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第1節 

2 広域的な問題への対策

(1) 酸性雨対策
ア 問題の概要
 酸性雨とは、主として化石燃料の燃焼により生ずる硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)などの酸性雨原因物質が大気中で硫酸イオンや硝酸イオンなどに変化し、これを取り込んで生じると考えられるpHの低い雨のことである。しかし、広義にはこれらの雨に加え霧や雪なども含めた湿性沈着(Wetdeposition)及びガスやエアロゾルの形態で沈着する乾性沈着(Dry deposition)の両者をあわせて酸性雨と呼んでいる。
 酸性雨により、湖沼や河川等陸水が酸性化し魚類等へ影響を与えること、土壌が酸性化し森林等へ影響を与えること、また、酸性雨が、直接、樹木や文化財等に沈着することにより、これらの衰退や崩壊を助長することなどの広範な影響が懸念されている。酸性雨が早くから問題となっている欧米においては、酸性雨によると考えられる湖沼の酸性化や森林の衰退等が報告されている。
 酸性雨は、原因物質の発生源から数千キロも離れた地域にも沈着する性質があり、国境を越えた広域的な現象であることに一つの特徴がある。欧米諸国では酸性雨による影響を防止するため、1979年(昭和54年)に「長距離越境大気汚染条約」を締結し、関係国がSOx、NOx等の酸性雨原因物質の削減を進めるとともに、共同で酸性雨のモニタリングや影響の解明などに努めている。
 酸性雨は、従来、先進国の問題であると認識されてきたが、近年、開発途上国においても、目覚ましい工業化の進展により大気汚染物質の排出量は増加しており、地域の大気汚染に加え、国を越えた広域的な酸性雨も大きな問題となりつつある。このため、地球サミットで採択された「アジェンダ21」では、先進国のみならず、開発途上国も含め、今後、酸性雨等広域的な環境問題への取組を強化すべきであるとしている。
イ 対策
 我が国では、第1次酸性雨対策調査(昭和58〜62年度)、第2次酸性雨対策調査(昭和63〜平成4年度)に引き続き、平成5年度からは、第3次酸性雨対策調査として、降水、陸水、土壌・植生系の継続的なモニタリング、各種影響等予測モデルの開発、樹木の衰退等と酸性雨との関連が指摘されている地域における降水、大気汚染物質、土壌・植生などの総合的な調査等調査研究の充実を図っているほか、酸性雨の発生・移送・沈着に関するシミュレーション手法について検討を行っており、その調査結果が平成9年4月に取りまとめられた。その概要は次のとおりである。
? 降水中のpHは4.8〜4.9(年平均値の全国平均)と、前回調査の結果とほぼ同じレベルの酸性雨が観測され、これまで森林、湖沼等の被害が報告されている欧米と比べてもほぼ同程度の酸性度であった。また、日本海側の離島測定局で冬季に硫酸イオン濃度の上昇が認められ、大陸からの影響が示唆された。
? 酸性雨の陸水モニタリングにおいては、アルカリ度の低い湖沼が確認された。また、これまで得られた実測データ、文献データ等を基に、湖沼の酸性化の予測シミュレーションモデルの構築を行い、日本の湖沼の平均的なアルカリ度よりやや大きい値を示す鎌北湖(埼玉県)について、一定の条件を設定して酸性化が始まる年数の予測を行い、早い場合で概ね30年後との結果が得られた。
? 土壌・植生モニタリングにおいては、原因不明の樹木衰退が見られた地点が前回調査に引き続き確認された。また、土壌理化学性の面からは前回調査に比べ変化は見られなかったが、酸性の強い土壌が今回も確認された。
 このように、我が国における酸性雨による生態系等への影響は現時点では明らかになっていないが、酸性雨による陸水、土壌・植生等に対する長期的な影響は不明な点も多く、現在のような酸性雨が今後も降り続けるとすれば、将来、酸性雨による影響が現れる可能性も懸念される。
 平成9年度は第3次酸性雨対策調査の一環として、モニタリングを継続するとともに、酸性雨発生予測モデル及び酸性雨による陸水、土壌影響等予測モデルの開発、樹木の衰退等と酸性雨との関連についての総合的な調査等を実施したほか、酸性雨の測定精度の向上を図るため、精度管理の在り方について調査研究を実施した。また、生態系影響の重点的な調査を行うため平成8年度に整備した日光酸性雨測定所においてモニタリングを開始した。さらに、平成2年度から全国の森林を対象に「酸性雨等森林被害モニタリング事業」を実施しており、1巡目の調査結果(平成2〜6年度)によれば、現時点では酸性雨等による森林の衰退は確認されていない。また、世界気象機関(WMO)が推進している全球大気監視(GAW)計画の一環として東京都南鳥島の全球観測所及び岩手県三陸町綾里の地域観測所において、平成7年度から降水・降下じんの化学成分観測を行っている。
 一方、国際的には、東アジア地域協同の取組の第一歩として、平成5年度から行われてきた関係各国及び関係国際機関等の専門家による検討の結果を受けて、平成10年3月に横浜で開催された第1回政府間会合において、2000年(平成12年)からのネットワークの正式稼働に向けて平成10年4月から試行稼働を開始することが確認された。(詳細については第5章第5節の3を参照)。
(2) 光化学大気汚染対策
ア 光化学大気汚染の現況
(ア) 平成8年度における光化学オキシダントの測定結果
 平成8年度における光化学オキシダントの測定データは、一般環境大気測定局については644市町村、1,142局で、自動車排出ガス測定局については25市町村、39局で得られている。
 光化学オキシダントにかかる環境基準の達成状況は、例年どおり極めて低く、一般局と自排局を合わせて、昼間(午前5時〜午後8時)の1時間値の最高値が0.06ppm以下(環境基準)であった測定局及び0.12ppm(注意報レベル)未満であった測定局数は、第1-1-4表のとおりである。
