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第1節 

1 地球規模の大気環境の現状

(1)地球温暖化
 ア 問題の概要
 地球温暖化は、人間活動により、自然界での健全な物質の循環がゆがむことにより生じる環境問題の典型的事例です。
 大気中には、二酸化炭素、メタンなどの「温室効果を有するガス」が含まれており、これらのガスの温室効果により、人間や動植物にとって住み良い大気温度が保たれてきました。ところが、近年の人間活動の拡大に伴って二酸化炭素やメタン等の温室効果ガスが人為的に大量に大気中に排出されることで、温室効果が強まって地球が過度に温暖化するおそれが生じています(図1-1-1)。特に、二酸化炭素はその人為的な排出量が膨大であるため、温暖化への寄与度は全世界における産業革命以降の累積で約64%を占めています(図1-1-2)。





 イ 地球温暖化の現況と今後の見通し
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の2001年(平成13年)の報告によると、全球平均地上気温は1861年以降上昇しており、20世紀中に0.6±0.2℃上昇しました。20世紀における温暖化の程度は、北半球の代替データを用いた新たな解析によると、過去1000年のいかなる世紀と比べても、最も著しかった可能性が高いとされています。同報告では、過去50年間に観測された温暖化の大部分が人間活動に起因しているという、新たな、かつより強力な証拠が得られたことが指摘されています。
 また、同報告では、世界全体の経済成長や人口、技術開発、経済・エネルギー構造などの動向について一定の前提条件を設けた複数のシナリオに基づく将来予測を行っており、1990年から2100年までの全球平均地上気温の上昇は、1.4〜5.8℃と予測されています。ほとんどすべての陸地は、特に北半球高緯度の寒候期において、全球平均よりも急速に温暖化する可能性がかなり高いとされています。北アメリカ北部や北アジア及び中央アジアでこの傾向が最も顕著で、全球平均の変化より40%以上急速に温暖化すると予測されています。このような気温の上昇は、過去1万年の間にも観測されたことがないほどの大きさである可能性がかなり高いとされています。
 気温は、日較差や年較差をもって周期的に変動していますが、その変動は大きな問題をおこすものではありません。しかし、全体としての平均気温の上昇はその数値が日較差に比べ微小であっても環境に大きく影響するおそれがあります。WMO(世界気象機関)によると、2001年(平成13年)は、地球全体の年平均気温が観測史上2番目に高い年となりました(図1-1-3)。近年得られたより強力な証拠によると、最近50年間に観測された温暖化のほとんどは人間活動によるものです。
 こうして地球温暖化が進行するのに伴い、人類の生活環境や生物の生息環境に広範で深刻な影響が生じるおそれがあります。



 ウ 地球温暖化に関する世界的な影響
 (ア)海面の上昇
 気温の上昇は、海水の膨張、極地及び高山地の氷の融解を引き起こし、その結果として海面の上昇を招きます。この場合、海岸線の後退により多大な影響が生じると考えられます。IPCC第3次評価報告書によれば海面水位は1990年から2100年までの間に9〜88cm上昇することが予測されています。2080年までに海面水位が40cm上昇する場合、沿岸の高潮により水害を被る世界の人口は、年平均で7500万人から2億人の範囲で増加すると予測されています。
 (イ)経済格差の拡大
 IPCC第3次評価報告書によると、地球温暖化によって、多くの開発途上国で経済的損失が生じ、温暖化が進行するほど損失も大きくなることが予測されています。一方、先進国ではわずかな気温上昇では、経済的利益・損失両方とも予測されますが、より大きな温暖化では損失となることが予測されています。この影響予測によれば、先進国と開発途上国の間の暮らしぶりの格差が広がり、温暖化が進行するほどその格差は大きくなります。また、世界のGDPについても、わずかな気温上昇では±数%の変化ですが、より大きな温暖化では損失が増加することが予測されています。
 (ウ)食糧危機
 IPCC第3次評価報告書によると、中緯度の一部地域での農作物生産にとって数℃以下の温暖化では一般に好影響となりますが、それ以上の温暖化が起きると悪影響となることが予測されています。特に熱帯では、一部の農作物生産は、すでに気温が許容範囲の上限近くにあることから、わずかな気温上昇でさえも、生産量は減少します。また、地球の年平均気温が数℃以上上昇した場合、地球規模での食料需要の増加に対して、食料供給の拡大が遅れることによる食料価格の上昇が予測されています。
 (エ)生態系への影響
 IPCC第3次評価報告書によると、すでに多くの野生生物の種や個体群が危機に曝されており、気候変化によって、21世紀には、現在「深刻な危機に曝されている」と分類されている一部の種は絶滅し、「危機に曝されている、または脆弱である」と分類されているものの大多数は希少種となって、絶滅に近づくと予測されています。
 (オ)健康への影響
 生物、食料、水によって媒介する伝染病の多くは、気候変化に敏感であることが知られています。IPCC第3次評価報告書によると、マラリアとデング熱は、現在、世界人口の40〜50%に影響を及ぼしていますが、気候変化によりその伝染可能性の地理的範囲が拡大することが予測されています。また、熱波の増加により熱に関連した死亡や疾病の増加が起こり、洪水の増加により溺死、下痢、呼吸器疾患、特に開発途上国では飢餓や栄養失調となる可能性が増加すると予測されています。

