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第2節 

1 人類社会の存続という観点から考察する「環境の世紀」の意義

(1)21世紀をどのような意味で「環境の世紀」と呼ぼうとするのか

 第1節で見てきたように、今や人類社会はその存続を危うくしかねない地球環境問題に直面している。現在に生きる私たちは、この厳しい現実を打開するため懸命の努力を払い、21世紀を胸を張って「環境の世紀」と呼べるような形で、未来世代に引き継ぐ重い責任を負っている。
 わが国において、来るべき21世紀が、その特徴を捉えて「環境の世紀」と呼ばれるようになったのはごく最近である。1992年(平成4年)の「気候変動に関する国際連合枠組条約」の採択や「地球サミット」の開催などにより、地球環境の危機が認識されるようになってしばらくしてからのことである。例えば、わが国で「環境の世紀」という言葉が最初に現れたのは数年前のことであり、環境白書において「環境の世紀」という言葉を正式に用いたのは、世紀の変わり目を強く意識した昨年(1999年版)のことである。
 昨年の白書では、この「環境の世紀」という言葉を、あらゆる活動主体において環境の持つ価値が重視され、環境保全が内在化された、新たな可能性を秘めた時代であるとしている。この白書でも同様に、“環境”を単なる制約条件としてではなく、対応如何では人類社会が健全に存続することのできる可能性を一層広げるものとして肯定的な意味で捉えている。つまり、「環境の世紀」とは、人類社会の持続可能性のため“環境を味方にする世紀”であるといえよう。

(2)「持続可能性」がなぜ環境政策の上で重要な概念となったか

 「持続可能性」という言葉を歴史的に辿ると、水産資源の世界的な乱獲競争の反省から生まれた「最大維持可能生産量」の理論を通じて、資源利用の「持続可能性」として論じられるようになったのが最初であるといわれている。すなわち、魚類などの再生可能な資源は、そのストックから産み出される純再生産量だけが利用可能であって、利用量がそれを超過すると、ストックが減少し、資源の枯渇を招くということを前提に論じられた。
 このような考え方が、1970年代以降、人類の活動が環境と人類自身に破局を招かないための政策の方向として頻繁に提案されるようになった。それが「持続可能な開発」という考え方であり、この言葉を一般的に定着させたのは、環境と開発に関する世界委員会(WCED)が1987年に公表した報告書「我ら共有の未来(Our Common Future)」であった。この報告書によれば、「持続可能な開発」とは、「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことのないような形で、現在の世代のニーズも満たせるような開発」と定義されている。
 経済社会の持続可能性に関する理念や考え方には論者によって様々なものがあり、なお検討が深められているのが現状であるが、次のような共通的理解があることを平成4年版の環境白書では指摘している。
 第一に、環境のもたらす恵みを将来世代にまで引き継いで行こうという、長期的な視点に立っている点をあげる。地球が有限のものである以上、持続可能性を価値として認識することが求められるからである。
 第二に、地球の大自然の営みとの絆を深めるような新しい社会や文化を求めている点をあげる。ややもすれば、人類は地球の生態系とは独立した特別な存在と思い上がりがちであるが、地球の生態系の一員として、その中の生物やその他の環境と共存共栄を図ることが不可欠だからである。
 第三に、人間としての基礎的なニーズの充足を重視し、他方では浪費を避けるような新しい発展の道を実践することが、他の生物やその他の環境との共存共栄を図る上で不可欠であり、かつ、持続可能性を高められると考えている点をあげる。
 第四に、経済社会の持続可能性を高めるためには、多様な立場の人々の参加、協力と役割の分担が不可欠であるとしている点をあげる。
 こうした「持続可能性」に関する検討成果を、わが国の環境政策において明確に位置づけたのが、平成5年11月に施行された環境基本法と同法に基づき平成6年12月に閣議決定された現行の環境基本計画である。
 環境基本計画の前文では、次のように述べている。
 「我が国の環境、そして地球環境を健全な状態に保全して将来世代に引き継ぐことは、現在の世代の責務である。これは、人類共通の課題でもある。我が国としては、自らの社会を環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会に変えていくとともに、国際的協調の下に、地球環境保全のための取組を積極的に進めていかなければならない。」
 また、環境政策の基本方針をまとめた部分では、次のように述べている。
 「我々は、健全で恵み豊かな環境が人間の健康で文化的な生活に不可欠であることにかんがみ、環境の恵沢を現在及び将来の世代が享受できるようにしていかなければならない。同時に、人類共有の生存基盤である有限な地球環境は、将来にわたってこれを維持していかなければならない。その際には、自然の摂理と共に生きた先人の知恵も受け継ぎつつ、現代の文明のあり方を問い直し、生産と消費のパターンを持続可能なものに変えていくことが肝要である。」

