前のページ 次のページ

第1節 

2 人類の存続を脅かしている環境問題群の特徴

(1)今日の環境問題の特徴
 現在私たちが直面している環境問題は、かつての産業公害と異なる様々な特徴を持っています。
 第一には、社会的被害や因果関係の不確実性があります。
 過去のわが国における産業公害では、健康被害などが実際に生じたことから、社会における被害の大きさは明確でした。しかし現在の環境問題で危惧されている被害とは、地球温暖化や生物多様性の減少などのあくまで将来に発生する可能性のある被害であり、その問題の起こる確率や大きさは明確にはなりません。社会経済活動と現在の環境問題そのものの因果関係についても、不確実性が高くなっています。化学物質による複合汚染のように様々な要素が複雑に関係している場合などには、原因と結果を結び付けて考えること自体が困難となります。
 第二には、被害が「薄く広いが、大きい」ということが挙げられます。
 公害問題ではかつての四大公害のように、被害が発生する場所は特定の地域に限られましたが、人命を失うなど、個々の被害は大変大きいものでした。これに対し現在の環境問題は、地球温暖化、酸性雨、海洋汚染のように一人一人が直接受ける被害は小さいものの、問題の発生が地球的範囲に及び、一度発生した被害を修復することは大変困難であり、また、産業公害と比べはるかに多くの人々がその被害者となり、社会全体の被害は甚大なものとなります。
 第三には、対策推進の難しさが挙げられます。これは前述の二つの特徴に大きく関係しています。
 産業公害では汚染源が特定されていることが多く、排出規制などの対策で効果的に汚染の低減を行うことができました。一方、現在の環境問題では汚染源が特定されず、ほとんどすべての日常的な社会経済活動に関係しており、規制的手法に加え、環境対策のための経済的手法や、社会の各主体における自主的取組を含め、広く社会の理解と協力を得ることが必要となります。しかし、不確実な被害を回避することに社会全体が費用を負担すること、また因果関係が不確実な状態でそれを関係者の間で責任分担することについて合意を得ることは大変困難となっています。
 また対策実施の段階においても、フリーライダー*の排除や政策の抜け穴の監視を、世界的に実施しなければなりません。例えば、熱帯林保護のために伐採を禁止した場合、その分の需要は市場の原理を通じて他の伐採可能な熱帯林が補うこととなり、結局地球全体の熱帯林は減少することになってしまうからです。
 このように現在の環境問題の特徴を認識し、従来の公害防止対策に加え、新たな社会的取組のあり方を検討する必要があります。図2-1-7は、各種の環境問題における前述の三つの特徴をグラフにしたものです。主にわが国のかつての産業公害問題を基準として、それぞれの軸における大きさを相対的に示しています。

*フリーライダー
他人が費用負担したものを、対価を払わずに利用するだけの人



(2)取組推進に向けた課題
 ア 取組の優先順位についての判断
 現在の私たちが直面している環境問題では、被害が発生してからの対策では、改善・修復が困難な場合が多く、科学的知見の充実を図るとともに、先見性のある、予防的方策を含む政策展開を図ることが必要です。この考え方に基づけば、将来想定される様々な問題に対して万全な対策を取らなければなりませんが、環境問題に対して投入が可能なヒト・モノ・カネといった社会資源には限りがあります。これらの限られた社会資源を用いて最大の社会的利益を発揮するためには、取り組むべき環境問題について優先順位を設ける必要があります。
 このための観点の一つになるのが、問題の緊急性です。ここでいう緊急性とは、実際に社会に被害が生じるまでに対策が十分な効果を発揮することができるかどうか、ということです。わが国における廃棄物問題のように、数年以内に最終処分場が不足するという種類の問題はもちろんのこと、地球温暖化問題のように、影響の発現までに長期間を要するものであっても、その予想される影響の大きさや深刻さからみて、まさに人類の生存基盤に関わる重要な問題についても、一層の取組を推進していく必要があります。
 もう一つの観点が、問題の重要性です。社会全体に及ぼす被害の大きなものについては特に重点的に取り組む必要があります。地球温暖化問題、廃棄物問題は国内に大きな被害を及ぼすと考えられることから、この観点からも重要な問題と言えます。
 また取組の優先度を決定するに当たっては、その問題の性質に関する基本的な情報が整理されていることが前提となります。化学物質問題のように緊急性・重要性を判断するための情報が不足している問題については、まず情報収集と整理を進める必要があります。
 イ 近年注目される環境問題の特徴と課題
 これまでにみてきたように、その対策の緊急性や重要性が高い問題の代表格といえる、地球温暖化、資源循環、化学物質の各問題の特徴についてみてみましょう。
 (ア)地球温暖化
 地球温暖化問題では、現状のまま対策を進めなければ、世界の全域に大規模な被害をもたらすと予測されています。ただし被害予測は中長期的な期間で行われており、発生の時期については不確実性が残っています。因果関係の把握については、温室効果ガスの影響や循環に関する研究のほか、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の主導の下、先進国を中心に温室効果ガス排出・吸収目録*の整備が進んでいます。このように地球温暖化問題では、各国の科学組織などの協力の下で被害予測等の科学的な検討がなされてきたおかげで、現在では問題に関する不確実性が減少し、国際的な問題意識の共有がなされつつあります。
 現在は、実際の対策推進に向けた制度構築の段階に入っています。取組を実効性のあるものとするためには、世界各国の関連する社会経済活動を網羅的に対策推進のための制度の内部に取り込み、抜け穴のないものとしなければなりません。気候変動枠組条約に示された、「共通だが差異のある責任」を具体化した国際制度の構築が、地球温暖化対策推進における最大の課題となっています。

