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第4節 

1 環境保全を通じた地域コミュニティの再興への取組

 都市部を中心とした重化学工業化、安価な食料輸入の増大などを背景とする産業構造の変化により、都市部への人口流入が大量に発生するとともに、多くの農山村地域で過疎化が進んだ。一方、都市部においても、自動車交通の進展により郊外へ移動しやすくなるとともに、最近では郊外における宅地や大型商業施設等の立地が進んだため、中心市街地での人口の減少や商店街の利用客の減少、未利用地、空き店舗の増加などの問題が発生し、中心市街地の衰退、空洞化が進行している。また、都市部に移入してくる人々を都市の「大量生産・大量消費」活動にいかに効率的に組み込むかという観点から、各種の施設を機能的に配置することに重点が置かれたため、移入してくる人々を含めてその地域社会が培ってきた文化や自然から疎遠になりがちとなった。こうしたことが、地域としての個性、地域住民の地域への愛着、住民間のコミュニケーションの喪失を招き、人、伝統、文化、環境などの様々な要素がうまく融合しあい、そこで暮らす人々に潤いを与える空間であるはずの地域コミュニティの崩壊をもたらした。
 このように崩壊した地域コミュニティを再興させるため、近年住民が主体となって、企業、行政との連携の下、まちづくりや地域の文化・産業振興を通じた地域活性化への取組を実践する事例が多く見られるようになった。
 こうした取組は、
? 身近にある環境を保全又は利用するといった環境に関する取組(資源の地域内循環も含まれる。)が大きな位置を占めていること、
? 環境保全と地域活性化の両立につながっていること、
? そして本章のテーマでもあるが、住民たちが自らの発意の下、具体的な活動に取り組むことで、これまでは専門技術や知識を持った学識経験者や行政側主導で進みがちであったまちづくりのプロセスに新たな手法や可能性を持ち込んだこと、
から特に注目されている。以下で、地域コミュニティの再興への取組を具体的に見ていきたい。

(1)リサイクル活動などを通じて地域の活性化を図る

 環境問題を解決するためには、“Think globally,act locally”といわれるように、グローバルな視点を持ちながら、足元から実践していくことが重要である。そうした中、近年、地域ぐるみでリサイクル活動やグリーン購入運動などを行うことにより、環境保全型の地域づくりを目指す様々な動きが見られる。そして、その取組の多くは、地元の住民や事業者が中心となって、楽しく環境保全への取組を行えるよう創意工夫することにより、人々の間に関心を持たせコミュニケーションを活発化させ、地域の活性化にもつなげている点が注目される。

ア 東京都早稲田商店会におけるリサイクル活動
 早稲田大学を中心とする地域の商店会において、平成8年夏休みの集客イベントとして、リサイクルをきっかけとするまちづくりをテーマに「エコサマーフェスティバル・イン早稲田」を実施し、大成功を収めた。
 そして、平成10年9月には、空き店舗を利用した「エコ・ステーション」がオープンした。ここには、空き缶とPETボトルのラッキーチケット回収機が各1台設置され、住民が空き缶やPETボトルを回収機に投入すると、テレビ画面でゲームが始まり、当たると商店街で商品と交換できるラッキーチケットがもらえるというシステムである。また、平成11年には、生ゴミ処理機が新たに設置され、この処理機による堆肥で育てられた福島県金山町の大豆を使って作られた豆腐を商店街で販売している。
 こうして、リサイクルと商店街の集客を経済性をもって行う、「楽しくて儲かるリサイクル」が実現している。この取組には、アイデアの斬新さ以外に以下の2点が注目される。
 まず一つには、住民主導で計画、実施がなされ、行政は必要以上に介入せずに、求められたことにのみ応じるというスタンスに徹したことである。このことは、住民のエネルギーが旺盛であり動きが非常に速かったこともあるが、結果として「住民参加型」ならぬ「行政参加型」のまちづくりへの動きにつながった。また行政側においても、現場職員の士気向上や住民主導のまちづくりプロセスの習得など大きな成果を得ることとなった。
 二つ目として、この動きが波及し、他地域とのネットワークが構築されたことである。例えば、大阪府枚方市や讃岐地域などでも、早稲田商店街の成功例を参考に、ラッキーチケット回収機を利用した商店街活性化対策が実施されている。また、早稲田商店街の近隣の商店街にも、程度の差こそあれリサイクル活動が行われ始めるなど、広域的な展開が見られる。



