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第3節 

1 持続可能な社会に向けた環境政策の基本理念

(1)持続可能な社会の構築のための条件と四つの長期的目標

 私たちが目指す「持続可能な社会」においては、まず、循環を基調として社会経済のシステムや社会基盤が形成されなければなりません。また、人間活動は、国土の多様な生態系が健全に維持されるとともに、人と自然との豊かなふれあいが確保されるよう、人と自然との微妙な関係を考慮しながら、生態系から享受している様々な恵みを減ずることのないように、行われなければなりません。
 こうした社会を構築していくためには、社会を構成する各主体が自らの行動に十分な環境配慮を織り込んでいく必要があります。そのためには、環境を大切にしようとする考え方が社会全体に広まり、社会の中で環境配慮に関するルールや社会基盤が用意され、各主体が自然な形で、容易に環境配慮のための取組を実行できることが必要です。また、私たちには、地球環境保全への国際的な動きに適合するだけでなく、わが国固有の能力と経験を活し、よりよい地球環境の形成に向けてリーダーシップを発揮することが求められます。
 次のような構成でまとめられた新環境基本計画では、「環境基本法」の環境政策の理念を実現し、持続可能な社会を構築するための条件を満たすために、「循環」「共生」「参加」「国際的取組」という四つの長期的目標を掲げています。

 第一に「循環」とは、環境への負荷をできる限り少なくし、循環を基調とする社会経済システムの実現を目指すことです。

 私たちは、大気環境、水環境、土壌環境などへの負荷が自然の物質循環を損なうことによって環境が悪化することを防止しなければなりません。このため、資源採取、生産、流通、消費、廃棄などの社会経済活動の全段階を通じて、資源やエネルギーの利用の面でより一層の効率化を図り、再生可能な資源の利用の推進、廃棄物等の発生抑制や循環資源の循環的な利用及び適正処分を図るなど、物質循環をできる限り確保するという考え方です。

 第二に「共生」とは、環境の特性に配慮しながら健全な生態系を維持、回復し、自然と人間との共生の確保を目指すことです。

 私たちは、大気、水、土壌、多様な生物などと人間の営みとの相互作用により形成される環境の特性に応じて、貴重な自然の保全、二次的自然環境の維持管理、自然的環境の回復、野生生物の保護管理などのような形で環境に適切に働きかけていく必要があります。また、社会経済活動を自然環境に調和したものとしながら、その賢明な利用を図るとともに、様々な自然とのふれあいを図り、自然と人との間に豊かな交流を保っていく必要があるという考え方です。

 第三に「参加」とは、あらゆる主体が環境への負荷の低減や環境の特性に応じた賢明な利用などに自主的積極的に取り組み、環境保全に関する行動への主体的な参加を目指すものです。

 私たちは、人間と環境との関わりについて理解し、環境へ与える負荷、環境から得る恵み、環境保全に寄与しうる能力などに照らしてそれぞれの立場に応じた公平な役割分担を図っていかなければなりません。また、各主体間の情報ネットワークも積極的に活用しながら、相互に協力、連携し、相乗効果が発揮できるよう環境保全のための取組を進めていかなければなりません。特に、浪費的な使い捨てスタイルを見直すなど日常生活や事業活動における価値観とライフスタイルを変革し、あらゆる主体の社会経済活動に環境への配慮を組み込んでいくという考え方です。

 第四に「国際的取組」とは、国際社会の舞台におけるわが国からの積極的な取組により地球環境の保全への着実な寄与を目指すものです。

 地球環境の保全は、人類共通の課題であり、各国が協力して取り組むべき問題です。わが国の社会経済活動は、地球環境から様々な恵沢を享受する一方、大きな影響を及ぼしていることを認識しなければなりません。
 すでに述べたとおり、わが国は、率先して持続可能な社会を構築することにより、「環の国」日本として国際社会に貢献する途を歩むことが求められています。このため、わが国の取組の成果や深刻な公害問題の克服に向けた努力の結果得られた経験や技術などを地球環境の保全に活用していくことが重要です。また、地球環境を共有する各国との国際的協調の下に、わが国が国際社会に占める地位にふさわしい国際的イニシアティブを発揮していくという考え方です。

(2)持続可能な社会の構築に向けた環境政策のあり方
 ア 社会の諸側面を踏まえた環境政策
 持続可能な社会を構築していくためには、環境問題の根本にある社会のあり方そのものを転換していくことが不可欠です。このため、経済的側面、社会的側面、環境の側面という社会経済活動の各側面を統合的にとらえ、環境政策を展開していくことが重要です。これら社会の三つの側面の関係については、環境が人類の生存基盤であり、社会経済活動は良好な環境があって初めて持続的に行うことができるということが大前提となっています。