*温室効果ガス排出・吸収目録
二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの排出・吸収量をガスの種類ごとに見積もった目録で、気候変動枠組条約に基づき、毎年同条約事務局に提出が義務付けられている。なお、気体の種類や排出・吸収量の見積もりに関する手法については、IPCCが示した指針に従うこととされている。

 (イ)資源循環
 表2-1-3及び表2-1-4は、それぞれ世界におけるエネルギー消費と環境中への排出の変化を示したものです。これによると、1970年代から1990年代にかけて、GDP当たりのエネルギー消費と環境中への排出量は低下しており、経済成長における環境効率が向上していることがわかります。
 一方で人口当たりのエネルギー消費と環境中への排出量はほぼ増加しており、これに人口増加の影響を合わせて結果的にはどちらも大幅な増加となっています。これから予想される人口増加と資源とエネルギー等における地球の環境容量を考慮すれば、今後は、人口当たりのエネルギー消費と環境中への排出を低下させ、世界全体として環境負荷を低減させることが重要となります。
 また、このようなフローの増大とともに、社会における負のストックの増加も問題となっています。わが国の廃棄物問題は、過去における環境汚染という質的な問題から、現在の最終処分場の不足という量的な問題へと性質を変えています。
 どれも通常の社会経済活動において、排出や廃棄による環境への影響を考慮せずに、コストと利便性のみを追求して物質を利用してきたことが原因であり、社会経済の発展と物質利用のあり方の変革が課題となっています。





*DPO(国内直接排出量)(Direct Processed Output)
化石燃料の燃焼に伴う二酸化炭素、原材料の加工に伴って生じる産業廃棄物や商品の消費後に生じる一般廃棄物などのように、経済活動に投入された資源が何らかの利用の後に不要物となって環境中に排出される量

 (ウ)化学物質
 かつての化学物質問題とは、少量でも生物に大きな悪影響を与えるいわゆる劇薬の管理に関する問題であり、それらが使用される場合も、暴露の対象も極めて限定的なため、安全基準の設定という規制的手法が効果を発揮しました。
 レイチェル・カーソンの「沈黙の春」(1962年)やシーア・コルボーンらの「奪われし未来」(1996年)で指摘されたように、単独の物質の使用や少量の物質の使用ではそれほど有害ではなかった化学物質が、他の化学物質との相互作用、生態系や人体における蓄積などによって複合的な影響を引き起こしている可能性があります。現在の化学物質問題はこうした問題です。これまでの有害性や安全基準という概念が適用できないこと、対象となりうる化学物質の種類や量が膨大なものであることから、直接規制的手法の適用は困難です。
 この問題の最大の特徴は、問題の不確実性が極めて高いということにあります。実際に生態系で観測されている被害や人体への影響自体も確実とはいえず、それらの影響と化学物質の使用の因果関係も明らかではありません。しかし、生態系における化学物質の拡散は進んでいることから、対策の実施や制度構築に先立ち、科学的知見を用いてこれらの不確実性を低減させることが、この問題の最大の課題となっています。
 以上三つの問題は、地球の有限性を考慮しつつ、これまでのような環境への負荷をかけながら物質的な豊かさを追求する社会からの脱却を求めているという点で共通しています。次節以下では、地球温暖化、資源循環、化学物質の各問題に関する取組について詳しくみてみましょう。

前のページ 次のページ