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第5節 

5 化学物質による新たな課題への対応

(1)PRTR等の推進

 平成8年2月にOECDにおいて加盟国に対し導入が勧告されたPRTR(Pollutant Release and Transfer Register)は、人の健康や生態系に有害なおそれのある化学物質について、その環境中への排出量及び廃棄物に含まれて事業所の外に移動する量を事業者が自ら把握し、行政に報告を行い、行政は、事業者からの報告や統計資料等を用いた推計に基づき、対象化学物質の環境中への排出量や、廃棄物に含まれて移動する量を把握し、集計し、公表する仕組みである。
 OECDの勧告を受け、環境庁では、平成9年度よりPRTRパイロット事業を実施し、PRTRの我が国への本格的導入に向けての課題の整理及び関係者の理解の増進を図ってきている。平成11年度は13の都道県市(北海道、宮城県、東京都、神奈川県、新潟県、岐阜県、愛知県、兵庫県、広島県、山口県、仙台市、川崎市、北九州市)において約8,000の事業者を対象にパイロット事業を実施した。
 一方、産業界においては、通商産業省からの支援を受けて、自主的にPRTRに関する取組を進めてきたところであり、また、化学物質の管理に必要な情報を事業者間で提供することによりその管理を促進するMSDS(Material Safety Data Sheet)の導入・普及にも取り組んできた。
 これらの経験を踏まえ、環境庁及び通商産業省はPRTRの法制化を図ることとし、平成10年9月の「化学品審議会安全対策部会・リスク管理部会合同部会中間報告−事業者による化学物質の管理の促進に向けて−」及び平成10年11月の中央環境審議会の「今後の化学物質による環境リスク対策の在り方について(中間答申)」を受け、政府は、PRTR及びMSDSの制度化を主な内容とする「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律案」を平成11年3月16日に閣議決定し、第145回通常国会に提出した。同法案は衆議院で一部修正の後、7月7日に参議院本会議で可決、成立し、7月13日付けで公布された(1-5-8図)。環境庁及び通商産業省は、全国で説明会を開催し、制度の周知に努めた。
 法に基づくPRTR及びMSDSの対象物質については、中央環境審議会、生活環境審議会及び化学品審議会において、また、対象となる製品の要件とPRTR対象事業者(業種及び規模要件)については、中央環境審議会及び化学品審議会において審議された。それぞれの案は平成11年11月にとりまとめられて公表され、国民からの意見を募る1か月間のパブリックコメント手続きが実施された(意見提出期間は11月19日〜12月18日まで)。その後、提出された意見を参考にさらに審議会で検討が行われ、その結果を踏まえて平成12年3月にこれらを指定する政令が公布された。また、法に基づき、事業者における化学物質の管理に係る措置を定めた化学物質管理指針が平成12年3月に告示された。



