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第1節 

1 社会経済システムと自然環境における循環

(1)社会経済活動が環境に与える負荷
 地球上の自然環境は、大気圏、水圏、土壌圏及び生態系の間を物質が循環し、生態系が微妙な均衡を保つことによって初めて成立しています。
 他方、今日の大量生産・大量消費・大量廃棄の社会経済システムは、生産、流通、消費、廃棄等の各段階において、資源・エネルギーの採取、不用物の排出等の形で自然環境に対し負荷をかけています。自然環境は、自らの循環の中で、社会経済システムにおいて生じた負荷を吸収し軽減するという機能を有していますが、その能力には限界があるとともに、社会経済活動の拡大等による自然環境の破壊や、適正な管理が放棄された森林の増大等による自然の劣化などを通じて、その機能が弱められています。この結果、社会経済活動に伴って生じる環境負荷の総量が、自然環境の循環を通じた吸収・軽減機能の限界を超え、公害や自然破壊を始めとするさまざまな環境問題を生じさせることとなります(図1-1-1)。



 ここではまず、現在、喫緊の課題となっている地球温暖化を例に取り上げてみます。
 太陽から地表に届いたエネルギーは地表を温め、その熱は赤外線という形で放射されていますが、大気中の水蒸気・二酸化炭素・メタンなどの温室効果ガスは、その赤外線を吸収し、吸収された熱は再び地表に向かって放射され、地表を温めています。これが温室効果です。温室効果がないと地球の平均気温は−18℃になるといわれており、この温室効果によって生態系が保たれていますが、社会経済活動に伴い排出される二酸化炭素等の温室効果ガスの大気中の濃度が増加すると、地表の気温が今以上に上昇することとなります。この現象を地球温暖化といいます。
 大気中の二酸化炭素濃度は、産業革命以前は約280ppmv*でしたが、産業革命以降、石油・石炭などの化石燃料が大量に消費されるようになると二酸化炭素の排出量が増加し、現在の濃度は約370ppmvと、産業革命以前と比べて3割も増加しています。最近100年間でみると、二酸化炭素の排出量は、1900年の5億3,400万t(炭素換算)から1997年の65億9,000万t(炭素換算)へと約12倍に増加し(図1-1-2)、その間地上気温はIPCC*によると世界全体で0.6±0.2℃、気象庁によると日本で約1℃上昇しました。IPCCは、このまま対策がなされなければ、地表の平均気温は、21世紀末までに1.4〜5.8℃上昇し、海面水位は9〜88cm上昇すると予測しています。海面の上昇は、洪水の増加、海岸の侵食、地下水の塩水化等により生態系・食料生産等への影響をもたらすといわれています。

*ppmv
濃度単位容積比100万分の1

*IPCC
Intergovernmental Panel on Climate Change
気候変動に関する政府間パネル。地球温暖化問題について議論を行う公式の場としてUNEP(国連環境計画)とWMO(世界気象機関)の共催により1988年11月に設置され、千人にのぼる各国の科学者・専門家の検討により科学的、技術的知見を提供している。



 また、自然環境への負荷としては、以下のように、さまざまな事例を挙げることができます。
 人類にさまざまな恵みをもたらす森林への負荷として、森林資源の過度な利用が考えられます。森林の減少・劣化の原因としては、人口増加や貧困等を背景とする非伝統的な焼畑、不適切な商業伐採が指摘されていますが、近年は森林火災や違法伐採も大きな原因となっています。また、過放牧、薪炭材の過剰な採取などは、砂漠化の原因にもつながっています。農業を通じた自然環境からの採取である穀物の収穫についてみると、その量は1950年(昭和25年)から1995年(平成7年)にかけて約2.7倍に増加(約6億トンから約17億トン)し、穀物作付面積は、1950年(昭和25年)から1981年(昭和56年)にかけて25%増加(5億8,700万haから7億3,200万ha)しましたが、その後1995年(平成7年)にかけて8%減少しました。
 エネルギー供給は、1973年(昭和48年)から1995年(平成7年)にかけて約1.6倍の増加になっています。内訳は、先進国が1.3倍で、そのほかの国々で3.1倍に増加しています。また、鉱物生産量についてみると、石油が1950年(昭和25年)から1995年(平成7年)にかけて約6.3倍(4億8,600万tから30億7,244万t)、鉄鉱も約6.5倍(9,320万tから6億250万t)に増加しています(図1-1-3)。また、自然環境から採取した化石燃料である石炭や石油の燃焼などに伴って、硫黄酸化物や窒素酸化物が大気中に放出され、雨や雪に溶け込んだ形で沈着(湿性沈着)したり、ガスや粒子の状態で直接地上に沈着(乾性沈着)することにより、湖沼水質の酸性化、森林の衰退等、自然環境への負荷を与えています。



 なお、自然環境へは、資源を採取するだけでなく、不用物を排出することによっても影響を与えます。世界の主要国の都市ごみをみてみると、いずれも増加の傾向を示しています(図1-1-4)。



 また、わが国の物質収支(マテリアルバランス)をみると(図1-1-5)、社会経済活動に伴って18.4億トンに及ぶ自然界からの資源採取を含め、21.3億トンの資源が国内外から投入されています。そして投入されたうちの約5割が蓄積され、約4割がエネルギー消費や廃棄物という形態で環境中に排出されており、再生利用されている量は約1割程度です。これを1世帯当たりで換算すると、1日当たり130kgの資源を利用し、そのうち約50kgを不用物として排出していることになります。
 こうした自然環境からの資源等の採取の増加、不用物の排出の増加の原因には、経済活動の規模の拡大とさらにその前提でもある人口の増加があります。1950年(昭和25年)から1995年(平成7年)の間に、世界のGNPは5.5倍に増加し、1950年(昭和25年)から2000年(平成12年)の間に人口は約25億人から約2.5倍の約60億人へと増加しています。



