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第6節 

4 生物多様性の保全

 野生動植物の数は、維管束植物や脊椎動物は比較的研究が進んでいるが、無脊椎動物、中でも昆虫類については知られていないことが多く、地球上に存在する種の総数の正確な数値は把握されていない。現在確認されている種数は140万種程度であるが、推定では500万種とも5,000万種とも言われている。世界の陸地面積の7%を占めるに過ぎない熱帯林には、種全体の半数以上が生息しているといわれ、熱帯林を擁する国々に生息する生物種の数は非常に多い(第4-6-3表)。
 このような生物種や固有種の多い国は「メガ・ダイバーシティ国家」と呼ばれ、例えば、ブラジル、コロンビア、エクアドル、ペルー、メキシコ、ザイール、マダガスカル、オーストラリア、中国、インド、インドネシア、マレイシアなどがこれに該当する。世界の生物種の60%から70%はこれらの国々で見ることができる。ブラジルや中国のように国土面積が広いため種の数が多い国もあるが、エクアドル・マダガスカル・マレイシアのように狭い国土面積ながら地形的要因により種の多様性が高い国や、オーストラリア、マダガスカルのように固有種の多い国もある。
 環境ホルモン(内分泌攪乱物質)について
 平成8年に刊行された、シーア・コルボーンらの「奪われし未来」は、合成化学物質の生体への危険を指摘し世界中で大きな反響を呼んでいる。
 この本では、生体内に取り込まれて内分泌系に影響を及ぼす化学物質について述べられている。これらの物質は、内分泌攪乱物質又は環境ホルモンと呼ばれ、体内で分泌されるホルモンの働きを攪乱し健康や生態影響を生じる可能性が報告されている。
 野生生物への影響としては、英国のニジマスの雌性化、米国のワニの生殖機能異常、生殖行動に異常をきたした鳥類等、様々な事例が世界各地から報告され、これらについて環境ホルモンの影響が疑われている。国内では、イボニシ(貝の一種)の雄性化、個体数の減少が認められており、船底塗料の有機スズ化合物が原因物質と推定されている。人体への影響としては、欧米において精子数の減少、精巣がんの増加、乳がんの増加が報告されている。
 環境ホルモンは、細胞内に入り込んで正常なホルモンが結合すべき受容体に結合し、遺伝子に誤った指令を出す。この結果引き起こされる生理器官の異常が、発育・生殖機能の異常、精子数の減少、乳がん、卵巣がんの誘発につながるのではないかと想定されている。
 我々の身近な生活の中では、食品類、幼児の玩具、プラスチック製品等から、微量ながら環境ホルモンとされる物質が検出されている。環境ホルモンは、従来の化学物質の安全基準である発ガン性とは異なった仕組みで人体に影響するため、早急に科学的研究に基づく事実関係の究明に努めなければならない。
 現在環境ホルモンとして疑われている物質はおよそ70種類あるが、その濃度と人体への影響、生態系への影響等まだ不明な点も多い。平成9年1月に、環境庁、厚生省、通産省、農水省、労働省は、情報交換の場を設置した。また、通産省は、平成9年3月に「内分泌系に作用する化学物質に関する調査研究・報告書」を発表。環境庁は、平成9年3月に、研究班を発足させ、現時点における知見を整理し今後の課題などに関して検討を行い、平成9年7月に中間報告書を発表した。
 しかしこうした豊かな生物相も、その生息・生育地の破壊により急速に失われつつあり、このままの割合で森林破壊が続くと熱帯の閉鎖林に生息する種の4〜8%が今後25年の間に絶滅するという試算もある。
 種の絶滅は、自然界の進化の過程で絶えず起こってきたことだが、その速度はきわめて緩やかであった。今日の種の絶滅は、自然のプロセスではなく、人間の活動が原因であり、地球の歴史始まって以来の速さで進行している。
 こうした傾向に対して、種の絶滅は地球環境問題の一つとしてとらえられ、国際的な取組が行われている。
 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(ワシントン条約、CITES)では、野生動植物の国際取引を輸出国と輸入国が協力して規制することにより絶滅のおそれがある野生動植物を保護することを目的としている。先進国では、特に熱帯産の動植物が観賞用等の目的で輸入されており、輸入する国での珍しい動植物への嗜好の変化や輸送技術の向上により多くの野生生物が取引されている。こうした貿易活動が野生生物の絶滅につながらないよう、国際取引の禁止を含む貿易の管理を行っている。1997年(平成9年)6月に行われた第10回ワシントン条約締約国会議では、アフリカゾウの附属書?(商業目的の取引禁止種)から附属書?(取引可能だが、輸出国政府の許可が必要)への移行が討議され可決された。他に、クジラ、タイマイ、ヒグマ等の附属書改正提案が検討された。
 「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(ラムサール条約)は、水鳥の生息地等として国際的に重要な湿地の保全を目的としている。この条約の定義する湿地の範囲は幅広く、天然の湿地から人工のものまで、また、河岸や海岸の浅瀬や干潟、水田も含まれる。締約国は、その国の制度によって登録された湿地の保全を図らなければならない。日本の登録湿地は、釧路湿原、クッチャロ湖、ウトナイ湖、霧多布湿原、厚岸湖・別寒辺牛湿原、宮城県の伊豆沼・内沼、千葉県の谷津干潟、石川県の片野鴨池、滋賀県の琵琶湖の9ヶ所に、1996年(平成8年)の第6回条約国会議の際、新潟県の佐潟が我が国の10番目の登録湿地となった。
 また、日本とアメリカ、オーストラリア、中国、ロシアの各国との間で渡り鳥等保護条約(協定)を締結し、ツルやシギ・チドリなど渡り鳥の保護を推進しているほか、日本と中国の間では、中国におけるトキの生息地保全に向けた取組を両国が協力して行うなど、二国間においても種の保存へ向けた取組がなされている。
 地球上の生物の多様性を包括的に保全するための国際条約として「生物の多様性に関する条約」が締結されている。それまでの生物の保全に関する条約は、ある特定の動植物や生息地を対象としたものであった。生物多様性条約では、地球上のあらゆる生物の多様さをそれらの生息環境と共に最大限に保全し、その持続可能な利用を実現、さらに生物のもつ遺伝的資源から得られる利益の公正かつ衡平な分配を目的としている。また、生物の多様性について「生態系の多様性」「種の多様性」「種内(遺伝子)の多様性」の3つのレベルで捉えている。この条約は、締約国に対し、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とする国家戦略または国家計画の策定を定めている。
 これを受け、我が国では、平成7年10月に生物多様性国家戦略を策定した。その中で、生物多様性の現状を把握するとともに、生物多様性の保全と持続可能な利用のための長期的目標を定めた。この長期目標は、第一に、現存する生物多様性の保全及び持続可能な利用、第二に、生物間の多様な相互関係の保全及び、生物の再生産、繁殖の場としての保護地域の保全を掲げている。さらに、この二つの長期目標達成に向けた当面の政策目標及び、その達成に向けた施策の展開が示されており、その有効かつ着実な実行に向け、検討を進めている。
 1996年(平成8年)11月にブエノスアイレスで第3回生物多様性条約締約国会議が開催され、農業の生物多様性への影響評価手法・指標作成の促進、森林の生物多様性に関する作業計画の作成等の決議がを採択された。なお、生物多様性条約の締約国は1998年3月時点で172ヶ国となっている。

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