(2)内分泌かく乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)問題について

 平成8年に刊行された、「Our Stolen Future」(邦訳「奪われし未来」)という本では、DDT、クロルデン、ノニルフェノールなどの化学物質が人の健康影響(男性の精子数減少、女性の乳がん罹患率の上昇)や、野生生物への影響(ワニの生殖器の奇形、ニジマス等の魚類の雌性化、鳥類の生殖行動異常等)をもたらしている可能性が指摘されている。また、我が国においては、イボニシという巻き貝のメスが雄性化するという現象がみられ、詳しいメカニズムは解明されていないが、船底塗料として使用されていた有機スズ化合物が原因ではないかとの報告もある。
 このような、生体内にとりこまれて内分泌系(ホルモン)に影響を及ぼす化学物質は、内分泌かく乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)と呼ばれている。
 内分泌かく乱化学物質問題については、その有害性等未解明な点が多く、関係省庁が連携して、汚染実態の把握、試験方法の開発及び健康影響などに関する科学的知見を集積するための調査研究を、国際的に協調して実施している。
 環境庁においては、内分泌かく乱化学物質問題について文献調査を実施し、今後の調査研究のあり方等について検討を行い、平成9年7月に中間報告書を取りまとめた。平成10年5月には内分泌かく乱化学物質問題への対応方針「環境ホルモン戦略計画SPEED’98」を取りまとめ、公表した。本方針では、科学的研究を加速的に推進しつつ、行政部局においては、今後急速に増すであろう新しい科学的知見に基づいて、行政的手段を遅滞なく講じうる体制を早期に準備することが必要としており、具体的な対応方針として、?内分泌かく乱化学物質による環境汚染の状況、野生生物等への影響の実態調査の推進、?国立環境研究所に中核的な研究施設を建設し、試験研究及び技術開発の推進、?内分泌かく乱化学物質の有害性や暴露経路、暴露量等に関する情報収集、評価及びそれらの情報提供の推進、?OECDが進めるスクリーニング試験プログラムへの参加や途上国への情報の提供等国際的なネットワーク強化のための努力等を実施することとしている。
 環境庁では、本方針に基づき平成10年度からのべ全国2,430地点(検体)で大気や水質及び野生生物の汚染状況等について実態調査を実施した。その結果は平成11年10月に公表され、ノニルフェノールなどが広い範囲で検出されたほか、野生生物のうち、食物連鎖で上位に位置するクジラ類や猛禽類において、PCBなどの蓄積がみられた。また、本調査結果から得られた優先性の高い4物質(トリブチルスズ、4-t-オクチルフェノール、ノニルフェノール、フタル酸ジ-n-ブチル)を始めとして、専門家の意見を伺いつつ、リスク評価等調査研究を実施することとした。一方、国立環境研究所においては平成10年度から中核的な研究施設の整備を進めている。さらに、平成10年12月の京都にひきつづき、平成11年12月に神戸で内分泌かく乱化学物質問題に関する国際シンポジウムを開催し、また、平成11年12月には英国との間で国際共同研究の実施取り決めを行うなど国際的な研究交流の促進を図ったところである。
 厚生省においては、人に対する健康影響を調査するため平成8年度より文献調査を実施する等必要な情報の収集に努め、平成10年4月より、「内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会」を開催し、同11月に中間報告書をとりまとめ公表した。また、現在では、研究や必要な調査を推進し、科学的な知見の収集に努めているところである。
 また通商産業省においては、平成9年3月に(社)日本化学工業協会への委託により本問題の調査研究に関する最初の報告書をまとめたところである。本報告に基づき、国際的な枠組みのもと、厚生省と共同でスクリーニング試験法の開発等を鋭意に進め、科学的知見の収集を図っている。平成11年11月、化学品審議会試験判定部会内分泌かく乱作用検討分科会において「SPEED’98」の調査対象となった67物質のうち、データの揃っていない9物質に関する国内外の文献情報等を収集・整理し、中間とりまとめを行ったところである。
 建設省においては、環境庁と連携し平成10年度より水環境中の存在状況を把握するため、一級水系を対象に河川・下水道における実態調査を実施した。

(3)本態性多種化学物質過敏状態について

 近年、微量な化学物質によってアレルギー様の反応が生じ、様々な健康影響がもたらされる病態の存在が指摘されている。このような病態については、欧米においてMCS;Multiple Chemical Sensitivity(本態性多種化学物質過敏状態)等の名称が与えられ研究が進められてきたが、国際化学物質安全性計画会議では、化学物質との因果関係が不明確との立場から、この病態を「本態性環境非寛容症」と呼ぶことが提唱され、欧米では研究が進められている。我が国では「化学物質過敏症」として一般的に呼称されているが、その病態を始め、実態に関する十分な科学的な議論がなされていない状況にある。
 このため環境庁では、平成9年度に関連分野の研究者からなる研究班を設置し、本問題に関する文献調査を実施し、平成10年度には実態の把握や原因の究明のための調査研究を開始し、平成12年2月にその結果を公表したところである。本研究班としては、このような病態と化学物質との因果関係を否定できないことから、本態性多種化学物質過敏状態(MCS)という名称を仮に使用し、現時点では、その発症機序や病態(症状・徴候)は未だ仮説の段階であり確証に乏しいとしたうえで、本報告を踏まえ、さらに調査研究を進める必要性を指摘している。
 厚生省においては、平成8年度に設置した「快適で健康的な住宅に関する検討会議健康住宅関連基準策定専門部会化学物質小委員会」で報告がまとめられ、平成8、9年度に、本症に関する研究を行い、臨床医学、毒性学、免疫学、心理学等広範囲な観点から本症の病態等について検討しているところである。

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