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第8節 

1 健康被害の救済及び予防

(1)公害健康被害の補償・予防等
ア 公害健康被害補償・予防制度の概要
 「公害健康被害の補償等に関する法律」(昭和48年法律第111号。以下「公健法」という。)は、公害健康被害者の迅速かつ公正な保護を図るため、昭和49年9月から施行され、公害健康被害者の保護に大きな役割を果たしてきました。今後とも、認定された患者の保護とともに、健康被害の予防を図る現行施策の着実な推進に努めることとしています。
イ 大気汚染系疾病
(ア)既被認定者に対する補償給付等
 平成15年12月末現在の被認定者数は53,502人であり、昭和63年3月1日をもって第一種地域の指定が解除されたため、新たな患者の認定は行われていません(表7-8-1)。平成15年度においても、被認定者に対しては、従来どおり公健法に基づき、認定の更新、補償給付( 1)療養の給付及び療養費、2)障害補償費、3)遺族補償費、4)遺族補償一時金、5)児童補償手当、6)療養手当、7)葬祭料 )、公害保健福祉事業( 1)リハビリテーションに関する事業、2)転地療養に関する事業、3)家庭における療養に必要な用具の支給に関する事業、4)家庭における療養の指導に関する事業 )等が実施されています。



 補償給付等に要する費用については、ばい煙発生施設等の固定発生源と自動車とに分けて負担させることとし、負担割合は8対2と定められています。
 なお、認定又は補償給付の支給に関する処分に係る審査請求を審査するため、公害健康被害補償不服審査会が設置されていますが、第一種地域関係では、平成15年12月末現在264件の審査請求があり、これまで取消し23件、却下16件、棄却144件の裁決を行ったほか、取下げが56件ありました。
(イ)健康被害予防事業の実施
 昭和63年3月の改正法の施行により、新たに大気汚染の影響による健康被害を予防するため公害健康被害補償予防協会(以下「協会」という。)により健康被害予防事業が実施されています。
 平成15年度の健康被害予防事業の実施状況は次のとおりです。
1) 協会が直接行う事業
 調査研究として、大気汚染による健康影響に関する総合的研究、大気環境の改善に資する調査等を、知識の普及として、ぜんそく児水泳フェスティバルをはじめ、大気汚染防止推進月間等のキャンペーン、ぜんそく等の予防、回復等のためのパンフレットの作成等を行うとともに、健康被害予防事業従事者に対する研修を行いました。
 また、住民保健ニーズを把握するため、旧指定地域を対象に専門医による電話相談事業を試行的に実施しました。
2) 協会による助成金の交付
 地方公共団体等に対して助成金を交付し、旧第一種地域等を事業実施対象地域として、大気汚染改善のための計画作成、ぜんそく等に関する健康相談、乳幼児を対象とする健康診査、ぜんそくキャンプ等の機能訓練、電気自動車等低公害車の導入、大気浄化植樹、大気汚染対策緑地整備等が行われました。
ウ 水俣病
(ア)水俣病患者の救済
【水俣病の認定】
 水俣病は、熊本県水俣湾周辺において昭和31年5月に、新潟県阿賀野川流域において40年5月に発見されたものであり、四肢末端の感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、中枢性聴力障害を主要症状とする中枢神経系疾患です。昭和43年にそれぞれチッソ株式会社(以下「チッソ」という。)、昭和電工株式会社(以下「昭和電工」という。)の工場から排出されたメチル水銀化合物が魚介類に蓄積し、それを経口摂取することによって起こった中毒性中枢神経系疾患であることが政府の統一見解として発表されました。
  被害の発生に際して、熊本県、新潟県等でそれぞれ独自の水俣病対策がなされていましたが、昭和44年12月に公布された「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(昭和44年法律第90号。以下「救済法」という。)によりそれぞれの関係地域が指定され、法に基づく患者の認定が行われることとなり、49年9月には救済法を引き継いだ公健法に地域指定及び認定業務が引き継がれました。熊本の水俣病について、認定申請者の急増に伴い認定業務の促進が緊急の課題となったため、52年6月、水俣病に関する関係閣僚会議において「水俣病対策の推進について」の申合せを行い、これを受けて、52年7月、「後天性水俣病の判断条件について」を環境保健部長通知として示し、認定のための水俣病の医学的な診断基準を具体化、明確化しました。さらに、54年2月には「水俣病の認定業務の促進に関する臨時措置法」(昭和53年法律第104号)が施行され、国においても認定業務を行えることとなりました。なお、同法に基づく認定申請処分は平成14年7月をもって終了し、これまでに439件の申請があり、うち認定33件、棄却328件の処分を行ったほか、取下げが78件ありました。
  水俣病の認定については、従来から医学的な判断に基づいて行ってきたところであり、昭和60年10月の水俣病に関する医学専門家会議及び平成3年11月の中央公害対策審議会答申「今後の水俣病対策のあり方について」において、昭和52年7月の判断条件の妥当性を確認しています。