 イ 生態系の価値を踏まえた環境政策
 すべての社会経済活動は、人類の存続の基盤となっている生態系のもたらす様々な恵みなしには成り立ちません。自然資源を利用する場合には、生態系が複雑で絶えず変化し続けており、生態系が健全な状態で存在していることそれ自体に価値があることを十分に認識しなければなりません。また、それらの活動は、生態系の構造と機能を維持できるような範囲内で、その価値を将来にわたって減ずることのないように行われる必要があります。

 ウ 環境政策の指針となる四つの考え方
 汚染者負担の原則、環境効率性、予防的な方策及び環境リスクの四つの考え方は、今後の環境政策の基本的な指針と位置付けることができます。
 (ア)汚染者負担の原則
社会経済に環境配慮を織り込み、希少な環境資源の合理的利用を促進するための最も効率的な方策は、生産と消費の過程における環境利用のコストを市場価格に内部化することです。そのような観点から、汚染者負担の原則*を環境保全のための措置に関する費用の配分の基準と位置付けることができます。

*汚染者負担の原則
汚染等による環境利用のコストを価格に織り込むことなどを求めたOECD等の考え方

 (イ)環境効率性
 持続可能な社会を構築していくためには、経済活動の評価に環境保全における効率性の視点を導入することが必要です。すなわち、環境効率性の考え方を、生産現場から社会全体に至る各段階に適用し、物の生産やサービスの提供に伴う環境負荷の低減の目標設定あるいは改善効果の評価に活用していくことが必要です。環境効率性*は、経済と環境の双方に利益をもたらすアプローチを具体化する際の指標としての役割も担います。

*環境効率性
一単位当たりの物の生産やサービスの提供から生じる環境負荷。技術の向上や経済効率性の向上を通じた環境負荷の低減を目指すための指標

 (ウ)予防的な方策
 環境問題の中には、科学的知見が十分に蓄積されていないことなどから、発生のメカニズムの解明や影響の予測が必ずしも十分に行われていませんが、長期間にわたる極めて深刻な影響あるいは不可逆的な影響をもたらすおそれが指摘されている問題があります。このような問題については、完全な科学的証拠が欠如していることを対策を延期する理由とはせず、科学的知見の充実に努めながら、必要に応じ予防的な方策を講じることが重要です。
 (エ)環境リスク
 内分泌かく乱化学物質などの化学物質による人の健康や生態系への影響をはじめとして、不確実性を伴う環境問題への対処が今日の環境政策の重要な課題です。このような環境問題については、科学的知見に基づき環境上の影響の大きさや発現の可能性などを予測し、対策実施の必要性や緊急性を評価していくことが必要です。この環境リスクの考え方は、多数の要因を考慮して政策と取組の優先順位を判断する場合や、環境媒体あるいは各分野を横断した効果的、整合的な対策を推進する場合の考え方として有用です。

 エ 環境上の「負の遺産」の解消
 環境上の「負の遺産」としては、有害物質による土壌や地下水の汚染、難分解性有害物質の処理問題、地球温暖化問題やオゾン層の破壊問題などが挙げられます。これらの原因をつくった現在世代は、これまでの蓄積も含め、将来世代に環境影響を可能な限り残さないよう努める責務があります。このため、「負の遺産」の状況の把握、原因となる環境負荷の排出の抑制、難分解性の有害物質の管理や処理などを進めていかなければなりません。

