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第2節 

1 新しい時代を築くための環境政策

(1)これまでの環境政策
 高度経済成長期において激甚な公害や自然破壊が発生したことから、それらを防止する法制が整備されました。しかし、今日においては、環境問題の原因や影響は地球規模に広がり、複雑化するととともに、化学物質のリスクを予防すること等、新たな課題が生まれています。
 そのため、環境行政では、効果的かつ効率的に環境負荷の排出削減を進めるとともに、わが国全体の費用負担を公平性に配慮しつつ極力軽減し、環境保全と経済発展といった複数の政策目的を同時に達成するため、自主的手法、規制的手法、経済的手法、情報的手法などあらゆる政策手法を総動員し、それらの特長を生かしつつ、有機的に組み合わせるというポリシーミックスの考え方を活用することが必要です。
 ここでは、これまでの国内外の環境政策の検討を踏まえ、新時代を築くために検討されている環境保全の政策理念・政策手段・政策決定の視点としていくつかの例を挙げました。

(2)新時代を築くための政策理念
 ア 環境と経済の関係のあり方について
 環境と経済との関係については、環境問題への取組が、我が国の経済活性化、雇用創出などにもつながるよう、技術革新や創意工夫を生かし、環境と経済の両立にも資するような仕組みの整備・構築を図ることが重要です。
 さらに、環境を良くすることが経済を発展させ、経済が活性化することによって環境も良くなっていくような関係を築いていくことも重要です。環境を保全したい消費者の選択が、環境保全技術の革新や環境に配慮した機器・サービスの需要や市場を誘発します。また、事業者も将来性のある環境に関連したビジネスに一層投資することにより、環境に関連したビジネスが一層発展し、さらに環境が改善されるという環境と経済の好循環を生み出します。環境基本計画では、持続可能な社会を構築するために、環境的側面と経済的側面を統合的にとらえ、環境政策を展開していく「統合的アプローチ」を環境政策の基本的な考え方としています。
 (ア)環境効率性を高める
 環境効率性とは、経済活動の単位当たりの環境負荷で表される概念であり、これを指標として、可能な限り資源・エネルギーの使用を効率化し、経済活動の単位当たりの環境負荷を低減させる考え方です。循環型社会形成推進基本計画に掲げられた数値目標では、環境効率性を示す指標である資源生産性が採用されています。
 日本は、経済成長の過程で、環境技術の進展を背景として、環境負荷を着実に削減し、環境効率性を向上させてきました。図3-2-1のとおり日本の環境効率性は近年横ばい傾向ですが、各国と比較して高いことが分かります。しかし、二酸化炭素の排出量は世界で4番目(全世界の5.2%)で、石油の消費量では世界で2番目(全世界の7.4%)です。そのため、今後もエネルギー利用の効率化を通じてエネルギー消費原単位及びエネルギー消費当たりの二酸化炭素排出原単位を改善していくことが重要であるとともに、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動や生活様式を見直す活動量の観点が不可欠です。



