前のページ 次のページ

第2節 

1 里地里山地域

 人間と自然のかかわりあいが作り出してきた里地里山は、奥山自然地域と都市地域の中間に位置し、日本の国土の約4割を占めています。この地域では、里山の中核をなす二次林とともに、人工林、水田等の農地、ため池、草地等がモザイク状に組み合わされ、人為による適度な攪乱によって里地里山特有の環境が形成維持され、絶滅危惧種を含む多様な生物を育む地域となっています(図1-2-1)。また、里地里山は「第一次産業の場」であると同時に、都市近郊においては都市住民の身近な自然とのふれあいの場、環境学習のフィールドとしての重要性が高まってきています(図1-2-2)。





(1)里地里山地域の現状
ア 過疎化の進展
地方部に位置する里地里山地域等では過疎化が急激に進展しています。過疎化の要因としては、近年、人の移動による人口の社会減が縮小してきた一方、出生数の低下、死亡数の増加による人口の自然減が拡大傾向にあり、社会減と同水準にまで達しています(図1-2-3)。過疎化が進む地域では、集落消滅の可能性も指摘されており、「過疎対策の現況」(平成17年7月総務省)によると、過疎地域にある約49,000の集落のうち、約10%が集落機能を維持することが困難になっています。また、平成11年に国土庁が実施した過疎地域の市町村(当時1,230市町村)へのアンケート調査によると、全集落(当時48,689集落)のうち、2,109集落に消滅の可能性があります。



イ 農林業活動の停滞
里地里山では、農山村に定住してきた人々が農業及び林業を通じて、自然と対立する形ではなく順応する形で自然に働きかけ、うまく利用することによって、多様な生物を育むことのできる環境が形成され、自然と人間の共生関係が維持されてきました。
農業は、人間の生命の維持に欠くことができない食料を安定的に供給するとともに、農業生産活動を通じて国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等の多面的な機能を発揮するという特徴を有しています。しかしながら、近年、全国的に農業就業者数が減少するとともに、経験により培ってきた知識や技術を有する農業者の高齢化が進展しています(図1-2-4上段)。これに伴い、農業生産活動の停滞・後退や集落機能の低下が見られるとともに、耕作放棄地も拡大しており、特に、中山間地域などの傾斜の厳しい地域ほどその傾向が強く見られます(図1-2-5)。





また、林業は、森林の整備を通じ、木材を生産するとともに、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の吸収・貯蔵や気温・湿度の調整を通じた気候の安定化、国土の保全、水源のかん養、生物多様性の保全など、人間の生存にとって欠くことのできない環境の基盤を育んでいます。しかしながら、国産材価格の低迷等による林業採算性の悪化、戦後のエネルギー革命による薪炭材の需要の低下などにより、森林所有者の施業意欲が低下して、林業生産活動が停滞しています。この結果、林業就業者については、高齢化が進むとともに、その数が大きく減少しています(図1-2-4下段)。また、森林では、更新、保育、間伐等の適正な手入れが十分に行われていない森林が一部で見られるようになっており、公益的機能の発揮への支障や、山村地域の経済や社会が停滞するおそれが生じています(図1-2-6)。



(2)里地里山地域における自然と人との関係の変化と生物多様性の危機
過疎化の進展、農林業の採算性の低下による農林業活動の停滞や生活・生産様式の変化等による二次林・草地の利用低下等により、適度な人為の働きかけによって形成・維持されてきた二次的な自然環境の質が変化し、こうした環境に特有の多様な生物が消失するなど、里地里山地域の生物多様性を含む自然環境への影響が懸念されています。
ア 水田
水田は、水管理や草刈りなど継続的な水稲作の営みなどの人為の働きによって、浅い水面を持つ湿地が形成・維持され、メダカやドジョウ等の淡水魚や、多様な昆虫や小動物の生息の場となっています。また、小水路から河川等へとつながる農村の水環境の中心として、水生動植物にとってなくてはならない環境を提供してきました。しかし、耕作放棄により水田が使われなくなると、水田が乾燥し、雑草が繁茂する結果、水田をすみかとするこれら水辺の生物の生息が困難になります。また、山間部の耕作放棄地にススキ、ヨシ等の多年生植物等が繁茂すると、イノシシ等の隠れ家として好適な環境となり、鳥獣害を招く場合があります。また、地下水のかん養機能が低下することにより、下流での湧水量が変化し、そこを生息の場とする生物への影響も考えられます。



イ ため池
利用されないため池は埋立等により減少しており、その自然環境を失いつつあります。
香川県を代表する景観ともなっているため池群は、本来の目的である農業用水の確保だけでなく、環境省レッドデータブックで絶滅危惧?A類に分類されるニッポンバラタナゴの生息地としてその重要性が認められ、「日本の重要湿地500」(2001年環境省)にも選定されています。香川県の実態調査によると、昭和61年に16,304か所あったため池が、平成12年には14,619か所に減少しており、減少したため池のほとんどは山間部にあり、農業用水として利用されなくなったことが原因の一つとなっています。
ウ 二次林
コナラ、クヌギ、アカマツ林等は、薪や炭の優れた材料として、落葉は肥料として利用されてきました。このため、かつては10〜30年ごとに伐採されており、樹木は小さく、太陽が入る明るい林床が広がっていました。このような二次林では、明るい林床を好むカタクリ、その花に吸蜜するギフチョウのような昆虫も見られます。しかし、薪炭や肥料として利用されることが少なくなり、過疎化等の影響も受け、放置された二次林が多く見られるようになっています。放置された二次林では、木が大きくなり、ソヨゴなどの常緑広葉樹やササ類が成長し、林床に太陽光が届きにくくなるなど、動植物の生息・生育環境の変化により、こうした環境に特有の多様な生物の消失が懸念されます。



