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第3節 

3 大規模工業開発が進行中で大気汚染が問題化しつつある地域

(1) 千葉・市原・君津
 千葉県の浦安から富津に至る京葉工業地帯は、昭和25年の川崎製鉄の進出を軸として、32年以来の土地造成によって、44年9月現在題鉄鋼工場2か所、大規模石油化学コンビナート4か所が立地しており、これらの最終規模は第2-1-20表に示すとおりである。
 今後さらに二つもしくは三つのコンビナート計画がこれらに加わる可能性があり、60年には工業生産額7兆円、全国シェアが5.4%の世界最大級の工業地帯になることが予想されている。
 現在、日本経済の年率10%をこえる高度成長の中で、当地区も当初の予想をこえたテンポで生産設備の建設が進んでおり、いおう酸化物総排出量は、44年8月のばい煙発生施設総点検時において1時間当たり最大1万6,000Nm
3
(注)を上回り、重油使用量は毎時最大約1,380klに達する。最近の調査によれば、当地区の重油使用量は48年に毎時約2,300kl、最終(50〜55年)に毎時4,100klと予想されている。上述の総点検時における横浜・川崎地区の工場の重油使用量が、毎時最大約960kl、同じく北九州地区が約695klであることからみても千葉臨海工業地帯のスケールの大きさが想像できる。したがって大気汚染による公害を未然に防止するための立地指導、施設改善も再三行なわれており、燃料・原料の低いおう化、集合高煙突化、集じん装置・排煙脱硫装置の設置が進んでいる。
 当地区の主風向は夏には南西ないし南南西となり、千葉市方面へ線状的なコンビナートに沿って汚染質が運ばれ、重合汚染となる場合があり、また冬には、北西ないし北北西の風が臨海コンビナートからの汚染質を市原市や袖ヶ浦町内陸部へと運ぶ場合や静穏時の気温の逆転によって汚染される場合がある。
 当地区の大気汚染の状況は、第2-1-21表および第2-1-22表に示すとおりである。いおう酸化物については、42年度においては18測定点のうちで環境基準に適合しないもの7測定点であったものが、43年度においては、24測定点すべてが基準に適合しており、公害対策の効果が、千葉市および市原市五井地区の一部の汚染を改善するという形で現れている。しかし他方で大規模工業立地が、市原市姉崎地区・袖ヶ浦町方面へと展開しつつ、全般的に行なわれるととともに、集合高煙突による汚染の広域化が進行しつつあるが、現在、後背地には十分な測定網が張られておらず、その広がりを正確には握できていない。今後の急速な生産設備の立地・稼動を考えると当地区の大気汚染を予防し、環境基準を維持するためには、類例をみない強力な対策が必要であるといえよう。
 (注)Nm
3
とは、温度0℃、圧力1気圧における体積を立方メートル単位であらわしたものである。


(2) 名古屋南部・衣浦
 中京工業地帯のいっそうの発展として、愛知県では、知多半島の両側に名古屋港地区ならびに衣浦港地区の臨海工業地帯の開発が行なわれており、工業整備特別地域に指定されている東三河地区とともにニ大工業基地を形成することが予想されている(第2-1-23表参照)。
 現在大気汚染防止法の指定地域には衣浦港地区は含まれていないが、44年8月のばい煙発生施設総点検時において、当地区の重油消費量は一時間当たり最大496kl、いおう酸化物総排出量は一時間あたり最大1万3,000Nm
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をこえた。
 当地区の主風向は、秋から冬にかけて北西であり、夏はあまり一定しない。西寄の風が、臨海部から汚染質を知多半島や内陸部に運ぶことが考えられるが、年間の風向頻度は東寄のものが弱く、北〜北西方向が最多であり、大気汚染上不利である。
 大気汚染物質からみると、当地区が鉄鋼・石油化学・電力等を中心とするコンビナートであることから、いおう酸化物以外に、各種粒子状物質も問題となろう。いおう酸化物濃度および浮遊ふんじん濃度でみた大気汚染の現状は第2-1-24表第2-1-25表および第2-1-26表のとおりである。全般的に工業化・都市化の進展とともに汚染の進行が顕著であり、43年において港保健所の年間平均値は0.055ppm、テレビ塔のそれは0.054ppm、北保健所のそれは0.052ppm(以上導電率法)と、いずれも環境基準に適合していない。当地区の導電率法の測定網は、汚染の状況を的確には握するには必らずしも十分には配置されていないため、二酸化鉛法による測定値をみると、名古屋港奥の名古屋市南区(43年平均値4.07mg・SO3/100cm2/日)、同港区(同3.79mg・SO3/100cm2/日)、東海市上野町(同2.97mg・SO3/100cm2/日)が高濃度であり、かなり汚染されていることがわかる。また衣浦港の奥にあたる高浜町や刈谷市も43年平均値2mg・SO3/100cm2/日をこえており、既設の工場等による汚染と考えられる。