 (イ)環境に配慮した製品をつくる
 原材料の採取・製造・流通・使用・リサイクル(廃棄物の適正処理)という製品のライフサイクル全体を通して、できるだけ環境負荷を発生しないようにするためには、設計・生産段階で環境に配慮することが必要です。
1) 拡大生産者責任
  拡大生産者責任とは、製品が使用され、廃棄された後においても、その生産者が当該製品の適正なリサイクルや処分について物理的又は財政的に一定の責任を負うという考え方です。生産者が、製品設計の工夫、製品の材質・成分表示、廃棄後の引き取りやリサイクルなどを行うことにより、使用・廃棄後についても環境配慮を進めていくことが期待されます。循環型社会形成推進基本法(平成12年法律第110号)では、循環型社会の形成には、国、地方公共団体、事業者及び国民の適切な役割分担の下に、適切かつ公平に費用負担することが必要としていますが、廃棄物処理に伴う適切かつ公平な費用負担のあり方にはさまざまな議論があります。
2) 環境適合設計(エコデザイン)
  環境適合設計(エコデザイン)とは、持続可能な社会の実現を目的として、製品のライフサイクル全体における環境効率を高める設計や生産技術・システム管理のことをいいます。環境適合設計を進めることにより、資源の効率的利用、製造工程の効率改善、製品の長寿命化のほか、製品の差別化、コスト削減等の効果があります。国際標準化機構(ISO)では、平成14年に環境適合設計のための技術レポート(標準情報)を発行し、環境適合設計のガイドラインを定めています。
 (ウ)モノの販売から機能の提供へ
 「モノの消費や所有」にこだわらず、モノの持つ機能だけを提供することにより、経済活動において資源消費量を低減させる脱物質化の考え方があります。脱物質化を図るための具体的手段としては、製品の再使用(リユース)、賃貸(リース・レンタル)、改築・改装(リフォーム)、修理・修繕・維持管理(リペアー)等があります。また、維持管理を含む総合リースサービスやカーシェアリング等、製品の提供ではなく、機能の提供を行う、サービサイジングのビジネスモデルが注目されています。サービサイジングの導入により、1)モノの購入や所有のあり方を見直すことによる資源消費量の適正化・合理化、2)使用回数・時間等で料金を設定することによる使用量(活動量)の適正化、3)事業者が使用済み製品を回収することによるリサイクルの進展、4)製品の維持管理が伴うことや製品が廃棄されるまでの使用頻度の増加による製品寿命の有効活用、等の効果が期待されます。
 イ 環境と社会の関係のあり方について
 国連では、2004年に約64億人であった世界人口は、2050年までに約91億人に達すると予測しています。こうした人口の増加、社会経済活動の拡大や高度化が、エネルギーや資源の消費量を急速に増加させています。そのため、持続可能性の観点から社会構造のあり方について検討していく必要があり、また社会のあらゆる側面において環境に配慮することが求められています。
 また、日本においては、少子高齢化とともに人口が減少し、さらに過疎化が進行することにより、里地里山を管理してきた担い手が不足し、こうした二次的な自然環境の劣化が懸念されています。
 そのため、環境基本計画では、環境の側面、経済的な側面、社会的な側面の3つの側面を統合的に視野に入れた政策の展開が図られる社会でなければならないことを示しています。そこで、ここでは、環境と社会を統合した政策理念を考えていきます。ここでいう「環境と社会の統合」とは、社会のあらゆる場面において環境に配慮させていくことだけでなく、1)環境を保全することがより良い社会を創り出すことにつながるもの、2)環境問題と社会問題を統合的にとらえ対策を考える必要があるものとし、それらの例を紹介します。
 (ア)環境と貧困
 開発途上国では、労働力の確保、家族計画に関する知識不足などを原因とした人口の増加が貧困を加速させています。開発途上国における食料確保や燃料採取のための耕地開発、家畜の放牧、森林伐採等は、生存のために必要不可欠です。しかし、貧困や急速な人口増に対応するために、自然生態系の再生能力を超えて過度に環境に負荷を与え、それが深刻な環境劣化をもたらしています。劣化した環境から十分な資源や食料を得ることは難しく、さらに貧困に拍車がかかります。
 この環境と貧困の悪循環を断ち切るため、エネルギー、水資源、雇用、衛生・健康、農林漁業等に関する持続可能な発展のための総合的な戦略・政策を実施することが必要です。また、環境保全と貧困の解消を同時に達成する1つの手段として、持続可能な土地利用形態として農業と林業を複合経営するアグロフォレストリーや自然環境を保全しつつ、自然や文化を生かした観光と地域振興を両立させ、環境教育にも役立つ観光・旅行形態であるエコツーリズム等が挙げられます。
 (イ)環境と防災
 森林は、生態系保全、二酸化炭素吸収といった環境保全の役割のほか、洪水や渇水を緩和し、土砂の流出や崩壊を防止する等の防災の役割も果たしています。また、地球温暖化対策は、温暖化により増加することが予測されている熱波、干ばつ、集中豪雨等の異常気象による災害を予防することにつながります(第1章第2節参照)。さらに、国連環境計画(UNEP)が提唱した陸域活動からの海洋環境の保護に関する世界行動計画(GPA)では、サンゴ礁やマングローブ等が津波や台風などの自然の防波堤になるとして、これらの自然環境の能力を高めていくことが重要であるとしています。
 このように環境を保全することが、自然災害の発生を抑制するとともに、発生した災害の影響を緩和させる可能性があることから、環境保全を踏まえた防災対策を検討していく必要があります。
 ウ 環境を再生する
 自然の再生産能力を超えた天然資源の過度な利用や環境汚染などにより過去に損なわれた環境を積極的に取り戻し、環境を再生することが必要です。
 昭和初期には日本各地で身近に見られたメダカやタガメは、現在絶滅の危険が増大している絶滅危惧II類としてレッドリストに掲載されています。こうした現状を踏まえ、市民団体等によるビオトープをつくる取組や自然再生推進法(平成14年法律第148号)に基づく自然再生事業等により、失われた自然環境や環境の変化で絶滅のおそれのある生物の生息環境の再生が各地で行われるようになりました。
 さらに、湖沼については、市街地、農地等からの汚濁負荷削減対策の実施の推進、湖沼の水環境の適正な保全等のための措置を講じる「湖沼水質保全特別措置法の一部を改正する法律案」が第162回国会に提出されたことにより、水環境の改善が期待されます。また、都市においても、雨水や下水再生水の利用等による水循環の回復、湧水の保全・復活等を目指した活動が実施されています。