 エ わが国における影響
 気象庁の観測によると、わが国でも年平均気温はこの100年間で1.0℃上昇しています。特に1980年代からの上昇が著しくなっています(図1-1-4)。



 平成13年3月の報告書「地球温暖化の日本への影響」によれば、今後100年間の気温上昇が、南日本で4℃、北日本で5℃と予測されています。また、オホーツク海の海氷面積の減少や、動植物の生息域で移動など温暖化による自然環境等への影響がすでに現れつつあるとしており、さらに、今後温暖化の進行により、水資源、農林水産業、生態系、沿岸域、エネルギー、健康などの広範な分野にわたりさまざまな影響が生じることが予測されています。

 オ 温室効果ガスの排出状況
 (ア)わが国の排出状況
 わが国の平成11年度の温室効果ガス排出量のうち二酸化炭素排出量は12億2500万トン、1人当たり排出量は9.67トン(ともに二酸化炭素換算)です。平成2年度に比べ1人当たり排出量では6.3%、総量については9.0%増加しています。これを部門別にみると、運輸部門が23.0%、民生(業務)部門が20.1%・民生(家庭)部門が15.0%増加しています。一方、産業部門については0.8%の増加です(図1-1-5)。



 運輸部門では、自家用乗用車の台数が1990年から1999年の間に46%増加しており、それに伴い、走行量が40%も増加しています。また、個々の自動車の燃費は改善している一方、消費者の嗜好の変化により、乗用車は大型化(重量化)(図1-1-6)しています。これらの結果として、運輸部門の排出量の56.4%(図1-1-7)を占める自家用乗用車からの排出が35%増加しており、運輸部門のCO2排出量増加の最大の要因となっています。





 民生(業務)部門では、延床面積の増加(図1-1-8)が排出量の増加に大きく寄与していますが、床面積当たりのエネルギー消費量はそれほど増加していません。また、民生(家庭)部門では、世帯数の増加とともに、一世帯当たりのエネルギー消費量が増加しており、排出量の増加に寄与しています。



 (イ)排出削減のための課題
 これまでみてきたように、温暖化の影響が顕在化し、取り返しのつかない事態が生ずる前に、対策を実施していくことが必要です。
 平成12年12月に見直された環境基本計画の中では、1)究極の目標として、「気候変動枠組条約」が目的に掲げる「気候系に対する危険な人為的影響を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化」させることを目指すこと、2)中長期的な目標として、「各分野の政策全体の整合性を図りながら、温室効果ガスの排出削減が組み込まれた社会の構築」を目指すこと、3)京都議定書におけるわが国の第一約束期間の約束である、温室効果ガスの6%削減約束を達成すること、が掲げられています。
 しかしながら、最も主要な温室効果ガスである二酸化炭素は、人間活動のあらゆる局面から生じるものであり、その排出の抑制・削減に当たっては、従来の公害対策とは異なった新たな対応を要します。また、その他の温室効果ガスであるメタン、一酸化二窒素、代替フロン等3ガス(HFC、PFC、SF6)についても、それぞれの排出実態を踏まえた対策を実施していく必要があります。このため、国、地方公共団体、事業者、国民といったすべての主体がそれぞれの役割に応じて総力を挙げて取り組むことが不可欠です。また、地球温暖化対策を推進するに当たっては、環境と経済の両立に資する仕組みを整備・構築していく必要があります。地球温暖化のもたらす大きな影響とともに、その対策の困難性から、地球温暖化問題は現在の環境行政の最重要課題の一つとなっています。
 平成9年12月には、京都において気候変動枠組条約の第3回締約国会議(COP3)が開かれ、京都議定書が採択されました。本議定書では、先進国の温室効果ガス排出量について、法的拘束力のある数量化された約束を設定するとともに、約束達成のための柔軟な国際的仕組みとして京都メカニズムを導入することネどが規定されています。平成13年10月から11月にかけてモロッコのマラケシュで開催されたCOP7においては、京都議定書の運用に関する細目を定める文書が決定され、これにより京都議定書の2002年発効に向けて先進国等の京都議定書の締結が促進される見通しとなりました。わが国においては、平成14年2月13日に地球温暖化対策で決定された「京都議定書の締結に向けた今後の方針」等に基づき、京都議定書の締結に向けた取組を進めています(詳細は本節2参照)。