イ 東京都八丈町の空き缶のデポジット制度の取組
 東京都八丈町では、平成10年9月から2年間、500p以下のアルミ缶、スチール缶と2r以下のペットボトルを対象に、デポジット制度(預託金払戻制度)を試行している。本制度の概要は、以下のとおりである(2-4-1図)。
? 預り金の10円を小売店が対象商品に上乗せして販売し、消費者が飲み終えた容器を回収協力店、回収拠点(町出張所など)、自動回収機に返却する際に、預り金の10円が消費者に返還される。
? その際、手数料として、販売、回収それぞれ1個当たり1円を小売店が受け取る。
? 小売店に集まった容器は、週2回町の委託業者が巡回し、町のクリーンセンターなどに運ばれる。そこで圧縮、梱包され、島外の業者へ搬送、リサイクルされる。
 本制度の実施に当たっては、観光客に理解してもらえるのかといった疑問や、自動回収機を都の補助金や事業者の贈与で、また販売、回収の手数料負担については町の財政でまかなうことや、自動回収機の保守やデポジットの払い戻しに関して小売店の負担が増大するなどの課題があることから、一部小売店等の参加が得られず、その結果対象となる108店のうち65店(販売のみで回収しないものも含む。)の参加で開始することとなった。現在は90店近くまで増えている。開始当初の対象商品の累計回収率は34.3%と低かったが、その後平成12年2月現在79.6%に伸びている(2-4-2図)。
 また、事業を進める上で障害となっていたシール貼りを「八丈島のゴミと環境を考える会」が「シール貼り応援隊」を結成し販売店を支援したり、「デポジットを進める事業者の会」、「身障者リハビリの会」、各地の婦人会などが自主的な取組を始めるなど、住民のごみ問題に対する意識が高まるとともに、住民側からの積極的な動きも見られる。




ウ 東京都北区と多摩市におけるグリーンコンシューマー実験プロジェクト
 平成11年3月、グリーンコンシューマー東京ネットでは、グリーン購入活動を促進するための様々な試みを地域ぐるみで実験的に行うものとして、都内の消費者、市民グループに事業の実施を呼びかけ、結局北区リサイクラー活動機構、多摩市消費者団体連絡会の2グループを指定した。
 北区においては、北区リサイクラー活動機構と田端駅通り商店街を始めとする様々なメンバーから成る「北区協議会」が平成11年7月に設置され、商店街の空き店舗を利用して「エコショップ」を開店し、環境にやさしい商品の情報発信や展示、販売、また地域の交流の場とするなど、様々な取組を行っている。また、多摩市でも、多摩ニュータウンなどで停滞した地域の商店街を活性化させることも期待して、平成12年1月実行委員会が発足したところであり、財やサービスを地域内で交換するシステムである「エコマネー」の実験を始めとして今後の取組が期待される。
 これらの運動における特徴は、先に地方公共団体の発意があるのではなく、市民グループが地方公共団体に働きかけて具体的なプロジェクトが成立したことである。

(2)豊かな自然環境を取り戻し地域の憩いの場を作る

 自然の美しさからくる情緒的満足は、生活の質の向上に対する欲求や余暇の増大といった現在の状況から考えると、人々が豊かな生活を送る上で必要なものである。さらに、環境保全に関する行動を行う上での精神的な拠り所とも考えられ、その点からも美しい自然を保つことが必要である。
 こうした点から考えると、環境保全型のライフスタイルを営むためには、自然環境と共生するまちづくりという視点に立った地域活動を推進することが必要である。また、地域の生態系や景観の保全、復元への取組を進めることで、「自分のまちは自分でよくする」という住民の自治意識が高まることも期待できる。

