第2節 水問題解決に向けた取組

1 水資源の利用における問題点

 第1節で見たように、人間が利用できる水資源は有限で偏在しているという問題がありますが、地球温暖化による水ストレスの増大や、人口増加、経済発展によるさらなる需要増が見込まれています。それでは、私たちは、水資源を無駄なく有効に使っているのでしょうか。例えば、すべての水使用量の約7割を占める農業利用についてみると、農地へ灌漑する途中の各段階で失われてしまいます。例えばアジアでは、貯水池から灌漑地域にいたる段階で灌漑用水の20%が、また圃場への送水段階で15%が失われ、圃場では25%が浪費されているという報告があります(図4-2-1)。この場合、用水の約60%がロスとなり、作物に利用されるのは残りの40%にしかなりません。このような問題は圃場の平均化、用水路の整備、作物の根の部分に点滴灌漑する方法等によって改善させることができます。


図4-2-1 世界のかんがい水の平均的損失

 また、開発途上国の無収水率(生産水量から販売水量を引いた量の生産水量に対する割合)は、平均で40%ともいわれており、アジア各国の主要都市の無収水率を見ると、漏水して無駄になっている水が多く、日本は無駄にしている水が非常に少ないことが分かります(図4-2-2)。平成20年度に行われた中国、ベトナムの水道事業の概況調査でも、上水の漏水が大きな問題と指摘されています。中国浙江省では、省内の水道事業で20~30%の漏水があると推定されており、同省の長興県の水道事業でも浄水量に対して給水量が36%も少なく漏水対策が大きな課題となっています。


図4-2-2 アジア主要都市における無収水量の比率

 アジア各国における衛生設備の整備状況については、中国44%、インドネシア55%、フィリピン72%、ベトナム61%、カンボジア17%、インド33%、パキスタン59%、バングラデシュ39%、と、国によって異なるものの依然として十分な整備状況にはありません。下水を適切に浄化処理し、再度水資源として使えるようにすれば、水資源の大幅な有効活用も図れます。漏水の防止や公共水域に排水する際の適切な汚水処理によって、さらに水資源の有効活用を進めていく必要があります。

2 水問題解決に向けた国際的な目標や取組

(1)ミレニアム開発目標

 2000年9月ニューヨークで開催された国連ミレニアムサミットにおいて採択された国連ミレニアム宣言と、1990年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標を統合し、一つの枠組みとして「MDGs(ミレニアム開発目標)」がまとめられました。加えて、2002年にヨハネスブルグで開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議における議論を経て、安全な水の確保と適切に水処理を行う衛生面の両方について、「2015年までに安全な飲料水及び基礎的衛生施設を継続的に利用できない人口の割合を半減する。」という数値目標が決められました(図4-2-3、4)。


図4-2-3 安全な飲料水へのアクセス率


図4-2-4 基礎的な衛生施設へのアクセス率

 その後の水問題に関する国際的な動きは、この目標をどのように達成するかを軸に進められており、例えば、G8サミット、国連「水と衛生に関する諮問委員会」、世界水フォーラムなどの場で取り組まれています(図4-2-5)。


図4-2-5 国際的な水に関する議論の流れ

(2)総合的・統合的な水管理

 限られた水資源を有効に活用するため、地域の各国が協力したり、流域単位で調整したりする総合的・統合的な水管理が行われるようになってきています。2002年のヨハネスブルグ・サミットにおいて、「各国政府は、総合水資源管理(IWRM)計画を作成すること」と合意されており、水と衛生の問題を解決するための有効な方法として国際的に認識されています。平成21年3月には、各国の計画作成を促すため、ユネスコを中心に「河川流域における総合水資源管理(IWRM)のためのガイドライン」がまとめられました。

 ア 欧州の例

 ヨーロッパでは、総合的水資源管理の方法として、EU水政策枠組み指令(EU Water Framework Directive)が導入されています。WFDは、適切な品質の飲料水や浴用水の供給による人の健康の保護、持続可能な水管理システムの構築、水域の生態系及びそれに関係する地域の生態系の保護、洪水及び渇水の影響の緩和等を統一的な水管理によって実現することを目標にしています。また、そのために、水に関連するさまざまな部門が統合的に取り組むことやさまざまな利害関係者を含む参加型アプローチとすること、河川流域管理計画は行政的な区域単位ではなく、河川の流域単位で策定することなどが特徴です。目標達成のために実施することは、主に次の4点です。