(3) 水島
 瀬戸内海のほぼ中央に位置する岡山県倉敷市の水島臨海工業地帯は、輸送の便に恵まれ、また高梁川の豊富な水という有利な条件のもとで、28年以降開発が進められており、現在、鉄鋼・石油化学・電力・機械等の大規模工業が立地している(第2-1-27表参照)。44年8月のばい煙発生施設総点検時において、当地区のいおう酸化物排出量は、1時間当たり最大6,000Nm3をこえた。
 水島地区の風向を見ると、冬期を除いて、南〜南西の海風と北〜北東の陸風とが卓越しており、このうち大気汚染上からは南〜南西の海風が問題となり、とくに5、6、7月には海陸風に伴う高濃度の汚染状態になることが多い。
 水島地区のいおう酸化物濃度を第2-1-28表に示した。一部の測定点では高濃度(0.2ppm以上)となる時間が42年をピークとして漸減しているが全般的にみると工業開発の進展とともに、汚染の進行がみられる。43年における5測定点での測定によれば、年平均値でみると最高が水島港湾局の0.043ppmであるが、環境基準の各条件についてみると、3測定点が不適合となっている。44年における9か所の測定点についてみると、最高が宇野津の0.051ppmであり、次いで塩生0.050ppm、水島港湾局0.048ppm、第三福田小学校0.046ppm、第二福田小学校0.036ppmとなっており、これら5測定点は、環境基準のいずれかに不適合となっている。今後当地区は、なお大幅の生産拡大を予定しており、それに対する予防的対策と同時に、環境基準を達成・維持するためには、既汚染を大きく改善するような措置が不可欠であるといえよう。
 この目的に沿って、通商産業省は地方公共団体と共同で、水島地区に大気汚染防止対策協議会を組織し、41年以来、数次にわたり、工場の新増設に対する事前の立地指導および施設改善指導を行なうとともに、既立地工場に対しても、施設の改善、燃料の改善等の指導をおこなっている。


(4) 大分
 別府湾に面し、大分川、大野川の豊富な水を得ることのできる当地区は、31年以来企業誘致を行ない、現在までに鉄鋼、電力、石油精製、石油化学等主要企業で15社が立地する、水島と並ぶ新産業都市の代表選手となっている。臨海部の土地造成も44年3月末まで約870haを完了し、最終規模で1〜8号地約2,200haを予定している。水島、千葉等に比べてスタートが遅れたが、後発の6〜8号埋立地には機械、アルミ等も計画され、50年には工業出荷額5,250億円に達するものと見込まれており、さらのその後の発展も期待されている(第2-1-29表参照)。
 当地区の主風向は冬期に北西および南寄、夏期に南および北東の風が多いが、臨海工業地帯の内陸部への影響からみると、北寄りの風が問題となり、昼間の北西海風も、汚染物質を内陸部へ運ぶことになるだろう。風速をみると、この海風はおおむね毎秒2ないし3mであるが、冬の北西風はかなり強く、平均でも毎秒5mに達し、毎秒10m以上の風が吹くときもある。別府湾を渡ってきた北寄りの風は、臨海コンビナートや市街地、河川、地形等の影響を受けて気流の乱れを生ずるが、厚生省と大分県が43年度に実施した大気拡散調査によって、当地区の大気は比較的安定しており、高煙突化による拡散の効果が大きいことが明らかにされた。
 大分地区の大気汚染をいおう酸化物についてみると、第2-1-30表に示したように、Pbo2法による測定結果では、42年から44年にかけて漸増傾向を示しているが、44年の最高濃度を示した上野丘中学校でも0.87mg・SO3/100cm2/日であり、また、自動測定記録計の結果は、県衛生研究所が42年度平均0.028ppm、43年度平均0.015ppm、鶴崎工業高校が42年度、43年度とも0.012ppmであって、いまだ汚染はあまり進行しておらず、したがって予防的見地からの対策に力を注ぐことのできる地区であるといえよう。


第2-1-30表 大分地区におけるいおう酸化物濃度(PbO2

(5) 鹿島
 茨城県鹿島地区は、鹿島灘、利根川、北浦にはさまれた南東から北西へ約30kmにわたって細長く展開する広大な土地をもち、豊富な水と、東京から80kmという恵まれた立地条件のもとに、20万トン級タンカーの入港可能な日本最大の掘込港湾を中心とした工業・都市開発が開始されている。「工業整備特別地域」に指定され、現在、鉄鋼、電力、石油精製、石油化学、化学等30企業の進出が決定しており、すでに鉄鋼は一部操業を開始している。
 茨城県の開発計画は第2-1-32表に示すとおりである。
 他方、都市開発は、既存農耕地、山林、農業集落地帯に人口30万人の都市を建設することを目的としているが、工業地区に隣接して内陸側に計画されており、当地区が大規模装置工業を中心としたものであるため、大気汚染による被害が懸念された。このため、当地区は公害事前予防のモデルケースとして、厚生省、通商産業省、茨城県による数次の調査、企業指導が行なわれてきた。
 鹿島地区の風向について問題となるのは海上から内陸へ吹き込む場合であるが、当地区の風向を鹿島港湾調査事務所において観測した結果によれば、春は北北西から南東までの内陸に吹き込む風は60%程度、夏期は季節風が南々西で海へ抜ける風であるが、内陸へ吹き込む風もやや多く50%程度、秋には北東を中心にした風向が最も多い時期で、内陸へ吹き込む風の割合は75%以上に達しているが、冬には西の季節風が吹くため、内陸へ吹き込む風は日中の海風を中心として40%あまりとなっている。静穏の出現は夏季、とりわけ夜間に集中して出現する。また、梅雨期から夏季にかけて、海霧性もしくは梅雨前線に伴う霧が鹿島灘沿岸から数kmの奥地まで侵入することがあるので、その場合の汚染に留意する必要がある。さらに大気拡散に大きな影響を及ぼす要素として、鹿島灘、霞ヶ浦の影響による上昇、下降気流が考えられ、42年・43年の調査では、上空500〜700mから地上の間に速度毎秒2〜3mの上昇、下降気流があると観測されている。42年10月に実施された大気拡散実験によれば、エア・トレーサの拡散パターンや気温鉛直分布のデータが、気層の非常な不安定さを示している。とりわけ北方起源の風は、海水面によって下から暖められ、気層が不安定となるため、年間最多風向である北北東および北東風による比較的近距離の汚染について注意する必要がある。

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