ア 東京都武蔵野市「木の花小路公園」の建設
 東京都武蔵野市では、市内に残る屋敷林や樹木などの保全を積極的に推進するという「大木・シンボルツリー2000計画」を進めており、その一環として平成8年に大木の残る民有地を樹林型公園として整備するために購入した。
 その後の公園の整備に当たっては、公園形式の多様化と地域住民や公園を利用する市民が、親しみと愛着を持てる公園にするために、住民参加によるワークショップ形式を採用し、広く意見を聞くこととした。地元説明会を含めて4回の会議が開かれ、住民の1人が描いた「凝縮された里山」のイメージ図をもとに、当初の計画を変更した植栽計画などが決められた。具体的には、「自然との共生ができる公園」を基本コンセプトとして、カワニナやゲンジボタルなどの水生昆虫を飼育するための「せせらぎ」や「ホタル池」、山野草を栽培するロックガーデン、昆虫や野鳥の餌となる草木類や里山をイメージした樹木の植栽など、利用者が興味と愛着を持てるような舞台作りに徹した。また、地域の自然生態系のモデルとするために外来種や園芸品種をあまり持ち込まず、関東周辺地域や武蔵野に残る山野草を中心に植栽するなど自然を取り戻すための工夫と配慮を行っている。
 平成10年4月の開園と同時に、市民グループ「生きものばんざいクラブ」が結成され、武蔵野市から公園の維持管理、運営の委託を受け、植物、昆虫の自然観察会やキノコ狩りなどの各種イベントが市民グループの手により実施されている。
 当該公園の整備は、古くからの土地の様子に詳しい住民や地域の自然環境や野生生物の情報、専門知識を持っている市民団体などの参加を計画段階から募ることにより、地域の自然環境を保全、復元する公園の整備を行ったものである。また、運営を市民グループに任せることにより、公園を拠点に和やかな人の輪が広がり、地域の豊かな自然を回復させようとする機運が広がりつつある。



イ 兵庫県神戸市の「都賀川を守る運動」
 神戸市灘区の中心部を流れる都賀川は、すぐ近くの六甲山を源としているため、都会の真ん中を流れている割には、谷川のようなきれいな水が流れていた。ところが、高度成長期を境に、人口の集中化に伴い、不法投棄や生活排水の垂れ流しなどによって、河川の汚濁が急速に進み、いわばどぶ川化しつつあった。こうした中、河川環境の悪化を憂慮した一部の周辺住民が集まり、昭和51年に「都賀川を守ろう会」を発足させた。そして、約10年間、住民に働きかけ、排水に配慮してもらったり、みんなで河川の清掃を定期的に繰り返すことによって、川は見違えるほどの清流を取り戻した。その結果、多くの子供たちが水遊びができるようにもなり、都会のど真ん中に「自然のプール」が誕生した。さらにその後、両岸の公園整備などが兵庫県と神戸市の手で行われ、住民に親しまれる川となった。
 この都賀川の取組は、現在全国的に広がる川を守る運動の草分け的存在であるとともに、特に注目すべきは、地域住民のこれまでの河川への長期的で積極的な取組もあり、地域住民の方が中心となり地方公共団体である兵庫県、神戸市がそれに必要な協力を行うという新しい型の河川の管理体制ができあがったことにある。こうした住民主導の動きは、都賀川の周辺住民に美しさに満ちた都賀川を後の世代にまで引き継いでいこうとする機運を高めたといえる。



(3)自然環境を「持続可能な資源」として活用し地域振興を進める

 都市部に比べ地理的条件などの面で経済基盤が弱い地域の中で、これまでの地域外からの施設誘致という発想を180度転換し、その地域にしかない豊かな自然環境を新たに「持続可能な資源」として活用し地域振興を図ろうとする取組が起こっている。こうした取組は、地域の活性化につながるのみならず、そこを訪れる人々に自然環境のすばらしさを教え、その保全意識を高めることにも寄与している。

ア 三重県宮川村の「森の番人」
 三重県宮川村では、平成3年度に建設省が実施した全国一級河川109水系の調査で、村の中心を流れる宮川が日本一水質がいいということを知り、平成4年に、宮川そしてその水を浄化し育んでいる森を守ることを目的に、地域住民の有志が集まり、「森と水を守る会(フォレストキーパーズ)」を結成した。その主な活動としては、宮川の清掃や他地域との交流会を実施するほか、平成6年からは、宮川源流の水を「森の番人」という名称で商品化し販売する事業を行っている。
 この宮川村の取組は、特産物である「きれいな水」を販売することにより、他地域の住民が観光に訪れることが増えただけでなく、村の人々の自然保護に対する意識啓発につながっている。また、地方公共団体は、財政面を中心とした必要最低限の関与にとどめ、地域住民の自主性に任せた点も注目される。

イ 長野県志賀高原におけるエコ・ツーリズム
 地域の特色ある豊かな自然を「資源」として、それにふれあうエコ・ツーリズムは、観光産業の振興につながり、地域を活性化するものとして注目されている。全国的に様々な取組が見られるが、具体的には第1章第2節にあるとおり、例えば、長野県志賀高原では、自然保護センターを拠点として、旅館の宿泊客や観光客を対象にして、地域の歴史、自然、文化をテーマとした各種イベントなどが行われている。

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