第3節 技術による環境問題克服の経験

我が国は、過去、数々の公害問題に直面しましたが、その度に、様々な環境保全対策を実施して乗り越えてきました。その中で、大きな役割を果たしたものの一つが技術です。
環境保全技術の開発と導入は、事業者等に対して多大なコストの負担を求めることとなりますが、その効果は環境保全のみならず、技術力の向上とそれによる国際競争力の強化、新しい産業の興隆、暮らしの快適さの向上などにつながります。ここでは、我が国において環境保全に関する技術の活用が大きな効果を上げている事例について紹介します。

ア 硫黄酸化物対策における排煙脱硫装置
我が国は戦後、世界の国々が目を見張るほどの速さで産業の復興を成し遂げました。その一方で、全国の工場の排煙による大気汚染も急激に顕在化しました。
このような産業公害による大気汚染を克服するため、産業界は、硫黄分の少ない石油の使用と併せて排煙脱硫装置の開発・導入を進めました。その結果、昭和40年代に排煙脱硫装置の設置数は着実に増加し(図3-3-1)、大気汚染の軽減に多大な力を発揮しました。
我が国は、排煙脱硫装置の開発によって磨かれた技術を工業化による大気汚染が深刻化しているアジアを中心とした発展途上国に対して移転することを通じて、それらの国々の大気汚染軽減に貢献できるほか、優れた脱硫技術を持つ企業のビジネスチャンスの拡大につなげていくことができます。

図3-3-1年度別排煙脱硫装置設置状況


写排煙脱硫装置 写真提供:三菱重工業(株)


コラム 別子銅山における煙害対策

愛媛県の別子銅山では、明治中期から、製錬所から排出される亜硫酸ガスが地域の農作物を枯らす問題が起こりました。この問題を解決するため、新居浜の沖合の無人島に精錬所が移転されましたが、そこから排出される亜硫酸ガスは、瀬戸内海の気流に乗って東予一円に届き、その地域の農作物に被害をもたらしてしまいました。
そのため、銅山の経営者は、精錬所から排出される亜硫酸ガスから硫酸を製造する技術や、硫酸から肥料(硫安)を製造する技術を導入し、実際に適用できるよう改善に努めました。この技術は、約50年にわたる別子銅山の煙害問題に解決をもたらすと同時に、地域の農業と日本の産業を支えてきた銅山の共存を可能にしました。また、亜硫酸ガスから肥料を製造して農業に利用することは、廃棄物から有用物を取り出して再利用することを意味しており、現在の持続可能な社会の考え方にも通じるものがあると言えます。


イ 石油ショックを契機とした産業分野における省エネルギー
昭和48年(1973年)10月、第4次中東戦争を発端とした第1次石油ショックによる原油価格の高騰は、エネルギー資源を中東の石油に依存してきた先進工業国の社会経済を脅かしました。全エネルギーの4分の3を輸入石油に依存していた我が国においては、これに対応するため、鉄鋼業における連続鋳造機の導入など、当時の省エネルギーに関するコストパフォーマンスの最も大きな技術の導入などが、事業者の経営判断として積極的に進められました。その後、原油価格が落ち着いた安定成長期にも、着実に省エネルギーに対する投資が続けられ、省エネルギー装置や排熱や排エネルギーを回収する装置・設備の導入などの省エネルギー技術の普及が進んでいきました。
その結果、我が国の産業分野のエネルギー効率は世界トップクラスとなりました(表3-3-1)。製品製造の際のエネルギー投入を低く抑えることにより、環境への負荷を低減できるだけでなく、少ないコストで製品を作ることができるようになり、我が国の産業の国際競争力の確保につながりました。

表3-3-1エネルギー効率の国際化比較状況


ウ 排ガス規制、燃費対策に対応した自動車の技術
我が国では昭和40年代から自動車の普及が進み、それにつれて自動車の排出ガスによる大気汚染が問題となりました。このような中で、政府は自動車排出ガスの規制に乗り出し、更に時を追うごとに強化してきました。我が国の自動車排出ガス規制は、いまや世界でもトップクラスの厳しさとなっています(第2部第2章第3節参照)。
我が国の自動車メーカーも、排出ガスによる大気汚染の問題に対処すべく技術開発を進めました。排出ガス削減に関する技術開発は、エンジンの燃焼制御及び熱効率の改善、車両の軽量化、排出ガス用触媒など多岐に及びますが、これらを研究・開発し、製品に導入していくことで、我が国の自動車メーカーは世界トップクラスの排出ガス抑制技術を確立することとなりました。
また、燃費についても、我が国の自動車メーカーは技術開発を進め、この分野においても世界トップクラスの技術を持つに至っています。
自動車の排出ガス抑制技術や燃費の向上は、大気汚染の軽減や二酸化炭素排出の削減に資するという環境保全上の効果だけではなく、商品価値の向上や国際競争力の向上という効果ももたらしました。自動車の排出ガスや燃費の規制は、世界における環境問題に対する意識の高まりに伴って、各国で強化されていく方向にあります。こうした状況が、低排出ガス・低燃費の環境技術を磨いてきた我が国の自動車メーカーにとっては有利に働いています。実際、第2次石油ショック(昭和54年(1979年))の後、小型で燃費の良い日本車は、米国市場で大きく売れ行きを伸ばした実績があります。

図3-3-2米国内乗用車(新車)販売台数と日本車輸入の推移


エ 工場跡地等の土壌汚染対策
1990年代初頭以降、再開発用地等での土壌汚染が発覚し、社会問題化しました。国土面積の小さい我が国では、都市部の土地の転用や再利用の促進は重要な課題であるため、この分野では、汚染物質をその場で封じ込める手法から汚染土壌を分離して処理する手法まで、土地の用途目的や汚染物質の種類などに合わせた様々な技術の研究・開発が進められています。
土壌汚染対策技術は、周辺住民への健康被害を防ぐとともに、土地の有効活用等を妨げる要因を取り除くことができます。また、土地汚染で遊休地化した土地を浄化することは、代替地確保のために新たに緑地を開発することを防ぎ、土地の有効利用によるビジネスチャンスの拡大や地域の活性化を可能にすることにもつながります。(社)土壌環境センターの調査では、平成17年度の関連事業者の土壌汚染調査・対策事業の受注金額は1,624億円に上り、右肩上がりの上昇を続けています(図3-3-3)。
このように、我が国は数々の環境問題を技術によって乗り越えてきました。その効果は、環境保全のみならず、国際競争力の向上、新たなビジネスチャンスの開拓などの効果を十分に兼ね備えていると言えます。地球温暖化対策においても、技術は既に見てきたとおり重要な位置を占めており、また、地球温暖化の深刻化に伴い、その重要性はますます高まっていくと言えます。

図3-3-3土壌環境ビジネス規模の推移



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