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第2節 

1 地球温暖化防止に向けた国際的取組の進展

 地球温暖化は、科学の発達によって「発見」された環境問題です。
 大気中の二酸化炭素濃度の上昇が地球を温暖化し得るという理論は、19世紀末にアレニウスによって発表されました。これからほぼ1世紀を経た後、コンピュータによる観測・予測技術の発達により、地球の将来を脅かす重大な問題として初めて認識されたのです。まだ不確実性は高いものの、温暖化によって何が生じるのか、それはどの程度の規模となるのか、といった、政策決定に不可欠な情報を提供することができるという観点からも、温暖化対策において科学が果たした役割は非常に大きいといえます。
 ほぼすべての社会活動が温暖化の原因となることから、地球温暖化問題については、問題のある地域における対策だけではなく、解決に向けて全地球的な協調が必要であり、そのためには技術的な解決のみならず、社会科学的な各種の政策手法が必要となります。終末処理や代替技術の開発によって解決を図ることのできた公害に比べ、地球温暖化対策においては、あらゆる政策措置を有機的に組み合わせるポリシーミックスの考え方を活用していくことが考えられます。
 このように地球温暖化対策においては、先進国間や先進国・途上国間の協調はもちろん、科学的組織等を巻き込んだ国際的な体制の下で、科学的知見に基づいた取組を進めることが重要です。表2-2-1には、地球温暖化防止に向けたこれまでの国際的な取組が示されています。科学的組織や国際機関主導の下、国際的な取組の枠組みづくりが進められています。
 このような中で、1997年12月のCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)は日本を議長国として京都で開催され、京都議定書が採択されました。この議定書では、先進国の温室効果ガスの排出削減について法的拘束力のある数値目標を定め、各国が国情に応じて政策・対策を実施することを求めているほか、国際的に協調して目標を達成するための仕組みとして排出量取引、共同実施、クリーン開発メカニズムのいわゆる「京都メカニズム」を導入、森林等の吸収源による吸収量を目標達成に当たって算入することとされています(表2-2-2)。しかし、京都メカニズムなどの具体的ルールはさらに交渉を行って定めることとされ、COP3以降も国際交渉が進められています。
 1998年11月にアルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたCOP4では、COP6までに京都議定書の詳細及び途上国への技術移転など、条約上の先進国の義務のさらなる実施方策について合意するための作業計画「ブエノスアイレス行動計画」が採択されました。続く1999年10月から11月にドイツのボンで開催されたCOP5においては、リオデジャネイロの地球サミットから10年目までに温暖化防止に向けた国際的取組に明確な進展があるべきという立場から、わが国や欧州各国は2002年までに京都議定書を発効するという目標を宣言しました。
 2000年11月にオランダのハーグで開催されたCOP6では、途上国支援問題、京都メカニズム問題、吸収源問題、遵守問題といった主要な項目を一体のものとして交渉が行われたものの、合意に至らず、2001年7月に開催されるCOP6再開会合での合意を目指し、引き続き交渉が行われています(表2-2-3)。
 わが国は、COP6前に途上国支援問題に関する先進国間の会議を開催するとともに、COP6においては、京都メカニズムに関する閣僚会合の議長を務めるなど、積極的に貢献しました。
 一方、米国のブッシュ政権が、京都議定書を支持しない立場を表明したことに関して、わが国からは、2001年3月、森総理大臣からブッシュ大統領宛てに、こうした動きが気候変動交渉に与える影響を強く懸念すること等を内容とする書簡を発出しました。また、4月には、政府・与党代表団が訪米し、米国が引き続き京都議定書の発効に向けた交渉に参加して、わが国とともに積極的に合意を模索するよう、直接働きかけを行いました。さらに同月、参議院及び衆議院において「京都議定書発効のための国際合意の実現に関する決議案」がそれぞれ全会一致で可決されました。
 政府としては今後も引き続き、2002年までの京都議定書の発効、わが国を含む関係国にとって合意可能かつ実施可能な京都議定書のルールの策定、米国の京都議定書への参加を目指し、引き続き米国への働きかけを行うとともに、COP6再開会合の成功に向け努力を続けます。





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