1 個人を中心として見た場合
個人は日々の生活や一生涯の中で、様々な主体との間で様々な場や情報媒体などを通じて環境情報の受信や発信をしています。そのようなコミュニケーションを通じて、環境問題について総論で賛成しながら各論では反対するといった傾向のある個人の態度が、自省が促されることにより変化し、自らのライフスタイルを見直すことが可能になります。このライフスタイルの変化は、消費や投資、自らの環境保全活動などの具体的な行動を促すことによって社会全体を持続可能なものに変革していく原動力となり得ます。そのような波及効果を高めていくためには、個人と様々な主体との間の環境コミュニケーションのあり方をより充実したものにしていく必要があります。
(1)ライフスタイルと環境コミュニケーション
個人のライフスタイルのあり方は、図3-2-1のように、一日あるいは一生の活動を通じて、環境に様々な影響を及ぼしています。一方で、一日、一生の活動を通じて様々な主体との間で環境情報のやりとりを行いながら、相互に影響を及ぼし合っています。さらに、行政や企業、NGOといった主体についても、それらを構成しているのは一人一人の個人であり、個人のライフスタイルの中においても、「他の主体から情報を主に受け取り、消費などの具体的行動を行う主体としての立場」や、「様々な組織に属して情報を主に発信する主体としての立場」など、いろいろな状況が考えられます。
ここでは、前者としての個人が様々な主体との間にどのような環境コミュニケーションを行っているかについて、図を参考にしながらいくつか例をみてみましょう。
ア 学校との関係
学校などの教育機関からは、子供から大人向けのものまで、環境教育プログラムや公開講座などの様々な環境情報が提供されています。例えば、1990年代から日本全国の大学に環境関連の学部・学科が積極的に設置されるようになり、環境関連の学会も設立数が増加しています。こうしたルートからの情報に接することにより、個人は環境問題に対する認識をいろいろな面から深め、自らの活動につなげていくことができます。
イ 企業との関係
企業からは、製品・サービスに関する環境情報や、事業所や経営全体における環境保全への取組状況の情報などが発信され、それをもとに消費者としての個人が、環境に配慮した製品やサービスを購入することや資産運用で環境に配慮した投資対象を選択することができます(2で詳述)。
ウ 行政との関係
行政からは環境保全施策に関する情報や、行政が事業活動を行う上でどのような環境配慮をしているかについての情報などが発信されます。個人はそれらの情報を基に、政策や行政活動のあり方に対する意見を「規制の設定又は改廃に係る意見提出手続*」などを通じて行政に提出することができます。
*規制の設定又は改廃に係る意見提出手続
いわゆるパブリックコメント制度。行政機関が政策の立案等を行う際にその案を公表し、この案に対して広く国民・事業者等からの意見や情報の提出の機会を設け、行政機関は、それらの意見等を考慮して最終的な意思決定を行うものである。
エ NGOとの関係
NGOからは、NGOにより解釈、分析がなされた企業や行政の保有する様々な環境情報や、環境関連の行事に関する情報などが提供されます(3で詳述)。市民としての個人にとっては、NGOに参加あるいは協働しての環境保全活動や、企業や行政などに対する環境に関する意見の提出への動機が強まります。
オ 地域社会との関係
個人は、学校や近隣の人々、知人・友人、家族を含む地域社会から様々な情報を得ることにより、身近な生活の中で環境配慮を進め、環境保全のための地域活動に参加するなど、自らの行動につなげていくことができます。
カ 金融機関との関係
(3)でも述べるとおり、いくつかの金融機関では、環境保全事業への低利融資などの環境配慮型の金融商品を開発しています。それらの情報により、個人金融資産の資産選択を行う際に、環境配慮型の商品や金融機関を選択することができます。
キ マスメディアとの関係
テレビや新聞、雑誌などは個人が触れる機会の最も多い情報媒体であり、これらのマスメディアから発信される環境情報は、個人の行動に対して最も影響力を持っています(後述)。