(3)これからの環境政策を進めるに当たっての留意事項
 ア あらゆる場面における環境配慮の織り込み
 持続可能な社会を構築していくためには、国民、事業者などの意識や行動が目指すべき方向に沿ったものとなり、各主体の行動に自ずから環境配慮が織り込まれていくことが不可欠です。一方で、各主体が持続可能な方向に沿ったライフスタイルを選択し、自らの行動に環境配慮を織り込んでいこうとする場合に、これを容易にする社会環境が整っていることも必要です。したがって、国民、事業者などの意識や行動の転換と社会のあり方の転換を同時並行的に進めていかなければなりません。
 このため、政策主体としては、持続可能な社会を構築するための道筋を提示して、社会転換のための条件を整備すること、汚染者負担の原則の普及を通じ、環境の利用のコストについては、市場価格に内部化するという考え方の浸透を図ることなどが求められます。また、国民、事業者、行政などの各主体間のパートナーシップの確立や環境に関する情報の収集と提供、幅広い実践的な環境教育・環境学習の展開を図ることも重要です。これらに加え、社会が持続可能な方向にあるかどうかを測定しうる新たな指標や国民及び事業者などが自らの行動を環境保全の観点から自主的に点検しうる方策の開発を進めていくことが必要です。
 社会のあり方の転換に当たっては、国民、事業者などの社会経済活動の前提となっている社会経済システムや国土の利用を十分な環境配慮が行われたものにしていくことが重要です。
 例えば、社会経済システムについては、環境負荷に直結する資源採取、生産、流通、消費、廃棄に関連するシステムにおける環境配慮をより確実なものとするため、関係主体が環境配慮を行う機会を事業などの企画や立案などの意思決定過程に適切に組み込んでいくことが考えられます。また、社会全体の方向に大きな影響力を持つ税財政のシステムや金融システムについては、環境施策全体の中での位置付けを踏まえながら、環境保全の観点にも配慮した検討が必要です。
 次に、国土の利用については、国土の開発整備や土地利用に関する各種計画と環境保全に関する計画との相互の連携を図ることが考えられます。また、地域づくりなどにおいても、住民の参画の下、地域の持つ環境資源や環境情報を活しながら、環境配慮の織り込みを進めていくことが必要です。
 さらに、社会基盤の整備と運営については、それらが持続可能な社会の構築のための基本的方向に沿ったものとなるよう、必要な環境配慮を織り込むとともに、環境負荷の低減や処理、環境の維持、復元、創造、環境に関する技術開発、モニタリングなどのために必要な投資を一層進めていかなければなりません。また、社会基盤の整備に関する事業の実施に際しては、それらの意思決定過程に環境配慮の機会を適切に組み込んでいくための検討が必要です。


 イ あらゆる政策手段の活用と適切な組合せ
 環境政策を進めていくに当たっては、環境問題の構造変化に適切に対応して新たな政策手段の開発や既存の政策手段の改良、適用範囲の拡大などを行いながら、第2章で詳しく述べるように、あらゆる政策手段を、ベスト・ミックス(最適な組合せ)の観点から適切に組み合わせて政策パッケージを形成し、相乗的な効果を発揮させることが重要です。
 そのような施策の展開に当たっては、事業者などの自主的な環境保全のための行動の促進、経済的手法*の活用による環境利用のコストの内部化、環境マネジメントシステムの導入など環境配慮を意思決定過程などへ織り込む仕組みの構築に特に留意する必要があります。

*経済的手法
市場メカニズムを前提とし、経済的インセンティブの付与を介して各主体の経済合理性に沿った行動を誘導することによって政策目的を達成しようとする手法

 ウ あらゆる主体の参加
 環境政策の展開に当たっては、社会を構成するあらゆる主体が「参加」の考え方の下に、政策決定への参画と自主的な環境保全の行動を促進することを基本に据え、各種の政策手段によってこれを促進することが必要です。また、あらゆる主体が環境に対する自らの責任を自覚するとともに、環境保全に関して担うべき役割と環境保全に参加する意義を理解し、それぞれの立場に応じた公平な役割分担の下で、自主的積極的に環境負荷を可能な限り低減していくことを目指すことが必要です。さらに、そのような取組の連携を強化していくことにより、各主体が互いに他の主体の環境配慮に資する行動を助長しあい、環境に対する配慮を一層行いやすくする社会環境を整えていくことも必要です。
 このため、私たちは、自らの行動が環境に対してどのような影響を与えており、環境保全のためどのような行動を行うことが期待されているか具体的に認識することから始めなければなりません。第3章で詳しく述べるように、国民、事業者、民間団体、地方公共団体、国が、それぞれの担うべき役割を踏まえ、環境教育・環境学習の推進や積極的な情報の提供、各主体間の対話の促進、各主体の取組のネットワーク化やパートナーシップの構築などを通じて、各主体相互の協力と連携を図りながら、自主的積極的に環境保全へ取り組んでいくことが求められます。
 また、各主体の役割の分担を公平なものにするためには、環境利用のコストを価格に織り込むことにより「汚染者負担の原則(廃棄物の排出者責任など)」や、「拡大生産者責任」の考え方を踏まえ、各主体が責任ある行動をとることが重要です。同様に、自然の恵沢の享受と保全に関しては、受益と負担の両面にわたって社会的公正が確保されることが重要です。