(イ) 平成9年における光化学オキシダント注意報等の発令状況等
a 全国の注意報等発令状況
 平成9年の光化学オキシダント注意報(光化学オキシダント濃度の1時間値が0.12ppm以上で、気象条件からみて、汚染の状態が継続すると認められるとき発令される。)の発令は、延べ95日(20都府県)で、平成8年の99日(18都府県)より4日減少した。光化学オキシダント高濃度の発生は、気象条件等に大きく影響されるため、年により大きく増減するが、過去10年間でみると本年は少ない方から4番目であった(第1-1-5表)。
 平成9年の発令延べ日数を月別にみると、6、7、8月の発令日数の合計が90日で、全体の95%を占めた。
 なお、平成9年は光化学オキシダント警報(各都道府県等が独自に要綱等で定めているもので、一般的には、光化学オキシダント濃度の1時間値が0.24ppm以上で、気象条件からみて、汚染の状態が継続すると認められるとき発令される。)の発令はなかった。
b 注意報発令のブロック別内訳
 平成9年の注意報発令延べ日数のブロック別内訳をみると、東京湾ブロック(茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都及び神奈川県の1都6県)で65日となっており、東京湾ブロックだけで全体の約68%を占めている。
c 被害届出人数
 平成9年の光化学大気汚染によると思われる被害者の届出人数(自覚症状による自主的な届出による。)は315人であり、平成8年の64人に比べ251人増加した。被害届出人数は年により大きく増減するが、過去10年間でみると平成9年は多い方から3番目であった。
(ウ) 平成8年度における非メタン炭化水素の測定結果
 昭和51年8月中央公害対策審議会より「光化学オキシダントの生成防止のための大気中の炭化水素濃度の指針について」が答申され、この中で、炭化水素の測定については非メタン炭化水素を測定することとし、光化学オキシダントの環境基準である1時間値の0.06ppmに対応する非メタン炭化水素の濃度は、午前6〜9時の3時間平均値が0.20〜0.31ppmCの範囲にあるとされている。(ppmCとは炭素原子数を基準として表したppm値)
a 一般環境大気測定局
 平成8年度における非メタン炭化水素の測定データは、261市町村、367測定局で得られている。昭和53年度から継続して測定を行っている6測定局の午前6〜9時における年平均値の経年変化は第1-1-6表のとおりである。
b 自動車排出ガス測定局
 平成8年度における非メタン炭化水素の測定データは、120市町村、181測定局で得られている。昭和52年度から継続して測定を行っている8測定局の午前6〜9時における年平均値の経年変化は第1-1-6表のとおりである。
イ 対策
 光化学オキシダント濃度は、依然として、全国ほとんどの地域で環境基準を超え、また、気象条件によっては注意報が発令される事態が生じていることから、今後とも、汚染状況の推移を的確に把握し、適切な対策を講じていく必要がある。
(ア) 光化学大気汚染緊急時対策
 注意報等の発令の判断に必要な気象データを得るため、環境庁では、夏季に光化学大気汚染の発生しやすい東京湾ブロック内の2地点で下層大気の気象観測を行い、関係地方公共団体に気象情報の提供を行っている。また、気象庁では、全国19か所の気象官署で光化学大気汚染の発生しやすい気象条件の解析と予報を行い、地方公共団体に通報するとともに、必要に応じスモッグ気象情報を発表して国民への周知を図っている。これら情報と測定局データを基に、地方公共団体では、光化学オキシダント緊急時対策要綱等により注意報等を発令すると同時に、ばい煙排出者に対する大気汚染物質排出量の削減及び自動車使用者に対する不要不急の自動車の走行の自粛を要請するほか、住民に対する広報活動と保健対策を講じている。
 また、山梨県を含めた関東地域(1都7県)において、大気汚染物質広域監視システム(PAPION)により、光化学オキシダント、窒素酸化物、非メタン炭化水素、浮遊粒子状物質等の主要な大気汚染物質に関する情報の収集・配信を一元的にリアルタイムで行うとともに光化学オキシダントの濃度予測を行っている。
(イ) 炭化水素類排出抑制対策
a 固定発生源からの炭化水素類排出抑制対策
 環境庁では、固定発生源に対する炭化水素類の排出抑制対策の強化、推進を図るため、昭和57年7月に決定した「光化学大気汚染防止のための炭化水素類対策の推進について」に基づき、地方公共団体等関係方面に対して、炭化水素類の排出抑制対策の推進について所要の要請を行っている。
b 自動車からの炭化水素排出低減対策
 自動車から排出される炭化水素については、大気汚染防止法に基づく排出ガス規制が昭和48年から実施されており、その後、逐次規制の強化が行われてきている。平成8年10月の中央環境審議会中間答申を受けて、ガソリン軽貨物車等及び二輪車について、平成10年から平成11年にかけて自動車排出ガス規制が強化されることとなったところであるが、さらに、同審議会は、平成9年11月に、ガソリン・LPG自動車に係る炭化水素排出低減対策等を内容とする第二次答申を行った(第1章第1節3(1)イ(ア)参照)。これを受け、現在、規制強化のための所要の手続きを進めているところである。
(ウ) 光化学大気汚染調査研究の推進
 光化学大気汚染は、広域にわたる極めて複雑な現象であることから、光化学反応機構、移流拡散等の気象の影響、原因物質の排出実態、それらを盛り込んだ光化学大気汚染予測モデル及び対策の低減効果等について調査研究を行ってきている。

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