このように、個人は、様々な主体と相互に環境情報や意見などをやり取りすることによって、個人が他の主体と互いに影響を及ぼし合いながら、環境保全において重要な役割を果たすことがわかります。また、今後一層コミュニケーションの双方向性が高まることが期待されます。
(2)個人の環境保全行動と環境情報
個人が環境保全行動に取り組んでいく上で、多様かつ豊富な環境情報を得ることが重要になります。これを環境情報との接触の仕方と環境保全行動との相関関係からみてみましょう。
平成10年に環境庁(環境省)が行った「環境にやさしいライフスタイル実態調査」によると(図3-2-2)、接触する環境情報の量や種類が多くなればなるほど、個人の環境保全行動がより多く行われていることがわかります。
さらに、同じ調査結果から、それぞれの環境保全行動がどのような情報や媒体によって促されるかをみてみると、例えば、「グリーン購入」や「環境保護団体などへの活動参加」という環境保全行動については、表3-2-1
のような「情報源」や「情報の内容」について、一定の相関関係がみられます。
このように、個人の環境保全行動は、どのような、又はどのくらいの環境情報をどこから得るかに影響を受けているといえ、個人のライフスタイルに対する環境コミュニケーションの影響、役割が重要であることがわかります。さらに、環境コミュニケーションを経て個人の意識が変化し、それがさらに行動につなげられ、持続し得るか、という最後のステップが最も重要であり、かつ難しいということに留意しなければなりません。
(3)個人から他の主体への働きかけ
各主体との環境コミュニケーションは、一方通行から双方向へと変化しています。企業や行政から発信される環境情報を、個人が単に受動的に受けとめるだけではなく、行政の政策決定過程や企業活動のあり方などへの意見・要望の提出や、さらには環境配慮型の製品・サービスの購入や環境優良企業への投資といった行動、地域の環境保全活動への参加などを通じ、個人から他の主体への能動的な働きかけが行われるようになっています。
ア 地域住民、国民の立場からの行政活動への働きかけ
個人が、地域住民や国民としての立場から、地域や国の環境行政のあり方に対して、意見提出などを通じて働きかけをする動きが見られ、このような動きが一層進められることが期待されます。
平成11年に「規制の設定又は改廃に係る意見提出手続」について閣議決定がなされ、例えば環境省の施策についても平成12年3月までに20件程度のパブリックコメントが行われました。意見提出のあった個人への対応のあり方という課題はあるにせよ、この制度により従来個人が直接意見を提出する機会がほとんどなかった行政に対して、制度に則って働きかけられるようになりました。
また、わが国を含め世界各国で導入されている環境影響評価制度においては、広く環境情報を有している者から情報を入手するため、スコーピング*や評価書案に対する公衆の意見聴取が取り入れられています。
その他に、平成12年2月にISO14001の認証取得をした千葉県東金市において、内部の環境監査に市民オブザーバーに参加してもらうという試みが行われています。
なお、1998年に国立環境研究所が行った「地球環境問題をめぐる消費者の意識と行動が企業戦略に及ぼす影響」調査によれば、日本の消費者はドイツの消費者に比べて、環境問題の解決者として「行政」を挙げる割合が大きいのに対し、ドイツの消費者は、「行政」とともに「企業」や「個人」を挙げる割合が大きくなっています。国によって消費者が誰に環境問題の解決を求めるのかという考え方にも差があることがわかります。
*スコーピング
環境影響評価の項目及び手法について、事業や地域の特性に応じた最もふさわしいものを選定すること
イ 消費者、投資者の立場からの企業活動への働きかけ
個人が、消費者や投資者としての立場から、企業活動に対して市場や意見提出などを通じて働きかけ、社会を持続可能なものに変えていくためには、さらなる環境コミュニケーションが行われる必要があります。