・内陸表流水、河口水、湿地帯、汽水域、沿岸水、地下水等の水資源を自然界の循環にそって管理するための保護の枠組みを確立すること

・流域の水系全体における環境悪化を防ぎ、改善すること

・優先的に排出や消費を減らすべき物質の段階的削減と段階的使用停止を実施し、水環境を保全・改善すること

・地下水の水質と水量を段階的に改善すること

 また、EU内のあらゆる河川流域で、2009年までに河川流域管理計画を策定することを義務づけ、取組が進められました(図4-2-6)。その手順は、以下のとおりです。


図4-2-6 欧州の河川流域管理計画の流域図

〈WFD実行の手順〉

2003年12月まで 「EU水政策枠組み指令WFD」の発効、WFDを各国国内法に反映

   ↓

2006年12月まで 水管理の基礎となるモニタリング計画を策定

   ↓

2008年12月まで 河川流域管理計画(案)の作成

   ↓

2009年12月まで 河川流域管理計画の策定(EC(欧州委員会)が承認)

   ↓

2015年12月まで 計画の実行、評価、調整など

 イ オーストラリアの例

 オーストラリアでは、広域的水管理として、マーレー・ダーリング水系で、灌漑対策を中心とした取組が行われています(図4-2-7)。この流域は、過去100年以上にわたり関係各州政府が水資源の管理を行ってきましたが、2000年以降の少雨傾向により、近年干ばつが深刻化し、水不足による小麦等の収量の激減、牧草の育成悪化による家畜飼育への悪影響等が生じていました。その後も引き続き少雨化が進行し、河川流量がさらに低減していくことが予想されるものの、水資源の管理を行う州・特別地域政府による水利権の過剰付与や水使用者による過剰使用などが行われている現状では問題解決に向けた水資源管理は難しく、連邦政府がコントロールできる体制への取組が必要とされていました。そうした中、2007年1月、ハワード首相により「国家ウォーター・セキュリティ計画」が発表されました。この計画は、豪州政府が、マーレー・ダーリング水系の灌漑パイプのオーバーホール計画をはじめとして、今後10年間に100.5億豪ドル(当時約9,500億円)規模の投資を行い、全国の水資源管理の抜本的な改善を図ることを目的としていました。また、同時に、水資源管理に係る連邦政府への権限委譲等が盛り込まれていたことから、連邦政府と関係州政府機関との対立も注目を集めました。2007年9月、マーレー・ダーリング川流域(流域面積106万k㎡)の管理を部分的に連邦政府機関に権限委譲すること等を定めた「2007年連邦水法」が制定されました。この法律に基づき、専門家で構成された独立機関であるマーレー・ダーリング川流域庁が設置され、流域一貫の流域計画を策定することに主眼が置かれました。この流域計画には、表流水と地下水の総合的かつ持続可能な水利用限度の設定や、同流域の水資源に対する気候変動等のリスクの特定及び同リスクのマネジメント戦略を規定するなどの取組が含まれていることから、流域の水資源を総合的かつ持続可能な方法で管理するために必要な機能と権限が与えられたことになります。こうして、豪州政府は、それまで各州政府等の権限となっていた水資源管理を、部分的ながらも、連邦政府機関が行う枠組みを確立しました。


図4-2-7 マーレー・ダーリング川流域図

 ウ アジア地域の例

 アジア地域での総合的な水管理を目指し、平成16年2月に「アジア河川流域機関ネットワーク(NARBO)」が水資源機構、アジア開発銀行及びアジア開発銀行研究所を中心に設立されました(図4-2-8)。NARBOは、現在16か国71機関の加盟機関により構成され、アジア各国の河川流域における総合的水資源管理(IWRM)の推進のため、河川流域機関や政府機関などへの情報提供を担う知識提供機関(ナレッジパートナー)、IWRMを推進する研修等の実施機関等として機能することを目的としています。


図4-2-8 アジア河川流域機関ネットワークの構成機関

 また、わが国(環境省)の提唱により、東アジア地域11ヶ国(カンボジア、中国、インドネシア、韓国、ラオス、ミャンマー、タイ 、マレーシア、フィリピン、ベトナム、日本)において、アジア水環境パートナーシップ(WEPA:Water Environment Partnership in Asia)が設立され、当該地域における環境ガバナンス強化を目指し、情報データベースの構築、ステークスホルダーの情報共有化や人材育成・能力向上を一体的に行うことを通じて各国の政策展開に向けた支援を実施しています。この中で、情報基盤整備や人材育成、政策展開と、アジアモンスーン地域における水環境ガバナンスの強化・向上を目指した取組が行われています。