  被認定者は、平成16年2月現在で2,955人(15年2月末は2,955人)(熊本県1,775人(同1,775人)、鹿児島県490人(同490人)、新潟県690人(同690人))です。このうち生存している人は、1,043人(同1,082人)(熊本県552人(同572人)、鹿児島県200人(同204人)、新潟県291人(同306人))です。被認定者は、補償協定に基づき原因企業から直接補償を受けています。また、原因企業たるチッソには、チッソ金融支援措置が行われています。
(イ)水俣病問題の解決
【水俣病総合対策事業】
  認定申請を棄却された人を中心として行政不服審査請求や行政訴訟が行われるなど、水俣病発生地域の住民に健康上の問題が大きな社会問題となったことから、平成3年11月、中央公害対策審議会は、「今後の水俣病対策のあり方について」の答申を行いました。
  この答申を踏まえ、平成4年6月から、水俣病にも見られる四肢末端優位の感覚障害を有すると認められる者に療養費、療養手当等を支給する医療事業、地域住民に対する健康診査等を行う健康管理事業等を内容とする水俣病総合対策事業を実施しています。医療事業の対象者は、平成16年2月末現在で8,617人(15年2月末は8,777人)(熊本県6,263人(同6,375人)、鹿児島県1,929人(同1,967人)、新潟県425人(同435人))です。
【水俣病問題の解決策】
  行政不服審査請求や行政訴訟が行われるなど、未解決の水俣病問題に関し、平成7年9月、当時の与党三党(自由民主党、日本社会党、新党さきがけ)により関係者の意見を踏まえ、最終的かつ全面的な解決に向けた最終解決策が取りまとめられました。これに基づいて、7年12月までに、企業(チッソと昭和電工)と主要患者団体との間で解決のための合意が成立しました。
  この合意の概要は、水俣病に関するさまざまな紛争については、企業は、救済を求める者のうち、総合対策医療事業の対象者等に対して一時金を支払うこと、国及び県は遺憾の意など何らかの責任ある態度の表明を行うこと、救済を受ける者は訴訟等の紛争を終結させることによって早期に最終的かつ全面的な解決を図ること、紛争の終結に際し、国及び県は、所要の施策を行うことです。
  この関係当事者間の合意を踏まえ、国として水俣病問題の最終的かつ全面的な解決を図るための措置を速やかに講ずるため、平成7年12月に「水俣病対策について」を閣議了解するとともに、あわせて水俣病問題の解決に当たっての内閣総理大臣談話を閣議決定しました。
  政府としては、上記閣議了解に基づき以下の施策を実施しました。
 1) 水俣病総合対策医療事業の申請受付を平成8年1月に再開し、同年7月まで受付を行いました。
 2) 水俣病問題の最終的かつ全面的な解決にかかる救済対象者に対して、チッソが支払う一時金に関して、支援措置を講じました。
 3) 地域再生・振興施策については、地元市町に対し、地域住民の絆の修復などのための施設である「もやい直しセンター」の設置・運営などを支援することとし、平成10年2月までに水俣市などに三つのセンターが設置されました。また、国立水俣病総合研究センターにおいては、水俣病発生地域としての特性を活かした研究機能の充実等を図りました(以下(ウ)参照)。
  閣議了解に基づく国の施策が実行に移されたことを受けて、国家賠償請求訴訟のうち関西訴訟を除き、平成8年2月及び5月に原告から訴えが取り下げられました。関西訴訟については、13年4月27日に控訴審判決が出されましたが、国などが最高裁に上告し係属中です。
(ウ)国立水俣病総合研究センター
 国立水俣病研究センターは、水俣病に関する医学的研究を行うとともに、水俣病患者の医療の向上を図るため、昭和53年熊本県水俣市に設立され、水俣病の臨床研究、基礎研究、疫学研究等が行われています。さらに平成8年度には、「国立水俣病総合研究センター」に改組し、従来の水俣病の医学的研究に加え、新たに水俣病に関する社会科学的研究、自然科学的研究、資料の収集・整理・提供を幅広く行うこととしました。また、平成13年度に水俣病情報センターを開館しました。
(エ)国際貢献
 水俣病問題の解決に当たって、平成7年12月の内閣総理大臣談話では、水俣病の悲劇を教訓として謙虚に学び、我が国の環境政策を一層進展させ、さらに、世界の国々に対し、我が国の経験や技術を活かして積極的な協力を行うなど国際的な貢献をしてまいる旨述べられました。15年度はタイ、インドネシア、中国などの国から行政担当者などを招聘し、語り部さんの講話を中心に研修を行いました。
 国立水俣病総合研究センターは、昭和61年に「有機水銀の健康影響に関するWHO協力センター」に指定されました。国内外の研究者が共同研究を行う「国際研究協力棟」を活用し、共同研究体制の強化を図りました。また水銀汚染の調査研究、技術移転等を目的として、JICAからの委嘱を受け、ブラジル、中国、タンザニアなどに専門家の派遣を行っています。
(オ)国内普及啓発
 水俣市と連携し、語り部さんの講話を行うなど国内の水俣病経験の普及啓発を行いました。平成15年度は「水俣病経験の普及啓発セミナー」を大学等の教育者・研究者40名の参加を得て東京で開催し、水俣病の教訓の共有を図りました。
エ イタイイタイ病
 平成15年12月末現在の被認定者数は4人(認定された者の総数187人)です。また、富山県は指定地域における要観察者3人(平成15年12月末現在)について経過を観察しています。
オ 慢性砒素中毒症
 平成15年12月末現在の被認定者数は、土呂久地区で58人(認定された者の総数167人)、笹ヶ谷地区で5人(認定された者の総数21人)です。

