2 都市と環境
わが国では、戦後一貫して飛躍的な人口の増加と経済成長の中、急激な都市化が進展しました。都市内部におけるビルや住宅,商店が建ち並んでいる都市的地域を表す「人口集中地区」(人口密度が1平方キロメートル当たり4,000人以上の基本単位区が市区町村の境域内で互いに隣接しており、かつ、それらの隣接した地域の人口が5,000人以上を有する地域。以下「DID」(Densely Inhabited District)という)の全国的な動向を見ると、DID人口の全人口に対する比率は増加を続け、平成12年には65.2%となりました。他方で、このような都市部への人口流入等のペースを上回るペースでDID面積は拡大していったことから、DIDの人口密度は減少し続けてきました(図1-2-9)。
このように、わが国の都市では、その周辺に住宅を中心とする低密度の市街地が郊外に薄く広がる「都市の拡散」が進んでいます。DIDの人口密度は近年下げ止まっているものの、特に地方都市では、依然として中心市街地からの人口流出が見られており、例えば、富山県富山市では、郊外の人口は増加しているものの中心市街地人口は減少し続けています(図1-2-10)。
さらに、中心市街地にあった市役所や病院などの公共施設が郊外に移転することや、バイパス沿いなど郊外での大規模商業施設の新規立地が、都市の拡散を進めています。
都市の拡散が進む都市では、中心市街地や地域コミュニティの衰退、犯罪の増加など、さまざまな問題が発生しており、例えば、コミュニティについては、中心部の人口流出や郊外居住により、都市生活者の地縁関係や生活共同体的感情が希薄になってきています。
このような問題に加え、都市の拡散は、環境にも大きな影響を及ぼします。
(1)都市構造と環境負荷
わが国の運輸部門からの二酸化炭素排出量は、平成16年度(2004年度)において2億6,200万トン(総排出量の20.4%)となっており、1990年比で20.3%も増加しています。このうち、特に自家用自動車からの排出量は1990年比で50%も増加しており、運輸部門の約半分を占めています。
この30年間で、自動車保有台数は約7,700万台と約4倍、運転免許保有者数は約7,900万人と約2倍に著しく増えました。これは、モータリゼーションの進展に伴い徒歩や公共交通を代替しただけではなく、都市の拡散とともに広域的な移動が必要になるにつれて、いつでもどこへでも移動できる便利な乗り物である自動車を生活の足として利用することが必要不可欠となったことが大きな要因であると考えられます。
DID人口密度と自動車依存率・運輸旅客部門の二酸化炭素排出量の関係を見ると、DID人口密度が低い都市(拡散傾向が強い都市)ほどその都市に居住する住民の自動車依存率が高くなっており、また、DID人口密度が低い都市ほど運輸旅客部門の住民1人当たりの二酸化炭素排出量が高くなっていることが分かります(図1-2-11、図1-2-12)。
以上のことを、面積と人口がほぼ同じ規模である前橋市と高知市を例に見ると、低密度の市街地が広がっている前橋市では、自動車の依存率が高くなっています。この結果、運輸旅客部門の1人当たり年間二酸化炭素排出量を比較すると、高知市の0.87トンに対し、前橋市では1.21トンと、約4割多くなっています(表1-2-2、図1-2-13)。
<前橋市:自動車依存型都市>
幹線道路である国道にはかつて路面電車が走っていましたが、自動車交通への支障等が懸念されたため、1950年代に廃止されました。道路網が縦横に張り巡らされ、バイパス道路沿いなどの郊外に居住地区が拡大しており、大型商業施設も立地が進んでいます。中心市街地への人口集積はほとんど見られず、人口密度の低い地域が広い範囲にわたって拡散しています。
<高知市:中心部集約型都市>
市街地中心部を路面電車が東西南北に貫いています。また、主要な道路網は、東西方向の主軸である国道4本と、これに南北方向から接続する県道で構成され、市街地中心部に幹線道路が集中する形態となっています。市の北部は山間地で、住宅地は市の南部に集中しています。中心部には依然として人口集積が見られますが、人口の減少は続いています。一方で、郊外の人口は増加しています。市の西部には住宅地が形成され、ここを通る国道は市内で最も交通量の多い路線の一つとなっています。
