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第4節 

1 微量重金属による被害の防止

 政府は、イタイイタイ病については昭和43年5月、水俣および阿賀野川の水俣病については43年9月、それぞれ公害による被害と認定する見解を明らかにした。これらの公害事件は、工場や鉱山からの排水に含有される水銀やカドミウムによる河川や海域の水質汚染の程度がきわめてわずかなものであっても、それらが、その水域に生息する魚介類やその水を利用して栽培する農作物の中に蓄積する結果、その動植物はメチル水銀化合物やカドミウムを多量に含有する汚染動植物となり、それがさらには食品連鎖の中にはまりこみ、終局的には、人の健康に危害を与えるという特異な環境汚染の問題を提起した。
 厚生省は、40年度い以来カドミウムや水銀についての広範な環境汚染の調査研究を進め、その成果に基づく暫定対策を実施しているところであるが、引き続きこのような環境汚染問題が生物および人体等におよぼす影響の究明を進めて、恒久的対策の確立を急いでいるところである。このうち、メチル水銀の排出規制は水質保全法によって実施に移され、カドミウムについても鉱山保安法に基づく監督基準や水道水の水質基準の中に取り入れられ、所要の措置が講ぜられている。なお、これらにあわせてクローム等を含有する排水の規制も強化されるにいたった。
(1) 水銀化合物による被害防止
 熊本県、新潟県におけるメチル水銀中毒症の原因等の究明の結果、次のようなことが解明された。まず中毒発生の主要成分はメチル水銀化合物であること、水銀または水銀塩を媒体として用いた化学工業でメチル水銀化合物を生ずる工程があること、メチル水銀化合物によって汚染された水域では、水の中ではメチル水銀が検出されないほど微量であっても、魚介類の中に同化合物が濃縮されており、人体影響はかかる魚介類を長期かつ大量に摂取する人々の間に発生するということが明らかにされた。
 41年以来厚生省は、全国の水銀工場をリストアップし、主要なところから工場排水中の水銀量の調査を行なっており、その量を勘案しながら必要に応じて当該水域の魚介類中の水銀量を調査している。この調査は現在も続行中であるが、幸いその後、水俣湾あるいは阿賀野川に匹敵するような水銀汚染魚介類のあるところは見いだされていない。
 調査の進行につれて、魚介類は、自然の状態においてもごくわずかの水銀を含有し、その一部はメチル水銀であること、一部の工場の排水の影響を受けるところや地質の中の水銀の含有量の多い水域の中に住む魚介類はやや高い水銀の含有量を示すこと、さらには水俣湾や阿賀野川では、魚介類中のメチル水銀の含有量が異常に高いことなどがわかってきた。こうした調査研究結果に基づき、厚生省は昭和43年8月に水銀による環境汚染暫定対策を明らかにし、水質調査の結果のみでなく、水域の魚類の水銀含有量の分布などの生物学的汚染指標をも取り入れて、防止対策を進めることとした。また、同時に魚介類が一定以上汚染しているときには、必要であれば警告を行なうとともに、発症しないまでも人体影響が潜行しているかどうかを毛髪中の水銀を分析することによってスクリーニングをするという予防方式を打ち出した。
 水銀による環境汚染調査の実施の状況は、魚介類の水銀を調べた水域は43年度までに29水域、44年度は約20水域である。この調査により、42年度には小矢部川において魚介類中のメチル水銀がやや多いと目されたことから直ちに漁獲制限が行なわれたが、引き続きさらに詳細な調査が行なわれ、その結果現状において特に問題がないとの結論が得られている。また、昭和43年には神通川および芳野川の2ヶ所において魚の水銀含有量が比較的多く検出されたため、補完調査を急ぎ行なった結果、とくに長期にわたり異常に大量に魚を摂取しないかぎり、人体影響のおそれがないことを確かめた。現在、ぞの原因等について調査研究を続けている。
 これらの調査と並行して公害研究委託費によって水銀による環境汚染や、その中における生物濃縮等の問題について、さらに広範な調査研究が進められている。このため、経済企画庁は、44年7月、29水域をとくに水銀関連に着目して、水質保全法に基づく指定水域として指定を行ない、メチル水銀が検出されないことを内容とする水質基準を設定し、工場要因による汚染の防止を図っている。
 また、水質保全法に従って排水規制を行なうため、工場排水規制法に基づく特定施設として「水銀電解法カセイソーダ製造業の用に供する施設のうち電解槽および塩水精製槽」ならびに「アセチレン誘導品製造業の用に供する施設のうち塩化ビニールモノマー洗浄施設」を指定した。
(2) カドミウム環境汚染による被害の防止
 イタイイタイ病認定患者については、水俣病患者と同様に、公害に係る健康被害の救済に関する特別措置を適用して、必要な措置を行っているほか、44年度においては43年度に引き続き、治療法の研究と当該地域住民の発病予防に関する研究を進めている。
 富山県神通川流域以外の地域におけるカドミウムによる環境汚染について、厚生省では43年度の調査研究結果から、宮城県栗原郡鉛川、ニ迫川流域、群馬県安中市周辺碓氷川・柳瀬川流域、長崎県下県郡佐須川・椎根川流域および大分県大野郡奥岳川流域の4地域を、カドミウムによる環境汚染の要観察地域(第3-5-1図および第3-5-2図参照)として、44年度から鉱山の監督官庁である通商産業省と協力しつつ必要な対策を進めていくこととした。すなわち、44年度において厚生省は、これら4地域について、地域住民の健康調査およびカドミウムの摂取と体内蓄積に関する調査を実施している。このほか、カドミウムによる大気汚染が予想される群馬県安中市においては、環境大気調査を実施し、健康調査の結果、イタイイタイ病またはカドミウム慢性中毒の鑑別診断が必要であると判断されたものについては、精密な鑑別診断を進めている。
 なお、これら地域以外についてもカドミウムによる環境汚染を未然に防止するため、厚生省では、全国のカドミウムを排出するおそれのある鉱業所、精錬所およびカドミウムメッキ工場、カドミウム電池、顔料等製造工場等カドミウム取扱い工場の周辺について、関係行政機関、都同府県と協力して、カドミウムによる環境汚染状況のは握に努めている。
 なお、カドミウム環境汚染対策を総合的、効率的に推進するため、厚生省は44年9月、全国都道府県知事に対しカドミウムによる環境汚染暫定対策要領を示し、カドミウム環境汚染について万全の措置をとるよう通達した。

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