(3)新時代を築くための政策手法
 環境問題は、複雑な要因で発生し、影響が広範囲に及ぶことから、環境影響の発生の仕組みや影響の程度などについて科学的な不確実性が存在し、その場合の政策決定の考え方が重要になっています。
 また、規制や対策を実施する際には、多数の要因を考慮して実施すべき政策の優先順位を判断することや、各分野を横断して効果的、総合的な対策を推進することが重要です。
 ア 環境リスク管理
 環境リスク管理とは、科学的知見に基づき、環境への影響の発現の可能性や大きさなどを予測し、対策実施の必要性や緊急性を評価して、判断し、必要な対策を実施する考え方です。この考え方に基づき、潜在的に人の健康や生態系に有害な影響を及ぼす可能性のある化学物質が、大気、水、土壌等の環境媒体を経由して環境影響及び健康影響を生じさせるおそれについて定量的な評価を行い、その結果に基づいて適切な環境リスクの削減対策を実施しています。
 環境リスク管理には、科学的知見が限定され、不確実性の程度すら把握できずに、「予防」に関する考え方(イ参照)に基づいて当面の政策を検討する段階から、科学的知見が集積し、不確実性が限定され、その上で恒久的政策を実施する段階まで、問題の不確実性の度合いに応じてさまざまな管理を包含すると考えられており、公平性の観点、評価手法などにおいてもさまざまな課題があります。
 イ 「予防」に関する考え方
 環境影響の発生の仕組みや影響の程度などについて科学的な不確実性が存在する場合における政策決定の方法として、日本では「予防的な方策」を環境基本計画の中に位置付けています。環境基本計画では、発生の仕組みの解明や影響の予測が必ずしも十分に行われていないが、長期間にわたる深刻な影響あるいは不可逆的な影響をもたらすおそれが指摘されている場合には、完全な科学的証拠が欠如していることを対策延期の理由とはせず、科学的知見の充実に努めながら、必要に応じ、予防的な方策を講じることとしています。 このような「予防」の考え方の適用のあり方や枠組みについては、現在も国際的にさまざまな議論が交わされているところです。「予防」の考え方に基づいて取られる措置の内容についてはさまざまなものが想定されますが、その措置の内容については、ECや英国等では、下記の原則が伴うべきとされています(表3-2-1)。



 また、このような政策決定は、「科学的には十分に分からない」ことを前提とする社会的・政治的なものであるため、科学的確実性が高い場合に比べて、より高い透明性、説明責任及び利害ないし関心を有する者の幅広い関与(公衆関与)が必要であるとされています。

(4)新時代を築くための政策決定の視点
 ア 市民と環境を考える
 現在の環境問題は、私たちの経済、社会と密接な関わりを持って引き起こされることから、あらゆる主体が環境に対する自らの責任を自覚し、それぞれの立場に応じた公正な役割分担の下で行動することが必要です。欧州では、環境に関する、1)情報へのアクセス権、2)政策決定の参加権、3)司法へのアクセス権を保障したオーフス条約を採択しました。この条約は、平成13年(2001年)に発効し、現在34か国とECが批准しています。日本においても、パブリックコメントや協議会などさまざまな制度を活用して、市民の環境政策の参加を促していくことが必要です。市民とともに環境政策を決定していくことは、より適切な政策を選択するだけでなく、市民の環境意識を高め、市民が自発的に環境保全に取り組む社会も実現します。
 イ 地域で環境を考える
 地方分権の進展に伴い、地方の自己決定の範囲が拡大し、地方の自立性が高まることから、地方公共団体における環境行政の重要性が高まります。
 さらに、地域において地域資源の把握と主体間の連携を行うことにより、地域が一つの方向性(目標)を共有し、地域における各主体が、より良い環境、より良い地域を創っていこうとする意識・能力が高まります。こうして得られる地域全体としての取組意識や能力の高まりを地域環境力と呼びます。地域が健全性と活力を備えていくために地域社会のあり方を地域で考え、地域環境力を伴う持続可能な地域づくりを進めることが重要です。
 ウ アジアで環境を考える
 アジア地域で環境保全に取り組むことは、日本そして世界の環境保全の観点から重要になっています。
 酸性雨問題では、東アジア地域のめざましい経済成長やそれに伴うエネルギー消費が増加していることから、原因物質となる二酸化硫黄や窒素酸化物の排出削減対策を地域全体で総合的に進めていかなければなりません。
 廃棄物問題では、各国において廃棄物発生の最小化に最重点を置いて、資源を循環させ、廃棄物を適正に処理することが基本的な考え方です。しかし、国外で適正な再使用又は再生利用が行われる場合に限り、資源の有効利用や新たな一次資源の採掘・運搬等に伴う環境汚染の防止の観点から、国際的な廃棄物の移動は認められるべきです。そこで、環境汚染の防止を前提として、アジア各国が相互に連携し、域内における資源の再使用又は再生利用を促進することで天然資源消費量を抑制し、アジア域内の適正な資源循環システムを構築することが期待されています。
 さらに、アジア地域で活発化している企業活動において、日本市場や日本企業のサプライチェーン等を通じて、それらの企業の環境管理能力を向上させる可能性があります。アジアには日本市場向けの商品を扱っている企業が多く、例えば、日本の機械機器における平成15年のアジアからの輸入額については、7年と比較して約2.6倍に増加し、北米、ヨーロッパの倍以上になりました。そのため、日本における消費者及び企業が、有害化学物質を含まない製品の購入や部品の調達を進めることにより、アジア企業において製造工程が改善され、化学物質管理能力を促進させる可能性があります(図3-2-2)。



 過去の深刻な公害を克服し、環境と経済が好循環する社会の実現に向けて先進的な取組を進めている日本が、リーダーシップを発揮して、アジア地域の環境保全を総合的かつ戦略的に推進していく必要があります。

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