エ 人工林
人工林は植栽後の下刈り・除伐等の保育や、必要な時期に間伐等の適正な整備を行なうことによって、山地災害や地球温暖化の防止、水源かん養などの公益的機能を発揮します。
近年、林業の低迷により、適正な整備が行われない人工林が一部で見られるようになり、森林が本来もつ公益的な機能へ支障をきたすおそれがあり、林内にある草本や低木類が日照不足により十分生育できず、また、地表面の土壌が露出して降雨によって流れやすくなるなど、森林内やその周辺に生息・生育する動植物への影響等が懸念されます。
オ 人と鳥獣のあつれきの増加
人による適度な自然への関与が失われることによる影響は、サル、イノシシ、シカ等の野生鳥獣にも現れています。奥山の自然地域と里地里山地域との境界域や奥山の自然地域に生息していたこれらの中・大型哺乳類が、その生息分布域を拡大している傾向が見られます。図1-2-7は、日本全国を5キロメートル四方のメッシュに区域分けし、区域ごとにイノシシの1978年(昭和53年)及び2003年(平成15年)の生息状況を示したものです。これらの図を見ると、イノシシは、農耕地、二次林・植林地に分布域を拡大していることが分かります。これは、このような地域において、耕作放棄地が拡大して草や灌木等が繁茂し、そこがイノシシにとって人からの隠れ場となるような安全地帯となっていることや里山等において人間の活動が低下したことにより、森林から耕作放棄地へとイノシシの移動に適した状況となっていることなどが、原因の一つとして考えられます。



イノシシ等の生息分布域の拡大はこのほかにも温暖化による積雪量の減少をはじめとした気候的要因などが重なったためと考えられています。
人による適度な自然への関与が失われることは、サル、イノシシ、シカ等の生息分布域の拡大のほか、野生鳥獣による農林業への被害にもつながっています。「鳥獣害対策に関する行政及び農業団体等に対するアンケート調査結果(速報版)」(平成17年農林水産省)によると、イノシシについては、被害が増加したと回答した農業団体等が全体の約半分を占めています。鳥獣被害の拡大は営農意欲の低下等を招き、それが耕作放棄地の拡大にもつながり、結果としてさらなる鳥獣被害を生むという悪循環をもたらしていると考えられます。
このほか、集落に頻繁にサルやイノシシが現れ、人と鳥獣のあつれきが増加する傾向が見られます(表1-2-1)。



このような、人と野生鳥獣とのあつれきを軽減するためには、野生鳥獣の適切な保護管理を行うとともに、防護柵の設置等被害防止対策を総合的に実施することが重要です。
しかしながら、鳥獣の保護管理に重要な役割を担っている狩猟者(狩猟免許保持者)は、昭和45年以降、減少、高齢化が進行しており、狩猟者の確保や狩猟に関する知見の次世代への継承が課題となっております(図1-2-8)。



(3)これからの里地里山地域のあり方
今後、人口減少時代を迎え、過疎化の進展や農林業活動の低下が懸念される里地里山地域では、自然と人とのバランス関係の崩れ、人為の働きかけの減少による生態系への影響など、生物多様性保全上の危機が高まることや独特な景観が失われることが懸念されています。
里地里山地域に広がる豊かな二次的自然環境を、持続的な利用を図りながら次世代に確実に引き継いでいくためには、規制的な措置よりもむしろ積極的に活用することを通じ、人と自然のかかわりあいの中で作り出されてきた地域であることを再認識し、人の生活・生産活動と地域の生物多様性を一体的かつ総合的にとらえ、保全・整備に必要な活動の確保とともにこれらを円滑に調整するようなシステムをそれぞれの地域において導入することが必要です。
このため、農耕地などにおいては、各地域の社会経済的な状況や自然環境の特徴を考慮して、農家を含む地域住民の参画も得ながら、農地や水路、ため池の保全や生態系に配慮した水路やため池の整備、環境保全型農業の推進、多面的機能の確保を目的とした支援措置など、多様な生物が生育・生息できる環境と農業生産活動の調和に努めていくことが重要です。
また、森林においては、森林の持つ公益的機能の発揮の観点から、更新、保育、間伐等の森林の適正な整備及び保全を推進するため、公的主体による実施とともに、山村地域での定住の促進のほか、都市住民などからも担い手を募集するなど、森林所有者と連携・協力して保全・活用できる体制づくり等が重要です。
これらの取組とともに、狩猟規制の見直しや鳥獣の保護管理施策の強化により、きめ細かい鳥獣の保護管理の実現を図ることによって、人と野生鳥獣とのより良い関係を構築することが重要です。
さらに、全般的取組として、行政・専門家・NPO等の連携による管理手法や体制づくり、土地所有者との協定の締結、文化的景観の保護など、種々の仕組みを幅広く活用しつつ、総合的に保全していくことが期待されます。

前のページ 次のページ