(2)オゾン層の破壊
 ア 問題の概要
 オゾン層*がCFC*、HCFC*、ハロン*、臭化メチル*等のオゾン層破壊物質により破壊されていることが明らかになっています。オゾン層が破壊されると、地上に到達する有害な紫外線が増加し、人に対して皮膚ガンや白内障等の健康被害を発生させるおそれがあるだけでなく、植物やプランクトンの生育の阻害等を引き起こすことが懸念されています。

*オゾン層
地球を取り巻く大気中のオゾンの大部分は地上から約10〜50km上空の成層圏に存在し、オゾン層と呼ばれている。オゾン層は太陽光に含まれる有害紫外線の大部分を吸収し、地球上の生物を守っている。

*CFC
クロロフルオロカーボン
いわゆるフロンの一種

*HCFC
ハイドロクロロフルオロカーボン

*ハロン
主に消火剤として使用される。

*臭化メチル
主に土壌くん蒸や農産物の検疫くん蒸として使用される。

 これらは化学的に安定な物質であるため、大気中に放出されると対流圏ではほとんど分解されずに成層圏に達します。そこで太陽からの強い紫外線を浴びて分解され、塩素原子や臭素原子を放出し、この塩素原子や臭素原子が触媒となってオゾンを分解する反応が連鎖的に起こります。
 オゾン層の破壊は、被害が広く全世界に及ぶ地球規模の環境問題であり、いったん生じるとその回復に長い時間を要します。

 イ オゾン層等の現況と今後の見通し
 オゾン層は、熱帯地域を除き、ほぼ全地球的に減少傾向にあり、特に高緯度地域で減少率が高くなっています。わが国では、札幌、つくば、鹿児島、那覇及び南鳥島でオゾン層の観測が行われており、札幌で統計的に有意な減少傾向が確認されています(図1-1-9)。



 また、南極では、2000年(平成12年)に過去最大規模のオゾンホールが観測され、2001年(平成13年)にも、過去最大規模に匹敵する大きさのオゾンホールが観測されるなど、依然として脆弱な状態にあります(図1-1-10)。



 オゾン層破壊物質の大気(対流圏)中濃度については、CFC−11や大気中寿命の短い1,1,1-トリクロロエタンについては、すでに減少傾向を示しています。一方、HCFC及びハロンの大気中濃度は増加の傾向にあります。
 有害紫外線量(UV-B量)については、国内の1991年からの観測結果によると、オゾンの減少傾向が確認されている札幌を含め、明らかな増加傾向はみられていません。しかし、晴天時等の同一条件下では、オゾン全量が減少すれば、紫外光の地上照射量が増加する関係にあることが確認されているので、1970年代に比べてオゾン全量が減少している地域においては、有害紫外線量(UV-B量)は増加しているものと考えられます。
 国連環境計画(UNEP)の報告(1998年(平成10年))は、すべての締約国が1997年(平成9年)の改正モントリオール議定書*を遵守すれば、
 1) 成層圏中の塩素及び臭素濃度の合計(オゾン層破壊物質が分解してできるこれら元素がオゾン層を破壊する)は、2000年より前にピークに達する。
 2) オゾン層破壊のピークは、2020年までに訪れる。
 3) 成層圏中のオゾン層破壊物質濃度は、2050年までに1980年以前のレベルに戻る。
 4) その他の気体(一酸化二窒素、メタン、水蒸気等)の将来の増加又は減少及び気候変動がオゾン層の回復に影響を及ぼす。
と予測しています。

*改正モントリオール議定書
オゾン層の保護のためのウィーン条約に基づき、オゾン層を破壊する物質の削減スケジュール等の具体的な規制措置等を定めたもの。1987年に採択され、1990年、1992年、1995年、1997年、及び1999年の5度にわたって規制強化のための改正等が行われてきた。2000年9月28日現在のウィーン条約締約国数は175か国と1経済機関(EC)、モントリオール議定書の締約国数は174か国と1経済機関(EC)である。

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