(2)環境保健に関する調査研究
ア 環境保健施策基礎調査等
(ア)大気汚染による呼吸器症状に係る調査研究
1) 局地的大気汚染の健康影響に関する調査研究
  道路沿道の局地的大気汚染による健康影響については、その調査手法を確立することを目的として、昭和62年度から調査研究を実施してきました。平成15年度は、大気汚染物質の個人暴露量を把握するための試行調査を調査地域を拡充して(平成14年度2地域→平成15年度4地域)実施するとともに、客観的健康影響指標の導入のための調査研究を進め、平成17年度からの幹線道路沿道における疫学調査の実施に向けた準備を進めました。
2) 環境保健サーベイランス調査
  平成15年度も引き続き、全国38地域で調査を行いました。また、平成13年度調査分のデータ解析を行い、取りまとめた結果を平成15年9月に公表しました。本調査結果によると、現在の大気汚染の濃度ではぜん息有症率と単調な相関を示す結果は得られませんでした。
3) その他
  動物を用いた暴露実験により、大気汚染物質のぜん息等の症状悪化への影響に関する調査研究を進めました。また、公害健康被害補償予防協会においても、大気汚染の影響による健康被害の予防に関する調査研究を行っています。
(イ)新たな環境要因による健康影響に関する調査研究
1) 大気汚染と花粉症の相互作用に関する基礎的研究
  平成3年度から、大気汚染の花粉症発症・症状増悪への関与を究明するため、動物実験、疫学調査等を行っています。12年2月にこれまでの調査研究の成果等を取りまとめ、花粉症のメカニズムや対策、保健指導のあり方等を盛り込んだ保健指導マニュアルを作成し、15年度には各種データの更新や最近の調査研究等の取組状況を踏まえた改訂を行い、その普及に努めています。
2) 電磁環境の健康影響に関する調査研究
  電磁環境の健康影響については、関係省庁が連携して調査研究を進めており、環境省では、平成2年度から文献調査等を進めるとともに、11年度からは超低周波電磁界等の個人暴露量把握に関する調査研究を実施しています。また、WHOにおいては電磁波に関する環境保健クライテリアの作成作業が進められています。
イ 重金属等の健康影響に関する調査研究
 環境中に存在している、水銀やカドミウムといった重金属等の健康影響に関して、科学的な知見を得るために、以下のような調査研究が行われています。
1) 水銀
  水俣病については、昭和31年に公式認定されてから数多くの調査研究が実施され、発症原因の究明をはじめ、水俣病像の確立など多大な研究成果を上げてきたところです。
  一方、メチル水銀の毒性メカニズム等、いまだ十分に解明されていない課題も残っており、また、低濃度メチル水銀への暴露による健康影響等の新しい課題もでてきています。
  これらに対応するため、基礎的研究及び応用的研究の推進、情報収集・整理等により、水俣病やメチル水銀に関する最新の知見の収集に努めているほか、国際的に高く評価されている水銀の分析法がさらに広く供されるよう、水銀分析マニュアルを策定し、公表しました。
2) カドミウム
  イタイイタイ病の発症の仕組み及びカドミウムの健康影響については、なお未解明な事項もあるため、現在も基礎医学的な研究や、富山県神通川流域の住民を対象とした健康調査などを引き続き実施し、その究明に努めています。

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