第2節 生物多様性と地球温暖化

 IPCC第4次評価報告書によると、全球平均気温の上昇の程度に応じて種の絶滅リスクが高まると予測されています。また、温暖化に伴う干ばつや森林火災の増加により、食料生産や生態系が脅かされる状況にあり、森林の減少といった生物多様性の劣化が地球温暖化を加速させる面もあります。したがって、生物多様性保全と地球温暖化対策の両方は関連付けて進める必要があります。

1 地球温暖化による生物多様性への影響

 IPCC第4次評価報告書では、北極の年平均海氷面積は10年当たりで2.7[2.1~3.3]%縮小し、特に夏季においては、10年当たり7.4[5.0~9.8]%と大きくなる傾向にあります([ ]の中の数字は最良の評価を挟んだ90%の信頼区間)。アメリカの魚類野生生物局は、海氷の変化が予測どおり進むと、21世紀中頃までに、全世界のホッキョクグマの生息数の3分の2が失われると推測しています。また、IPCC同報告書では、約1~3℃の海面水温の上昇は、熱に対するサンゴの適応や順応がない限り、より頻繁なサンゴの白化現象と広範な死滅をもたらすと予測されています。

 さらに、生物の生息にとって欠かせない基盤である海洋や森林にも変化が起きています。産業革命以前、大気中の二酸化炭素濃度が280ppmであった頃の表面海水はpH8.17程度でしたが、二酸化炭素濃度が380ppmに達した現在、pHはすでに8.06程度にまで低下しています(図3-2-1)。海洋には、炭酸カルシウムの殻や骨格をもつ生物が多くいます。例えば、貝は防御のために殻をつくり、魚はからだのバランスを保つ耳石に炭酸カルシウムを利用します。サンゴは炭酸カルシウムの骨格を残して次の世代を育てます。しかし、大気から溶け込み海水の二酸化炭素濃度が高まると二酸化炭素から生ずる酸(H+)によって、炭酸カルシウムの原料である炭酸イオン(CO32-)が中和されて濃度が下がり、炭酸カルシウムの生成が難しくなります。ドイツの科学者評議会によると、炭酸カルシウムの殻をつくる海洋生物への決定的影響を避けるには、産業革命以前からのpH低下は0.2を超えるべきでないとされました。一方で、気温の上昇を2℃以内に抑えるには、二酸化炭素濃度は450ppmを超えないようにしなくてはならないといわれています。二酸化炭素濃度が450ppmならば、海水のpH低下は0.17程度ですみ、海洋生物への決定的な影響を避けるpH低下の目安である0.2にかろうじて収まります。くしくも、気候変動が大きな影響をもたらす気温上昇の目安の2℃と海洋生物への決定的影響回避の目安とが、同じ二酸化炭素濃度目標450ppmに相当するのです。


図3-2-1 表層海水の酸性度と炭酸カルシウム形成の関係

 また、森林火災に関するカリフォルニア大学等の研究では、アメリカ西部において1970年代以降に春から夏にかけて気温が2℃程度高くなる年が増加しているとの結果が示されています。このため、1980年代半ばから森林火災が急増しており、1970年~1986年の平均と比べて、火災の頻度が約4倍、焼失面積が6.7倍以上となっていることが分かっています。生態系全体への影響としては、IPCC第4次評価報告書において、世界平均気温の上昇が1.5~2.5℃を超えた場合、これまで評価された植物及び動物種の約20~30%は絶滅リスクが増加する可能性が高いと予測されています。

 転じて、日本国内での生態系に関連する影響として、地球環境研究総合推進費による戦略的研究開発プロジェクト「温暖化の危険な水準及び温室効果ガス安定化レベル検討のための温暖化影響の総合的評価に関する研究(以下「温暖化影響総合予測プロジェクト」という。)」では、ブナ林の適域の減少や、マツ枯れ危険域の拡大が予測されており、温室効果ガスの厳しい安定化レベルである450ppmに抑えた場合、影響・被害も相当程度に減少すると見込まれるが、一定の被害が生じることは避けられないと予測されています(図3-2-2)。


