害対策基本法第9条に基づく環境基準は、大気汚染については、44年2月にいおう酸化物に係る環境基準が設定されたのに続き、45年2月には一酸化炭素に係る環境基準が設定された。水質汚濁関係では、45年4月に水質汚濁に係る総合的な環境基準が設定され、同年5月に同環境基準の基準項目を追加する改正が行なわれ、また同年9月には、生活環境の保全に係る基準に関し、49水域につき水域類型のあてはめが行なわれた。現在、引き続き、騒音、浮遊ふんじん、窒素酸化物、鉛等に係る環境基準の設定の作業が進められている。
(4) 公害防止計画
 公害対策基本法第19条に基づき、公害の著しい地域や公害が著しくなるおそれのある地域について国の指示に基づく総合的な公害防止計画の策定の作業が進められている。その第1陣として、千葉・市原、四日市、水島の3地域については44年5月に内閣総理大臣が公害防止計画の基本方針を示して、その策定を指示していたが、45年11月、関係3県の知事から同計画が提出され、同年12月には、これらの計画について内閣総理大臣の承認が与えられた。ついで公害防止計画策定の指示が予定されている東京、神奈川、大阪の3地域については、45年7月厚生省の委嘱により検討を進めていた公害防止計画委員会から基本方針についての同委員会案が提出され、現在、これを基礎として政府部内においてこれらの地域に示すべき基本方針案の検討が進められている。また、45年度においては、鹿島、名古屋、尼崎、北九州、大分の5地域について、基本方針の作成に必要な所要の調査等が実施された。

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