前述の国立環境研究所の調査の結果によれば、「企業の環境配慮のために有効だと思うこと」として(複数回答可)、日本の消費者は「法律と規制」に次いで「消費者が環境に配慮している製品や店を選ぶこと」が有効だと答えています。実際の購入の際に同種類製品なら価格が高くても環境に配慮した製品を買うという消費者は約4割を占めています。さらに、「消費者自身が環境に配慮した製品やサービスを購入することで企業を変えていくことができるか」という問いに対しては、約7割が肯定的な回答をしており、自らの行動が企業を変え得ると認識していることがわかります。一方で、「環境に良い製品・サービスについてどの程度の情報・知識を持っているか」という質問に対しては、肯定的な回答は約1割にとどまっています。
さらに、ある地方銀行では企業の環境保全事業に低利融資を行う制度が登場し、環境保全対策を行っている企業に重点的に投資を行うエコファンド*が複数販売され、その中には環境NGOへ利子や配当の一部を寄付する商品が登場するなど、個人が金融資産の選択、運用を行う際にも環境配慮という視点を取り入れる方法が多様化しています。
このように、消費者側には環境配慮型の製品やサービスを購入する意思があり、また、自らの行動が企業を環境配慮型に変え得ると認識しているのであれば、そのような行動をとる上で必要な環境情報を消費者が十分得られるようになることが重要です。そのためには、後で詳しく述べるように、企業により、環境報告書や環境ラベル*などの様々な媒体を活用した環境情報の提供が進められ、消費者との間で一層の環境コミュニケーションが図られていくことが重要です。そのような取組が進むことにより、消費者の意識や行動が、企業活動のあり方を変え、ひいては社会全体を持続可能なものに変えていくことができます。
*エコファンド
環境への配慮の度合いが高く、かつ株価のパフォーマンスも高いと判断される企業の株式に重点的に投資する投資信託。欧米で始まった社会的責任投資の一つ
*環境ラベル
製品の環境側面に関する情報を提供するものであり、「エコマーク」など第三者が一定の基準に基づいて環境保全に資する製品を認定するもの、事業者が自らの製品の環境情報を自己主張するもの、LCA(Life Cycle Assessment)を基礎に製品の環境情報を定量的に表示するものなどがある。
ウ 有権者の立場からの政治への働きかけ わが国では環境問題が政治の主要な論点とされることはあまり多くはありませんが、アメリカでは環境問題にかかわらず、市民集会などを通じて政治家と市民が様々な政策について議論をする機会があります。また、ドイツのように環境保護を方針とする党が政権の一翼を担うような国もあります。前述の国立環境研究所の調査の結果によれば、「どのように行政・政治に働きかけるか」という項目に対し(複数回答可)、最も多い「何もしていない」に次いで「選挙の投票を通じて」という回答が多く、約33%にも上っています。このように、政治家や政党は環境に関する考え方や政策方針を表明すると共に、議員活動を通じ法律や条例を制定するなどの政策を実現します。有権者としての個人は、投票や意見交換をはじめとする様々な環境コミュニケーションを通じて、そうした政策の実現に働きかけをすることが可能になります。
(4)個人の環境コミュニケーションの今後
これまで見てきたように、個人は地域住民、消費者、選挙民など、さまざま顔を持ち、いろいろなルートから他の主体と環境コミュニケーションを行っています。このように他の主体への個人の働きかけは、行政や市場、政治、地域活動を通じて社会のあり方全体を持続可能なものに変えていける可能性を秘めています。
前節で述べたように、環境コミュニケーションは一方的に環境情報を提供されるだけではなく、個人も単に受動的に様々な情報を受信しているだけでは十分とは言えません。個人が企業や行政、NGOなどの発信する情報を受け、理解し、それに対して意見を述べ、参画していくためには、それらの情報を独自に、かつ、的確に評価する力を備えていくことが必要です。わが国ではまだ主体間によって、環境コミュニケーションの発展段階もまちまちですが、成熟度に応じて徐々に参加主体や方法、手段、双方向性などのあり方の質を高めていくことが期待されます。
コラム 環境意識と環境行動の差について
国立環境研究所の行った日独の意識調査の結果によると、日本の消費者はドイツの消費者に比べて環境意識は高いものの、環境行動が伴わないという傾向が見られます。今後は一層、環境意識を環境行動に結びつけていく必要があるといえるでしょう。