前橋市と高知市の通勤・通学時の利用交通機関を見てみると、前橋市では、自家用車の利用が多くなっていますが、これは、市街地の拡散・広域化により移動距離が長くなっていることが一因と考えられます。一方、高知市では、前橋市と比較して自動車の利用が低く、オートバイ・自転車利用の割合が高くなっていますが、これは、都市機能のある市街地中心部と住宅地がより隣接しているためと考えられます。
(2)公共交通機関の縮小と環境負荷の増大
モータリゼーション、都市の拡散等を背景とした自動車依存率の高まりを理由に公共交通機関の利用者は近年減少しており、今後、人口減少が進むことにより従来のような公共交通機関網を維持できなくなった場合、さらに自動車依存率が高まるといった悪循環が懸念されます。
人を1人運ぶときに排出する二酸化炭素の量(人−キロ当たり)を乗り物ごとに比較すると、自動車は、鉄道の約9.1倍、営業用バスの約3.2倍の二酸化炭素を発生する環境効率性の低い乗り物です。今後、公共交通機関が縮小し、自動車依存が高まることにより、環境負荷が増大することも危惧されます。例えば、地下鉄と比較して安価に整備することができ、地方都市の人口規模でも有効な輸送機関となる路面電車を廃止した都市と存続している都市の二酸化炭素排出量を見てみると、路面電車を廃止した都市は、存続している都市に比べ、自動車利用が高まる結果、運輸旅客部門の1人当たり二酸化炭素排出量が平均して約15%多くなっています(図1-2-14)。また、路面電車を存続した都市は、廃止した都市に比べDIDの人口密度が約20%多く、路面電車が都市の拡散を防止する上で一定の役割を果たしたと考えられます。
なお、高齢者が一人で利用できる外出手段を見てみると、バス、電車の割合が高く、自動車は年齢が高くなるにしたがって、その利用が著しく減少しています。このため、公共交通機関が衰退することで、多くの交通弱者が生まれるおそれもあります(図1-2-15)。
コラム 自動車交通とCO2排出量
自動車交通からのCO2排出量は、主に、1)走行量(台キロ)、2)1台ごとの燃費、3)走行速度の3つの要因により決定されます。1997年と2002年の間では、自動車(乗用車+貨物車)からのCO2排出量は2%減少しましたが、乗用車のみからのCO2排出量は5%増加しました。その要因を見ると、CO2の増加要因である乗用車の走行量(台キロ)は11%増加し、他方で、CO2の減少要因である乗用車1台当たりの燃費と走行速度はそれぞれ3%、2%改善しました(図1-2-16)。これから分かることは、CO2を減らしていく上では、自動車の燃費規制の強化あるいはエコドライブなどに加え、走行量を削減するとともに、走行速度を向上することが重要だということです。
ところで、走行台キロと走行速度の2つの要因には都市構造が深く係わっています。都市構造のうち、例えば、道路網を見ると、効率的な道路整備により、渋滞が緩和されることで自動車の走行速度が向上すれば、CO2の排出は減少しますが、他方、道路整備が、新たな自動車走行を誘発することもあり、道路整備とCO2排出量には正・負両面の関係があります。
誘発される自動車走行の大小には、代替の交通機関の整備状況、周辺の土地利用、道路ネットワークの形状、元々の道路の渋滞・混雑状態などが影響するといわれています。
例えば、県庁所在都市(表1-2-3)を比較してみると、1人当たりの運輸旅客部門CO2排出量が比較的少ない都市は、大阪市や京都市のように市街地が高密度に集積していることや、松山市や高知市のように路面電車があることで公共交通機関の果たす役割が大きく自動車依存率が低い、地域の自動車交通需要に対応してきた道路の面積が地域の人口に比べて小さい都市構造となっています。
これらを踏まえると、自動車交通に伴うCO2排出量を減らしていく上では、道路や代替交通機関の整備、市街地の拡大抑制に係る土地利用行政などを賢明に組み合わせて進めていくことが重要だといえます。