 アジア地域でのIWRMの取組の一つに、複数の国が流域にあるメコン川の事例が挙げられます。カンボジア、ラオス、タイ、ベトナムの4か国政府が1995年にメコン河委員会(MRC)を設置し(図4-2-9)、流域全体の持続可能な開発を目的に水利用の調整を行っています。MRCの活動で近年成果があったこととしては、流域の洪水被害を少なくするため、洪水管理・緩和プログラム(FMMP)を確立したことが挙げられます。効果的な協力を行うため、洪水データベースを構築し、管理能力を向上させるための研修等を実施しています。1990年代に河川が整備され、これらの取組も一因となって、ベトナムのメコンデルタでは農業生産高が1995年の17.5億米ドル(約1,548億円)から2004年には33億米ドル(約2,919億円)に増加しています。(図4-2-10)。同様に、メコン河流域であるカンボジアのプノンペンでも農業生産高は増加しています。


図4-2-9 メコン河委員会(MRC)概要図


図4-2-10 ベトナムのメコンデルタの農業生産高(1995~2004年)

 エ 世界へのわが国の貢献

 世界の水問題は、限られた国、限られた地域のみの取組では解決につながりません。日本は、今後、世界の水問題に対する協調的取組として、MDGs(ミレニアム開発目標)を達成するための技術協力等に積極的に貢献していく必要があります。

 例えば、下水道分野では、わが国の産学官のノウハウを結集し、海外で持続可能な下水道システムを普及させる為の活動を行うことを目的として、平成21年4月に下水道グローバルセンター(GCUS)が設立されました。

 GCUSは、[1]世界の水・衛生問題等の解決に向けた国際貢献、[2]下水道関連企業のビジネス展開支援、[3]国内の下水道施策への還元、の3つを目的として活動しています。JICA等の国際協力活動に対して技術的側面を中心とした支援を行っていくほか、海外での現地調査、国際協力活動における情報、日本国内での人材・技術などの情報を集約し、日本と海外の下水道関係団体とのネットワークの構築を進めています。(図4-2-11


図4-2-11 GCUS の活動内容

 また、地球温暖化防止への取組や、水環境保全活動・普及啓発についても政府、事業者、市民が一体となって、世界に向けて先進的取組を発信していく役割を担う必要があります。


韓国・清渓川(チョンゲチョン)の復元


 韓国の首都、ソウルの中心部を流れる「清渓川」は、市民の記憶から少しずつ失われて行きました。清渓川は、ソウルの中心部を東西に横断する河川ですが、河川の汚染が進行し、伝染病の温床にもなっていました。1958年から1978年までの20年あまりにかけて覆蓋工事が行われ、その覆蓋上に総延長5.8km、幅16mの清渓高架路が建設されました。その下にある清渓川道路とあわせて1日約17万台の自動車が行き交う、ソウル市の動脈の役割を果たしていました。

 それから約20年の歳月を経て、「清渓川」の復元を求める声が高まり、2003年、当時市長だった李明博大統領が、劣化が進んだ高速道路を撤去し、川沿いに樹木を植えるなど、親水空間の整備を進めました。

 現在では、ソウル市民の憩いの場となっているほか、観光都市ソウルの代表的な名所として多くの観光客を引きつけています。


写真4_1_4 復元した清渓川


3 日本における取組・対応策

(1)水インフラ対策

 ア 施設の老朽化対策

 わが国の水道施設及び下水道施設は、高度経済成長期に急速にストックが増加しました。その多くが老朽化する時期に入っており、これらに起因した事故発生や機能停止を未然に防ぎ、水資源を有効かつ適切に利用していくために、21世紀初頭から、ライフサイクルコストの最小化の観点を踏まえ、長寿命化対策を含めた計画的な水インフラの更新や再構築を行っていく必要があります(図4-2-12)。全国の水道施設の状況は、全浄水能力が約8,800万m3/日、法定耐用年数を超えた浄水施設の浄水能力が約240万m3/日であり、その割合は約2.7%となっています(図4-2-13)。また、導・送・配水管の総延長は約61万kmで、法定耐用年数を超えた管の延長は約3.8万kmあり、割合は約6.3%となっています。


図4-2-12 下水管路の年度別整備延長(全国)


