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第2節 

1 地盤沈下防止対策ー地下水くみ上げ規制

 東京、大阪等大都市周辺による地盤沈下は、昭和の初期から観測されていたが、地下水くみ上げを規制することについての具体策を立案するまでには至らず、昭和9年9月大阪地方に来襲した室戸台風によって、大阪市は高潮による大浸水被害を受けたにもかかわらず高潮対策のみにとどまった。
 しかしながら戦後、キティ台風(24年8月)ジェーン台風(25年9月)があいついで来襲し、東京、大阪地方に広範囲にわたり甚大な被害をもたらすなどのことがあり、当時の総理府資源調査会、地盤沈下小委員会において、わが国土の沖積平野特有の地盤沈下対策について検討を進め、29年12月、資源調査会は総理大臣当てに報告書を提出し、地盤沈下防止の観点から地下水利用の規制と工業用水、水道用水の供給策を進める必要があることを強調した。
 また一方、26年以降には通商産業省工業技術院地質調査所において、工業用水に関する調査を実施してきたが、この結果わが国の大工業地帯において、戦後の急速な工業生産の増大に伴う地下水の過剰くみ上げによって地下水位の低下をきたし、一部の地域において塩水、汚水が混入していることが判明した。これをそのまま放置すればひいては井戸の涸渇となるなど工業生産に対し重大な影響が予見され、特に重化学工業生産の増大がもたらす用水需要の増大に対処するためにも適切な措置をとる必要があった。また工業生産に対する影響のみならず国民生活上からも国土の防災上からも重大な問題があることが認識され、政府においては産業合理化審議会の審議を経て通商産業省を中心として地下水採取の規制等について立法化を進め、その結果31年6月に工業用水法が制定された。
 かくて32年6月、川崎市、四日市市、尼崎市、西宮市の各工業地帯が工業用水法の指定地域となり、その後、東京、大阪、名古屋の周辺の工業地帯が次々と指定され、また、新潟地方における天然ガス採取に伴う地下水のくみ上げ規制については、前述のごとく科学技術庁資源調査会を中心として調査検討が進められた。
 また、34年7月、経済企画庁に地盤沈下対策審議会を設けて、各地の地盤沈下地帯について地盤沈下防止の基本的な方策について調査審議することとなった。
 このように、地盤沈下防止対策が進められているうちに、36年9月、大阪地方に来襲した第2室戸台風によって大阪市は高潮に襲われ、延長120kmに及ぶ防潮堤乗りこえて大災害をもたらした。この災害を契機として、あらためて地盤沈下防止対策の重要性が認識され、さらに地盤沈下対策審議会は、工業用水法の規制強化、冷房用ビル用水等の地下水くみ上げ規制の法的措置を講ずるよう意見書を提出し、政府においては地下水くみ上げ規制強化のための工業用水法の改正、およびビルの雑用水としての地下水くみ上げ規制のため、新たに建築物用地下水採取の規制に関する法律を第40回国会に提出し、それぞれ37年法律第99号、37年法律100号として成立し、5月1日をもって公布され、8月13日施工された。
 また、最近、新工業地帯、新住宅地域が大都市周辺部において急速に発展しており、これらの地域ではその用水を地下に依存する場合が多い実態にかんがみ地盤沈下対策審議会では、これらの上水、工水等の用水対策を行なうほか、地盤沈下の観測施設等の充実、地下水理のは握を図る必要があるとしており、総合的な地下水保全対策を進める必要があろう。
(1) 工業用水法による規制
 昭和31年制定された工業用水法は、地下水のくみ上げ規制を目的としながらも、地盤沈下防止は、いわば副次的な目的とされ、奥に工業用の既設井戸についてはそのまま存続認めるものであって、地盤沈下防止の観点から必ずしも万全とはいえなかった。このため、政府においては、地下水のくみ上げ規制の強化は、国民の権利に対する規制となるが、地盤沈下を防止して国民の生命、財産の保護のためには規制の強化を図る必要があるという観点から、工業用水法の改正に踏み切った。その改正の要点は次のとおりである。
ア 「工業の健全な発達と地盤沈下防止に資することを目的とする」と明記し、地盤沈下防止も主目的とした。
イ 許可を受けなければならない地下水くみ上げ揚水機の吐出断面積を21cm
2
以上から6cm
2
以上として適用井戸の範囲を拡大した。
ウ 既設の井戸に対する規制を強化し、一定期間後は、技術上の基準に適合しない井戸については、その使用を原則として禁止する。
 43年現在の工業用水法に基づく指定地域の概況を示すと第3-4-1表のとおりである。32年以降、次々に指定を行なうとともに、工業用水道の建設を進め水源転換を図っている。同時に政府においては、指定地域内の工業用水道の建設の促進を図るため、国庫補助率のかさ上げ制度を設け、また、水源転換を行なう各企業者に対して金融、税制面での助成措置を講じている。
 尼崎市、大阪市、東京都江東地区等においては、水源転換の通商産業省令を公布し、したがって地下水くみ上げ量は指定時に対し著しく減少しているが、その他の東京城北地区、大阪府東北部等においては、最近の地盤沈下状況から見ても、特に工業用水道の建設の促進を図る必要があろう(第3-4-1表参照)。


(2) 建築物用地下水の採取の規制
 建築物用地下水採取の規制に関する法律によって指定された地域においては、冷暖房施設、水洗便所、自動車洗車施設および一定規模以上の公衆浴場等に用いる地下水の採取を規制するものであって、吐出断面積6cm
2
以上の動力付き揚水施設が対象となる。昭和37年法律が成立し、同年8月大阪市全域を指定地域とし、また、東京都においては、38年7月地盤沈下地帯である東北部14区を指定地域として地下水くみ上げを規制した。その結果、大阪市においてはすべて転換、あるいは廃止を完了した(第3-4-2表参照)。


(3) 新潟地方における天然ガス採取に伴う地下水くみ上げ規制
 新潟地方の地盤沈下については、科学技術庁資源調査会が、昭和33年6月報告を行ない、その応急対策および観測施設の増設について意見を述べ、政府においては、ただちに調査に着手し、また一方、34年2月、天然ガス鉱業会は、新潟市山下地区を中心とする地区において、天然ガス採取の自粛規制を行なった。
 その後、数次にわたる資源調査会の調査報告、あるいは経済企画庁地盤沈下対策審議会の意見に基づき、通商産業省においては、34年9月以降4回にわたり大臣勧告を行ない、鉱業権者の自粛を求めるとともに、鉱業法に基づく施業案の変更許可の運用によって一部採取禁止を含めて規制を進めてきた(第3-4-3図および第3-4-3表参照)。
 また、白根市を中心とする内陸部一帯の自家用ガス採取についても自粛規制を行なうこととなり、38年8月、関係市町村はそれぞれ市町村条例を制定した。さらに41年9月新潟市を始めとする2市8町村に規制区域を拡大するとともに、自家用ガス採取の規制を強化した。
 この結果、工業用ガス採取に伴う揚水量は急激に減少し、また自家用ガスの揚水量も漸減し、これに伴い地盤沈下も次第に好転しつつある。一方、地下ガス資源の活用の観点から新潟県においては、水溶性ガスのガスと地下水を地下において分離し、地下水の還元圧入の実験を進めており、新潟地方の地盤沈下防止対策の一つの示唆を与えるものとなろう。

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