特に、下水道の整備やごみの収集といった環境に関連する事業についても、地方公共団体ごとに比較すると、人口密度の低い地方公共団体では1人当たりの費用には大きなばらつきがありますが、人口密度が高くなるほど、1人当たりの費用が安くなる傾向が見られ、集約のコストメリットが働いていることが分かります(図1-2-18、図1-2-19)。
加えて、人口減少や少子高齢化に伴い、わが国の投資余力は急速に低下することが見込まれています。このような中、高度成長期以降に建築された社会基盤施設やニュータウンをはじめとする建築物が築後30年〜40年を経過して更新時期を迎えることから、今後、大量の廃棄物が発生することが予測されています。
建築物からの廃棄量は、2030年には1億2,000万トンに上り、その取り壊しに要する社会的費用は概算で1兆3,000億円となることが試算されます。また、土木構造物からの廃棄量は同じく1億5,000万トン、その取り壊しに要する社会的費用は1兆3,000億円を要することが試算されます(図1-2-20)。
(4)これからの都市のあり方
都市の拡散により、環境効率性の低下や行政コストの増大をはじめさまざまな問題が生じており、これらの問題は人口減少に伴いさらに深刻化するおそれがあります。
都市の拡散を防ぐ取組も始まっています。例えば、青森県青森市では、市街地の拡大に伴い、除雪費など多額の行政投資を余儀なくされたことを契機に、郊外のスプロール化や中心市街地の空洞化を食い止めるため、平成11年にコンパクトシティの形成を基本理念に掲げた青森市都市計画マスタープランを策定し、ゾーン規制によって郊外開発を抑制した都市整備を進めています。
また、都市機能の集積の促進など意欲のある地区への支援等を通じた「賑わいの核」づくりや街なか居住の促進により中心市街地の活性化を図るため、中心市街地における市街地の整備改善及び商業等の活性化の一体的推進に関する法律の改正案が、さらに、人口減少・超高齢社会を迎える中、大規模集客施設や公共公益施設等の広域的都市機能の適正立地を図り、高齢者を含む多くの人々にとって暮らしやすいコンパクトなまちづくりを実現するため、都市計画法等の改正案が、それぞれ今国会に提出されました。
このように、今後は、人口規模にも見合った適切な都市構造に再編することが重要となります。このため、都市機能の無秩序な拡散に歯止めをかけ、地域の実情に応じて、都市の郊外開発の抑制や都市の中心部への都市機能の集積・促進といったコンパクトなまちづくりに向けた取組を推進することが必要となりますが、都市構造の再編に当たっては、地球温暖化対策や廃棄物対策の観点だけでなく、以下の環境面への影響にもあわせて留意する必要があります。
ア 自然再生の取組
これまでに農地、林地といった農林業的土地利用から工場、住宅地といった都市的土地利用への転換により都市の拡散が進み、多くの自然環境が失われてきました。
今後、都市の郊外開発の抑制や都市の中心部への都市機能の集積・促進など都市構造の再編に当たってコンパクトなまちづくりを進める場合には、地域における自然を取り巻く状況をよく踏まえ、自然環境の復元・再生に向けた取組を進めていく必要があります。
イ 土壌汚染の対策
市街地の再開発や都心部の工場跡地の住宅地などへの転換等を契機として、土壌汚染が判明する件数が近年増加しています。判明した事例の土地利用状況を見ると、工場・事業場から住宅地に転換されている事例も増えています(図1-2-21)。
今後、工場跡地が住宅地等へ転換されるにつれ、土壌汚染がさらに顕在化することが懸念されることから、より経済的で合理的な土壌汚染の調査や対策を推進することが求められます。
一方で、土壌汚染が明らかになったときの地域の関係者への説明の難しさの懸念などから土壌汚染の調査を要する土地の改変が回避されることにより、有効な土地利用の妨げになっているのではないかといった懸念も生じています。このため、土壌汚染の状況を説明する上での土地所有者等の不安を払拭するためのリスクコミュニケーションを担う人材の育成と活用が課題となっています。