 エ 地域段階から国際段階まであらゆる段階における取組
 すでに述べてきたとおり、社会的、経済的に相互依存関係を深めつつある諸国家が協力して地球規模での影響が生じる環境問題の解決に当たらなければ、人類の生存と発展の基盤が失われてしまうという懸念が国際的に共有されるようになり、地球全体の持続可能な発展を目指した多くの国際的な枠組みづくりが進展しています。
 とりわけ、世界経済において大きな役割を担い、地球環境に大きな環境負荷を与えているわが国は、高い水準の科学技術の集積と産業公害問題の克服を通じて得た経験や知見、対策のノウハウの蓄積を活用し、他国の範となるよう、率先して社会を持続可能なものに転換していく必要があります。また、その成果を踏まえ、環境分野での国際的な枠組みづくりへの積極的な貢献や開発途上地域への技術、情報、経済など様々な面からの支援を通じ、国際社会に対する責務を果たしていく必要があります。
 一方、国境を越え、あるいは地球規模にまで至る環境問題もその原因をたどれば、いずれも地域における人間活動に還元されます。すなわち、アジェンダ21が示すように、地球全体の持続可能な発展を目指す取組は、地域の持続的発展を目指す取組によって、はじめて成り立つものもあります。
 わが国の21世紀における環境政策は、国際(地球規模からわが国周辺までの様々な段階を含む。)から国内の地域まであらゆる段階を視野に入れ、問題の解決に適した段階での取組を中心に、それぞれの段階における取組を有機的に連携させながら、展開を図らなければなりません。
 また、わが国の環境は、アジア太平洋地域全体の環境と密接不可分なものであるといえます。地域の環境管理は同じ地域に属する国々が協働して推進すべきとの考え方の下に、わが国は、アジア太平洋地域の他の諸国との間に、地域の環境問題に関する共通の理解と密接かつ重層的なパートナーシップの構築に努めなければなりません。

(4)21世紀初頭における環境政策の重点分野
 すでに見てきたとおり、今日の環境問題は、極めて多様で相互に複雑に絡み合っており、これに対応するための施策も広汎多岐にわたります。持続可能な社会を構築していくためには、個別の環境問題に即して展開されている各般の施策を、問題相互の関連を明らかにしながら、総合的な観点から推進する必要があります。その際、限られた財源を無駄なく活用するために、問題の緊急性、重要性に応じて、優先的に取り上げるべき施策に重点的に取り組む必要があります。
 新環境基本計画においては、このような考え方に基づき、国民のニーズや対応の緊急性、環境政策全般の効果的実施の必要性、統合的アプローチに立脚した環境政策の総合化の必要性などの観点を踏まえ、計画期間中において優先的に取り組むべき重点分野を定めました。そして、このような重点分野に即し、持続可能な社会を構築していくための戦略を示すため、問題の性質や構造を分析し、その問題の課題を明示した上で、課題を解決するために重点的に取り組むべき施策の道筋を提示することとしました。このような観点から、戦略的プログラムと名付けて11の分野を選定し、重点的に取り組むべき施策を提示しています。

(11の戦略的プログラム)

環境問題(分野別)
○地球温暖化対策の推進
 京都議定書の締結に必要な国内制度への総力を挙げた取組。規制的手法や経済的手法、自主的取組等あらゆる政策手法を組み合わせた対策の推進。
○物質循環の確保と循環型社会の形成に向けた取組
 自然界の物質循環をできるだけ阻害しない循環型社会の構築のため、基本的枠組みとなる循環型社会形成推進基本計画の方向性を提示。
○環境への負荷の少ない交通に向けた対策
 交通からの環境負荷を低減するため、都市構造、事業活動や生活様式も含めた総合的対策を推進。このため、地域レベルの総合的計画の策定等を進める。
○環境保全上健全な水循環の確保に向けた取組
 人の生活や自然の営みの中で、自然の水循環の持つ恩恵を享受することを図る。このため、流域を単位とした環境保全上健全な水循環計画の作成とその枠組みについての基本的な考え方を提示。
○化学物質対策の推進
 化学物質による環境リスクを管理するための基本的な考え方を提示。
○生物多様性の保全のための取組
 生物多様性の保全とその持続可能な利用を図ることを自然環境保全施策の中心的課題に位置付け、そのための基本的な考え方と施策の方向性を提示。

政策手段
○環境教育・環境学習の推進
 環境教育・環境学習を環境政策全体に係る主要な政策手段として位置付け、各政策分野において活用。
○社会経済の環境配慮のための仕組みの構築に向けた取組
 規制的手法、経済的手法、自主的取組などの各政策手法を用いる際の考え方を整理。それらの最適な組合せの形成(政策のベスト・ミックスによる政策パッケージ)を推進。
○環境投資の推進
 あらゆる投資への環境配慮の織り込み。環境上の「負の遺産」の解消や省エネルギー、省資源を含む環境分野の投資を社会資本投資の重点分野として位置付け、ITの活用と森林の維持、保全及び整備を特に重視。

あらゆる段階の取組
○地域づくりにおける取組の推進
 持続可能な社会への転換を地域レベルから進め、循環と共生の考え方を地域づくりに織り込むため、共通の視点となる考え方や取組の方向性、推進の仕組みなどを提示。
○国際的寄与・参加の推進
 国際的な取組にイニシアティブを発揮。特に、アジア太平洋地域を重視。このため、国際協力を推進し、そのための戦略と基盤づくりの強化を図る。

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