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第2節 

1 持続可能な経済社会を構築する産業活動の方向性

(1) 産業活動における環境配慮の高度化
 持続可能な経済社会を実現するためには、従来環境対策として重視してきた総廃棄物発生量の処理だけでなく、総投入物質量の削減まで視野に入れて、大量生産、大量消費、大量廃棄から最適生産、適量消費、最小廃棄への移行していく必要があろう。また、現在の経済活動は100万年以上かけて生成された石油に代表される化石燃料、ウラニウム等の鉱物資源のような地下に埋蔵されている枯渇性資源(以下、「地下資源」という。)に強く依存している。持続可能性を高めるためには、地上に存在する使用済の地下資源や再生産可能な資源(以下、合わせて「地上資源」という。)を活用していくことが必要である。以上のことは、持続可能な経済社会の条件として以下の3つに整理できよう。
? 経済活動へ投入される物質量や一次エネルギーの供給量の削減
? 投入物質やエネルギー供給源の質の転換(地下資源の消費→地上資源の活用へ)
? 自然界への物質の排出量(総廃棄物発生量)の削減、無害化や最終エネルギー消費量の削減
 この条件を産業活動の観点から捉えると、事業の営利性の追求と同時に、産業活動の基盤となる環境を保全していくことが、持続可能な産業活動を保証するものであるといえよう。このように、事業者が持続可能な産業活動を目指し、その環境保全への配慮を段階的に組み込んでいくことをここでは、「グリーン化」と呼ぶこととする。
 こうした取組は、前節で概観したとおり、環境問題の深刻化とともに徐々に進められているが、以下において今後のグリーン化の方向性を論じることとしたい。
(2) 産業における環境保全の取組と企業経営
 産業活動は基本的には営利活動であり、事業の展開に当たっては営利性の追求(経済効率性)が非常に重要である。一方、環境保全の取組を行うことは持続可能な事業活動を支える基盤を維持・保全するものであるが、短期的には、必ずしもそうでないこともあるのが現状である。
 このため、経済効率性と環境保全との統合を図るという観点からグリーン化の目標を考えることが必要となろう。現在国際的に注目されている持続可能な経済社会を具体化する3つの概念について見てみよう。
ア 環境効率性について
 環境効率性とは、環境、経済両面での効率性を追求するための概念であり、技術力の向上や経済性の向上を通じて環境負荷の低減を図ることを目指すものである。すなわち、財やサービスの生産に伴って発生する環境への負荷に関わる概念であり、同じ機能・役割を果たす財やサービスの生産を比べた場合に、それに伴って発生する環境への負荷が小さければそれだけ環境効率性が高いということになる。
 持続可能な発展のための世界経済人会議(WBCSD)では、人間のニーズを満たすことを前提にして、生活の質を高めるモノとサービスを、そのライフサイクル全体にわたる環境への影響と資源の使用量を地球が耐えうる限度以下に引き下げながら、競争力ある価格で提供することを可能にするため、環境効率性の概念を具体化し、その普及活動を行っている(第1-2-1表)。
イ 豊かさを増大させながら資源消費の削減を目指す考え方〜ファクター10・4について〜
 「ファクター10」とは、持続可能な経済社会を実現するためには、今後50年のうちに資源利用を現在の半分にすることが必要であり、人類の20%の人口を占める先進国がその大部分を消費していることから、先進国において資源生産性(資源投入量当たり財、サービス生産量)を10倍向上させることの必要性を主張するもので、1991年(平成3年)にドイツのヴッパータール研究所により提起された。この主張を基礎に1994年(平成6年)に欧米、日本等の研究者、政治家、経営者等はファクター10クラブを結成し、今後30年から50年の間に先進国の資源生産性を10倍に引き上げることを提言する「カルヌール宣言」を発表している。
 さらに、1995年(平成7年)には、「豊かさを2倍に、環境に対する負荷を半分に」することを目指す「ファクター4」の報告がローマクラブに対して行われた。これは、資源生産性を現在の4倍にすることが技術的に可能であり、かつ巨額の経済的収益をもたらし、個人や企業、社会を豊かにすることができることを示したものである。この提言においては、自動車の軽量化、建築物のパッシブ化等によるエネルギー生産性の向上に係る事例や流行のない長寿命な家具、雨水利用等による節水、共同洗濯機等物質生産性(サービス当たりの物質集約度)の向上に係る事例等50の成功事例を紹介している。
 2050年において真に持続可能な社会を実現するためにはファクター20が必要との指摘もあるがこれらの議論は資源生産性の大幅な向上の必要性を示しているといえる。
 以上2つは比較的短期的な視点で経済効率性と環境保全との統合を目指す目標を示すものであるが、より長期的な視点に立った目標としては以下の概念が注目される。
ウ 持続可能な経済社会の4つの条件(ナチュラル・ステップ)
 スウェーデンの環境保護団体の一つに1989年(平成元年)に設立された「ザ・ナチュラル・ステップ」という団体がある。この団体は環境問題の複雑さを無視することなく、積極的かつ建設的な活動の展開により、ここ数年国際的な注目を集めている。
 ナチュラル・ステップでは、持続可能な経済社会の構築のための条件として、以下の4つのシステム条件を提案している。
? 地殻の物質をシステム的に自然界に増やさないこと。
 (石油・金属・鉱石などを地殻に定着するより速いペースで堀り起こさない。)
? 人間社会で生産した物質(例えば化学物質)をシステム的に自然界に増やさない。
 (自然が生分解するか地殻に定着させるより速いペースで自然界に異質な物質を生産しない。)
? 自然の循環と多様性を支える物理的基盤を守ること。
 (自然界の生産力に富む地表が傷つけられたり、他のものに取り替えられたりされない。)
? 効率的な資源利用と公正な資源配分が行われている。
 (資源の浪費はさける。また、富める国と貧しい国の不公平な資源配分も避けるべき。)
 スウェーデンでは、ナチュラル・ステップの活動は企業の社員教育として取り入れられるようになってきており、現在ファーストフードや国鉄、生協等の企業や58の自治体が経営方針として、ナチュラル・ステップのコンセプトを導入している。また、政府の公共事業の考え方の基礎にもなっている。日本においても、ナチュラル・ステップの普及活動が始められたところである。
 経済活動において大きな役割を果たしている産業活動の持続可能性を高める方向性について、これらの概念を基に整理すると、産業活動における環境効率性を向上させ、1単位の資源から得られる豊かさを4倍、10倍にするよう努めていくことにより、地上資源を有効に活用し、地下資源や自然界に対して異質な人工物質の利用の必要性を下げていくことではないかと考えられる。


(3) グリーン化をとらえる枠組み
 我々の人間活動は、「食」により、人間活動の源たる活力を得、資源やエネルギーを用いながら製品生産等の「モノ」づくり、サービス提供等の経済活動を行う。この一連の活動を円滑にしているのが「マネー」の流れである。そこで、本章では、その人間活動の中核をなす、「食」を支える産業、「モノ」づくりを中心とした産業、「マネー」の流れを調整する産業の大きく3つに分類し、取組事例を通じてグリーン化の具体的な在り方を考えることとしたい。
 「食」を支える産業としては、農業を中心に食に関わる産業を含めて、「モノ」づくりを中心とした産業としては、第2次産業を中心にそこに資源、エネルギーを供給する産業、モノだけでなくサービス・機能を提供する産業を含めて論じ、また「マネー」の流れを調整する産業としては、金融・保険業を中心に論じることとする。

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