ウ 交通公害対策
都市構造の再編を行っていく場合には、地方都市に比べた大都市地域における大気汚染の程度を踏まえなければなりません。自動車と関係の深い二酸化窒素(NO2)及び浮遊粒子状物質(SPM)といった大気汚染物質の測定状況を見ると、局地的に高濃度になっている地域の特徴として、交通量が多いことや大型車混入率が高い道路に面していること、周辺の建物が拡散を妨げるような分布であることなどが挙げられます。
このため、自動車の低公害化を進めつつ、大気汚染が著しい地域への交通集中を回避するための自動車交通を分散する幹線道路ネットワークの整備や公共交通機関活用へのシフト、駐車対策等の交通流対策、交差点付近でのオープンスペースの確保に加え、街区や建築物の形状等が局地的に大気環境の質に影響を与えることを認識し、さまざまな対策を組み合わせて中長期的に都市環境対策を進めることが必要です。
エ ヒートアイランド対策
都市形態の改善に当たっては、緑地の保全を図りつつ、緑地や水面からの風の通り道を確保する等の観点から、水と緑のネットワークの形成を推進する必要があります。例えば、東京中心部では、夏季の日中において新宿市街地が約33℃であった時に、明治神宮の中の樹林地は、約7.5℃低い25.5℃を示していたというデータがあります(図1-2-22)。
また、都市の大規模緑地である新宿御苑の冷熱効果(クールアイランド効果)を昨夏測定したところ、市街地に比べて平均的に1℃以上気温が低く、その気温低減効果は周囲100メートルの範囲に及ぶと明らかになっています(図1-2-23)。
さらに、新宿御苑の実測結果を踏まえ、このような大規模緑地の周辺街区について、大規模緑地からの良好な通風性の確保、建物等への最大限の緑化などによりクールアイランドの効果を最大限引き出すよう設計した場合、地表面から大気に放出される熱を全面芝地だった場合と同程度まで抑えることができるといった試算が示されています(図1-2-24)。
そして、コンパクトで環境負荷の少ない都市の構築を推進する必要があります。より身近なところで日常生活ができるよう市街地を形成することは、例えば、自動車交通に過度に依存しないエネルギー消費の少ない交通体系の実現、冷暖房等のエネルギー利用の効率化、市街地周辺部等での自然や緑の回復が可能となります。
ヒートアイランド現象は、人工排熱、地表面被覆、都市構造や地形・気象条件など多岐にわたる要因により形成されるなど、メカニズムが複雑です。今後も、因果関係の解明や現象のメカニズム、さらにはその影響の評価に関する調査研究を進め、そこで得られた最新の科学的知見や技術の進展に合わせて対策を強化していく必要があります。
人口減少・超高齢社会を迎える中で、都市構造の再編に当たっては、自動車依存型の都市構造が環境負荷の増大につながることから、特に地方都市においては、都市機能の拡散を抑制し、公共交通ネットワークを軸とした、都市開発の立地を誘導していくことが必要となります。
一方、大都市においては、高密度な市街地の形成と都心部等における都市機能の集積によって、公共交通ネットワークが有効に活用されていますが、自動車交通の日常的な渋滞が見られるとともに、建て詰まりや緑地の減少等をもたらすおそれがあるほか、先に述べたヒートアイランド現象のように、都市の環境に関する新たな問題を生じる可能性があります。このように都市機能の集積を進める一方で、市街地における環境の悪化を緩和することについても目を向ける必要があります。
都市全体の環境は様々な事象が複雑に影響を及ぼし合っていることから、これらを複合的に考慮する視点を持って都市全体の環境負荷が増大しないようにするなど、環境負荷の小さな都市の構築を進めていく必要があります。
今後の都市形成に当たっては、以上のような環境配慮も視野に入れつつ、その都市の歴史や文化など地域性や土地柄を十分に生かし、人が集まり多様な活動が展開される「快適で居心地が良く、利便性もありながら、美しいまちづくり」を行政・市民が一体となって進めていく必要があります。