(3)わが国の経済社会の現状は「持続可能性」の必要条件を満たしているといえるか

 それでは、経済社会が持続可能であるといえるためには、具体的にどのような条件が必要であろうか。特に人間活動と環境との関係について整理してみると、次の3点に集約できるのではないかと考えられる。第一に、人間活動からの排出物の排出が自然の物質循環による自浄能力の範囲内にとどめられていること。第二に、環境資源の利用が環境の再生能力の範囲内にとどめられていること。第三に、生態系が微妙な均衡を保っていることを考慮して、人間活動ができるだけ負の影響を与えない状況にあることである。
 21世紀の持続的発展への明るい展望を拓くためには、もとより人類全体の努力が必要であるが、諸外国に資源や食糧の供給を依存し、製品の販路を頼みながら巨大な経済活動を営むわが国が、「環境の世紀」に相応しい経済社会への構造変革を率先実行し、この面で国際社会をリードする役割を担うことが求められている。
 次に、わが国の経済社会自体が持続可能性の観点からみてどのような現状にあるかを、物質収支に関わる主要な指標から考察してみる。
 まず、国内調達量と輸入量を合わせた、わが国の経済活動に投入される総物質投入量をみると、近年増大傾向に歯止めがかかっていることがわかる。一方、建設工事による掘削、鉱滓、畑地等の土壌侵食等の物質量(以下「隠れたフロー」という。)は、総物質投入量の約1.8倍生じており、海外における隠れたフローが特に多くなっている(序-2-1図)。さらに、第3章で述べるとおり、一般廃棄物排出量は年間約5,000万トンを超えて微増傾向にあり、産業廃棄物の排出量はここ数年4億トン前後の横這い傾向で推移している。
 次に、平成10年度の物質収支を見ると、自然界からの資源採取(水及び大気を除く。)は国内、輸入を含めて全体の物質投入量の約9割を占めている一方、5割程度がそのまま消費、廃棄に向かっている。資源の再生利用率を見ると、わずか1割程度にすぎず、資源採取から消費、廃棄へと向かう一方通行が主流となっており、「循環型社会」と呼ぶにはほど遠い状況といえる(序-2-2図)。
 以上の指標が物語るとおり、わが国の経済社会は依然として大量生産・大量消費・大量廃棄型の構造が維持されていることが明らかである。資源の再生利用、循環性という観点一つをとってみても、第3章で詳述するとおり資源リサイクル率の改善など徐々に変化の兆しは見られるものの(3-4-2図)、今後「循環型社会」に向けた飛躍的な進展が図られない限り、持続可能な経済社会の必要条件は満たせないことが分かる。

「環境にやさしい文化」とは

 環境庁に設けられた、各界の有識者から成る「環境と文化に関する懇談会」が、平成3年4月に「環境にやさしい文化の創造を目指して」と題する報告書を取りまとめた。
 この報告書では、環境にやさしい文化の備えるべき特性を次の3点に整理した。
? 「環境の有限性」を認識の基礎に置き、持続性、自立性といった環境上の健全性をもって、価値が測られねばならないこと。
? 「自然との対話と交流」を大切にすること。
? 環境にやさしい文化は、「地球大の共同体意識」に裏打ちされているべきであって、これには、地球共同体の一員である「未来人」の選択の権利を尊重することも含まれること。

日本には「環境と共生する文化」の歴史的な素地がある

 文明が大きな壁に突き当たった場合、重要なことは、歴史の中に知恵を求めることであり、とりわけ自国の歴史の中から、自分の文化の核心になるもの、すなわち、自らの心の拠り所、根底になるものは何か、ということを改めて見つめ直すことが大切である。
 もとより、世界第2位の経済力を有し、極めて高度かつ精緻な経済社会を構築したわが国がいまさら牧歌的な「小国寡民」の経済社会や江戸時代のような閉鎖された小宇宙的な循環型社会に戻ることが不可能であることは当然である。
 しかしながら、縄文時代から現在に至るまで極めて持続性の高い文化と文明を発展させてきたわが国の歴史と伝統の中に見出される、自然や環境を単に利用すべき対象としてではなく共感すべきもの、共に生きるべきものとしてとらえる感性や考え方、あるいは、「もったいない」という欧米言語の語彙にはない感覚に支えられた循環的経済システム構築の伝統、欧米が資本の集約的利用による労働の節約を通じて商品の量産を可能にする形で近代化を達成したのと異なり、労働の集約による土地生産性の向上を通じて商品の量産を可能にする形で近代化を達成した歴史などは、いずれも今日の文明の相の転換の方向と親和性があるものと考えられる。
(環境庁・文明と社会に関する懇談会「文明と環境に関する提言(平成12年3月)」より)

ナチュラル・ステップの提案する持続可能な経済社会の四条件

 1989年にスウェーデンで設立された「ナチュラル・ステップ」という環境保護団体は、持続可能な経済社会の構築のための条件として、次の四つのシステム条件を提案している。
? 地殻から取り出した物質が生物圏の中で増え続けないこと。
(石油・金属・鉱石などを地殻に定着するより速いペースで掘り起こさない。)
? 人工的に作られた物質が生物圏の中で増え続けないこと。
(自然が生分解するか地殻に定着させるより速いペースで自然界に異質な物質を生産しない。)
? 自然の循環と多様性が守られること。
(自然界の生産力に富む地表が傷つけられたり、他のものに取り替えられたりされない。)
? 人々の基本的なニーズを満たすために資源が公平かつ効率的に使われること。
(資源の浪費は避ける。また、富める国と貧しい国の不公平な資源配分も避けるべき。)


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