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第5節 

2 カドミウムによる環境汚染

 微量のカドミウムが人体に入って慢性中毒を起こすことはこれまでに知られていなかったわけではない。しかし、地域住民の健康被害、すなわち公害として現われたのは、わが国もいわゆるイタイイタイ病以外には外国にも例が見当たらない。
 イタイイタイ病は長年にわたり原因不明の特異な地方病として神通川流域の富山県婦負郡婦中町およびその周辺地域に発生していたものであるが、学会に報告されたのは昭和30年が初めてである。
 本病の原因物質としてカドミウムが注目されたのは35年以来である。その本態は、まずカドミウムの慢性中毒によって腎尿細管の病変が起こり、その再吸収機能が阻害されてカルシウムが失われ、体内カルシウムの不均衡をきたして骨軟化症を引き起こすものであり、その際、妊娠、授乳、更年期や老齢による内分泌の変調、老化による骨の変化、カルシウム、蛋白質等の不足等が誘因として作用しているというのが現在はほぼ定着した医学的見解である。
 その症状は病名からも察せられるように、身体各部に疼痛が起こり、腰関節の痛みの正常な歩行を妨げられ、病勢が進むとつまずいただけでも骨折を起こす。全身に72か所も骨折がみられた記録や、脊椎が押しつぶされて身長が30cmも短くなった例がある。
 原因物質としてのカドミウムの由来については、昭和42年度厚生省公害調査研究委託費によるイタイイタイ病研究班報告により、微量の自然界に由来するものも認められるものの、主体は神通川上流の岐阜県神岡町にあって明治年間から操業している三井金属鉱業(株)神岡鉱業所の事業活動にともなって排出されたものであることが明らかにされた。
 鉱山から流出されたカドミウムは、神通川に流入し、かんがい用水を介して本病発生地域の水田土壌を汚染、かつその中に蓄積し、そこに生育する水稲、大豆等の農作物に吸収され、また恐らく地下水を介して井戸水も汚染されていたものとみられる。
 このようにしてカドミウムは、直接神通川の川水からあるいは井戸水から飲料水を介して、また農作物から食物を介して、当該地域の住民に摂取され、吸収されて徐々に発病に至らしめたものと考えられる。
 43年9月末現在の患者数(富山県イタイイタイ病審査委員会の認定)は第2-2-6表のとおり要治療者94名、要観察者123名、計217名となっている。確認された死亡者数は56名であるが、死亡者の総数はこれを上回るものとみられる。
 厚生省および通商産業省は、43年に予防的見地から富山におけるようなカドミウムによる環境汚染を未然に防ぐためカドミウムを産出する同種鉱山およびその周辺を調査した。
 カドミウムは、電池、メッキ材などに使われる関係から環境汚染の可能性は鉱山排水のみならず、カドミウムを使用する製品を製造する工場の排液によっても起こる可能性がある。
 水銀、カドミウム以外の微量重金属の汚染の実態については、ほとんどつかめていない現状であるが、日本人のように米や魚介類を常食とする食習慣を持つ国の特殊公害問題として実態の究明を進めているところである。

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