(2)自然環境の恵みと循環
 自然環境は、社会経済活動に必要な資源やエネルギーを供給し、また、社会経済活動に伴って発生する廃棄物を分解・吸収するだけでなく、水の浄化、土壌の形成と維持、気候の調整等、人間の生存にとって欠かすことのできないさまざまな恩恵を与えています。森林を例にとれば、木材の供給はもちろんのこと、風、雨の影響や土壌侵食を軽減しているほか、光合成によって二酸化炭素を吸収し、貯蔵するなど、地球温暖化防止にも役立っています。
 また、自然環境は、生態系による機能的な恩恵に加え、さまざまな観点から人間にとって有用な価値を持っています。私たちの生活は、農作物や魚介類などの食品としてばかりでなく、工業材料、医薬品、燃料など多様な生物を資源として利用することによって成り立っています。また、科学や芸術を生み出す糧としてや、レクリエーションや観光の対象などとしての価値もあります。この価値の中には、現在はその価値が分かっていなくとも、バイオテクノロジー等の技術の進展によって将来、人類が生き延びていくために不可欠な医療品や食料の開発などに役立つ可能性を有するといった潜在的な価値も含まれていることを忘れてはなりません。
 地球上の生物は、およそ40億年の歴史を経てさまざまな環境に適応して進化し、現在の生物の多様性が生み出されました。これらの生物は一つひとつの個体だけで生きていけるものではありません。多様な生物と大気・水・土壌などの要素から構成される生態系は、一つの環の中で相互に深くかかわりを持ち、さまざまな鎖でつながりあって生きています。人間もまたこの「環」や「鎖」と深くかかわりを持っており、生物を食し、呼吸をするために植物の光合成が不可欠であるように、多くの種と関わり合って初めて生きていくことができる存在といえます。

(3)自然環境と社会経済システムのバランス
 自然環境は、人間に対し清浄な大気・水・土壌等の生存基盤はもちろんのこと、生態系を通じ、さまざまな便益を付与していますが、継続的な環境への負荷は、清浄な大気を汚染し始めたり、生態系をむしばみ始める等、自然環境と社会経済システムの間のバランスに影響を与え始めています。
 森林については、その減少・劣化が問題になっております。FAO*の調査によると、1990年(平成2年)から2000年(平成12年)までの10年間に、世界全体の森林面積は約9,400万haの減少となり、中でも熱帯地域の天然林については、毎年約1,420万haと早いペースで減少しています。これは、毎年日本の本州面積の約3分の2に相当する面積が減少していることになります。

*FAO
Food and Agricul-ture Organization
国連食糧農業機関

 砂漠化については、1991年のUNEP*の報告書では、砂漠化の影響を受けている土地の面積は約36億haとされており、これは、地球上の全陸地の4分の1に当たります。

*UNEP
United Nations Environment Programme
国連環境計画

 酸性雨については、ヨーロッパで森林への被害が報告されているほか、1999年のスウェーデン政府の報告書によると、スウェーデン国内の1ha以上の面積を持つ約85,000ある湖沼のうち約10,000の湖沼において、酸性化により魚類等の水生生物の生息に悪影響が出ているとされるなど、湖沼への影響も深刻なものとなっています。
 生物の多様性については、世界でみると総種数は約175万種で、このうち、哺乳類は約6,000種、鳥類は約9,000種、昆虫は約95万種、維管束植物は約27万種となっています。種類の大半を昆虫が占めており、まだ知られていない昆虫の種も相当数あると見込まれているため、未知の種を合わせた生物の総種数は3,000万種にも及ぶと推測されます。一方、人間活動による種の絶滅は進行しており、IUCN*が2000年に改定したレッドリストによれば、絶滅のおそれのある種として、動物5,435種、植物5,611種が掲載されています。わが国の状況も同様で、総種数は約9万種で、約240種の哺乳類の20%、約700種の鳥類の13%、約8,800種の維管束植物の19%が絶滅のおそれのある種になってます(表1-1-1表1-1-2)。

*IUCN
International Union for Conservation of Natural Resources
国際自然保護連合





 また、人工的な化学物質による問題もあります。例えば、フロンは自然界に存在しない物質ですが、化学的に安定で人体に無害というすぐれた特徴により、多くの産業で使用されてきました。しかしながら、フロンは、いったん大気中に放出されると対流圏内ではほとんど分解されずに成層圏に達し、オゾン層を破壊します。このオゾン層の破壊により生ずるオゾン全量が著しく少なくなる現象である「オゾンホール」は、昭和55年頃に南極上空で確認され、平成13年には、この面積は、2,647万km2にまで拡大しました。
 このほかに、有害化学物質による環境汚染問題もあります。現在、世界全体で約10万種類、日本で約5万種類の化学物質が流通していますが、多くの化学物質は、その環境中における挙動は解明されておらず、また、危険性が指摘されている数多くの化学物質がさまざまな環境中から検出されています。例えば、PCBは製造などが中止されてから30年経ちますが、全国20地点で行っている生物モニタリング調査において、平成12年度は延べ11地点から検出されています。また、北極のアザラシからの検出も確認されています。
 このように、今日の大量生産・大量消費・大量廃棄の社会経済システムは、人類にさまざまな利便性の向上をもたらす一方で、自然環境から資源を採取し、自然環境に不用物を排出することによって成立しています。その結果、自然環境に対して多大な負荷を与え続けることになり、社会経済システムと自然環境のバランスが崩れ自然環境の質の低下があらゆる場面で進行しています。

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