図3-2-2 地球温暖化によるブナ林の適域、マツ枯れ危険域の変化の推移

 また、生物多様性の劣化が地球温暖化に影響を及ぼす側面もあります。地球全体が1年間で自然吸収する二酸化炭素の量は、約31億炭素トンであり、そのうち陸上の生態系(森林や草原、農地など)は約18億炭素トンを吸収しているとされています。第1節で見たとおり、森林面積の減少は止まっておらず、二酸化炭素を吸収する能力は徐々に下がっています。森林生態系の減少や劣化が地球温暖化を加速させることになります。また、大気中の二酸化炭素濃度が高まれば、地球上で排出される二酸化炭素の25%を吸収している海洋は、酸性化がさらに進み、海洋生態系に重大な影響を及ぼす可能性があります。

2 生物多様性の保全と地球温暖化対策は車の両輪

 以上のように、生物多様性と地球温暖化は密接に関連するものであり、これらに対する取組についても、双方に資するものを行うことが効果的といえます。気候変動が経済に及ぼす影響を示した「スターン・レビュー」では、森林減少の抑制が、「温室効果ガス排出量の削減における費用対効果の非常に高い方法である。」と述べているほか、生物多様性の保全等にもつながると指摘しています。

 世界の温室効果ガス総排出量の約2割は、途上国の森林の減少や劣化などによるものとされています。こうした中、気候変動枠組条約の下では、途上国における森林減少や劣化を食い止める取組に経済的インセンティブを付与する「REDD(Reducing emissions from deforestation and forest degradation in developing countries、森林の劣化・減少による排出削減)」と呼ばれるメカニズムについての検討が進められています。さらに、近年では、REDDに、生物多様性保全にも資する森林保全や持続可能な森林経営といった観点も念頭とした「REDDプラス」と呼ばれる仕組みについても議論が行われており、2009年(平成21年)12月にコペンハーゲン(デンマーク)で開催された気候変動枠組条約第15回締結国会議で取りまとめられたコペンハーゲン合意では、REDDプラスも含めた、必要な資金確保のためのメカニズムの創設が盛り込まれました。また、REDDを生物多様性保全及び地球温暖化対策の双方から効果的に進めるため、国連環境計画UNEP)の世界自然保全モニタリングセンターでは、熱帯地域の6か国について、炭素貯留の能力が高い地域と生物多様性上重要な地域の両方が分かる地図を作成しています。パナマの国土を示す図3-2-3では、パナマの排出量全体の20%の炭素が、炭素貯留能力が高く、かつ、生物多様性の高い地域に貯留されていると見積もられています。このような取組は、REDDを行うべき地域の優先度を客観的に把握することに貢献すると考えられます。


図3-2-3 国連環境計画世界自然保全モニタリングセンター(UNEP WCMC)の全国地図の一例(パナマ)

 また、例えば、水源の確保のための水源林のかん養等、生態系サービスを維持するための手法である「生態系サービスへの支払い制度PES(Payment for Ecosystem Services))」は、その結果として森林が適切に保全されれば、二酸化炭素吸収源としての機能も果たすものと期待されます。例えば、マダガスカルを例に、次のような地図がつくられています。左の図で色が付けられている区域は、森と湿地の二つの生態系サービスの共通部分を示しています。右の図の赤色の区域は、生態系サービスと支払いのコストにかんがみて、どこの地域が支払いに適しているかを示しています(図3-2-4)。


図3-2-4 マダガスカルにおける生態系サービスの支出対象

 このように、生物多様性保全と地球温暖化対策は、一方の取組が別の相乗効果や付加価値をもたらすことにつながるため、両者を関連付けて取り組むことが効果的といえます。



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