図4-2-13 平成19年度における法定耐用年数を超えた浄水能力

 イ 浄化槽の普及

 「水質汚濁防止法」では、工場や事業場からの排水及び地下への浸透等の規制のほかに、生活排水対策の実施を推進することも謳われています。

 国内の、主に中山間地域においては、人口減少及び高齢化の進展による人口密度の低下に伴い、特に人口5万人未満の市町村においては、汚水処理人口普及率が低くなっており、生活排水処理の問題が浮き彫りとなっています。このような中、普及が進んでいるのが浄化槽です。浄化槽は、人口が少ない地域でも効率的な汚水処理が可能であり、しかもコンパクトなため設置しやすいという利点があることから、中山間地域における生活排水対策の重要な手段として導入が進められています(図4-2-14)。このような技術を大規模な施設整備など多大な費用負担が困難な途上国に、知的所有権の保護を確保しつつ移転・普及させていくことは、目に見える日本の貢献の一つになると考えられます。


図4-2-14 都市規模別浄化槽普及率

(2)水問題に取り組む組織やパートナーシップ及び施策

 ア 水問題に係るわが国組織、施策

 水問題はさまざまな分野の施策が関係するため、政府においては、水問題に関する関係省庁連絡会を内閣官房と1府12省庁で構成し、国内外の水に関する問題に対して、関係省庁が情報交換や意見交換を行い、連携を図っています。また、わが国は、ODAを通じて水・衛生分野で多くの国際的な支援を行っています(図4-2-15)。世界全体の約4割と量的な側面もさることながらアンタイド率が極めて高く、公正かつ模範的な貢献をしています。


図4-2-15 日本におけるODA の目的別内訳

 イ 水戦略タスクフォース

 環境省では、平成22年1月に、大谷大臣政務官を座長とする「水環境戦略タスクフォース」を立ち上げました。ここでは、水環境保全の為の政策課題の洗い出しや、国内行政だけでなく、世界的な水問題解決に向けた国際貢献のあり方について議論されています。特に、国際貢献が急務であるとし、水不足が深刻化しているアジアやアフリカ地域での水質浄化や衛生対策などでの支援について議論が行われています。

 ウ アジア水環境パートナーシップ

 第3回世界水フォーラム(2003年)で環境省が提唱した取組として、東アジア地域11ヶ国のパートナーシップの下、当該地域における環境ガバナンス強化を目指し、情報データベースの構築、ステークスホルダーの情報共有化や人材育成・能力向上を一体的に行うことを通じて各国の政策展開に向けた支援を実施しています。わが国が提供しているWEPAデータベースは、「政策情報」「水環境保全技術」「NGO・CBOの活動情報」「情報源情報」の4つのデータベースから構成され、政策形成及び実施のための基礎背景情報を提供しています

 エ 日中水環境パートナーシップ

 水質汚濁問題が喫緊の課題となっている中国においては、平成19年4月「日中環境保護協力の一層の強化に関する共同声明」に署名、第一項目に水質汚濁防止について協力を実施することが謳われたほか、平成20年5月には、「農村地域等における分散型排水処理モデル事業協力実施に関する覚書」が締結され、分散する農村集落ごとの、コンパクトで地域実情に応じた排水処理の普及について取組を進めることとされました。そうした中で、日中協力によるセミナー・政策対話の実施、モデル事業による排水処理技術の実証調査、評価と効果分析、管理指針、普及方策等の検討など、中国政府による農村集落への普及促進が進められています。


ふゆみずたんぼで水辺地の復活を


 ラムサール条約湿地である、宮城県北部の登米市・栗原市にまたがる伊豆沼・内沼、及び大崎市蕪栗沼の周辺では、稲刈りが終わった水田に、冬期に水を張って管理する「ふゆみずたんぼ」の取組が行われています。

 「ふゆみずたんぼ」とは、稲刈りが終わった田んぼに冬の期間水を張り続けて管理する農法をいい、農薬や化学物質を使用しないことから、環境にやさしい農法として、小規模ながら全国各地の農家で行われています。

 翌春には耕起、代掻きなしで植付けが可能となるほか、冬の期間田んぼに水をたたえつづけることから、田植え時期の集中取水を防ぎ、水資源の有効活用にも役立っています。

 また、渡り鳥の越冬地であるこの地域にとっては、冬の期間田んぼに水をたたえることでこの地を訪れる多くの渡り鳥たちにねぐらを与え、その渡り鳥たちの糞が微生物の繁殖をさらに促すなど、水田の生物多様性の推進に重要な役割を果たしています。

 現在、蕪栗沼周辺を中心として耕作面積が増加しており、むずかしい農法ながらも工夫を重ねながら、自然との共生を目指す農家の皆さんの取組がうかがえます。


大崎市田尻(旧田尻町)ふゆみずたんぼの耕作面積



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